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アリスの箱庭冒険記  作者: 愛朱
第0.5章
5/18

04 長いトンネルを抜けると

2020.0521 投稿

2020.0718 修正



 肌にあたるひんやりと冷たい感覚、肌を撫でる涼やかな風。クーラーをつけっぱなしで寝てしまったのかと目を開ける。


「は…?」


 そこには見慣れた自室ではなく、どこかの広場のようだった。驚いて反射的に体を起こし辺りを見渡すが、見たこともない風景がそこに広がっていた。何が何だかわからない。

 目の前には女性と子どもの大きな銅像と石碑が立っていて、その頭上には雨よけのようにドーム型の屋根が銅像を守っていた。その屋根からは鐘が吊るされている。後ろを見れば、降りるための階段が設置されており、その向こうには大きなフラワーアーチがトンネルのように三つ連ねて、青い薔薇を咲かせていた。足元には白いコンクリートが敷き詰められ、銅像を中心に大きな円を描いて、辺りを見渡せる高台となっていた。右を見れば赤い薔薇が、左を向けば白い薔薇が大小それぞれの花が咲き誇って、緑葉の中にその色を主張している。しかしその薔薇の蔦が高く、空に向かって伸びているため、まるで迷路のようになっているが、高台となっているこの女神像の足元からなら、ある程度迷路の構造も見渡せた。


「茜、ここどこ…?」

「わからない。が、ここまで来た記憶もなければ、この場所に見覚えもない…だよな?」

「夢…?」


 互いに状況を確認しようとするが、何もつかめない。夢にしては、はっきりと認識しすぎているし、手のひらに感じるコンクリートの冷たさも、鼻につくリアルな薔薇の香りも、異質な二人にもお構いなく吹き通っていく涼しげな風も、ちゃんと感覚が伴っていた。しかし、夢には感覚がないとか、夢は認識したら醒めるとか、そういう諸説がすべて迷信であれば、夢だという可能性が極めて高い。そもそもそういう諸説も夢の中の話なので、実証のしようがないわけであり、自分の認識を変えなければならない。起きたとしてもその感想を覚えているかは別だが。


 そしてはたと気が付いた。もしこれが夢だとしたら、今隣にいる片割れすら自分の夢想なのではないか。ついに夢の中にも片割れを連れてきてしまったか、と頭を抱えた。しかも仕草までリアルに再現されている。文字通り、寝ても覚めても一緒なのはさすがにいい年にもなって恥ずかしい。兄弟仲は悪くないが、夢にまで見るのは少々気まずい。明日の朝、夢から醒めて、この夢を覚えていたら腹いせに話してやろう。夢の中くらい一人でいさせろと。きっと向こうも“寝ても覚めても一緒は嫌だ”と言うだろうな。


「綺麗…。」


 碧がほう、と感動のため息をついた。薔薇に囲まれたその園は、手入れが行き届いてなければこんなに見事な花を咲かせることはできないだろう。うっとりと何時間でも見惚れられる美しさだった。茜は銅像と石碑を眺めた。何世紀くらいのものだろう。じっくりと銅像の周りを一周する。軽くウェーブのかかった長い髪にギリシャ神話に出てきそうな一枚の布でできたドレス。目鼻立ちは西洋にしては低めで堀も深くなかったが、美しい顔立ちだったのはわかった。目を細めた(かんばせ)は、慈愛に満ちているが憂いも含んでいるような儚げな表情で、薄い唇が少し微笑むように開いていた。分厚い聖書のような本を持っていてかの有名な人魚像のように上品に座っている。その横には幼児くらいの男の子が二人、女性を囲むように配置されている。一人は膝に、もう一人は肩から覗き込むように、その姿はまるで母親が子供に読み聞かせているような印象を受けた。


「えー、なにこれ?」


 すると、薔薇を一通り満足いくまで眺めたのか、後ろから碧が覗き込むと、すぐに石碑の側面に回ってきてその文章を指で滑らせる。本当にわかってんのかこいつ、と茜は訝しげに碧を見る。

 石碑には『メルヘンを語る女性』とタイトルが綴られており、見覚えのなくわかるわけのない外国語なのにスッと脳に馴染んで、瞬間的に日本語訳が出てきた。

 タイトルの下には英文が綴られており、これも読めないかなと思いながらも目を細めて文章を追った。


「昔むかし。アリスと呼ばれる創造の神様がいました。アリスは何もなかったこの世界に、街や人や物を溢れさせて、豊かでやさしい世界を築き上げました。アリスは愛するこの世界を“メルヘン”と名付け、大切に大切に育てました。アリスは創造の神様。この世界はアリスの箱庭。こうしてメルヘンは生まれ、人々は幸せに暮らしているのです…だってさ~。…あれ、これ英語じゃない…?何国語…?なんで私読めてるの?私天才説?」


「いや、俺も読めるけど。」


「なんだ、結局夢のご都合主義かぁ…。どうせなら日本語で書いてくれてもいいのに。」


 ね、と同意を求める碧はケタケタと軽やかに笑った。夢の中でも暢気なやつだな、と茜は率直に返す。とにかくここでいたって仕方ないので、この薔薇でできた迷路の先に時計台が見え、その(ふもと)にちらっと見える街へ行こうと碧は提案した。




 階段を下りて、青薔薇のフラワーアーチを三つくぐれば、碧の背丈以上の薔薇の植木が圧倒させるように並べて植えられている。茜に至っては少し頭が出るくらいだが、背伸びをしたとしても迷路の道順は見渡せそうにもないくらい、高く生い茂っていた。多少広めに道が作られているため、棘や葉には当たらないようにされており、管理の行き届いた薔薇園だな、と管理者に尊敬の念すら茜は覚えた。碧は頭上にもある青い薔薇を見上げては手が届くはずもないのに伸ばしては、キャッキャッと喜んでいる。


 茜は世界的有名な魔法の学校をテーマにした洋画の第四作目を思い出した。主人公たちがクライマックスで挑戦した迷路がこんな感じの植物で出来た暗めの迷路だったのだ。あの映画の場合、その迷路にはラスボスの罠が潜んでいて死者も出たのだが、自分たちは綺麗で空も快晴だったため、映画みたいに気味の悪い雰囲気とは全く異なっており、寧ろ薔薇の香りも相俟って清々しい空気の迷路だった。一緒にしちゃ悪かったなすまん、と大好きな洋画の主人公に心で詫びを入れた。




 途中何度か分かれ道があったが、あの銅像から見渡した記憶と直感を頼りに進んでいく。上から見てると、赤白とはっきり区分されているものだと思っていた薔薇は、実はそうでもないようで、下の方に咲いているものは、赤白混在している。ところどころで、赤のペンキ缶と白のペンキ缶を見かけた時には、先ほどの石碑の内容から、不思議の国にでも迷い込んだのかなと連想してしまった。さすがに薔薇たちからペンキ特有のシンナー臭はせず、寧ろいい香りを放っていたので、そのペンキ缶はおそらく何かの作業中だったのだろう。そこはトランプの兵が出てきて、白薔薇を赤に塗り替えてるとかじゃないんだ、と夢が妙に現実的で少しおかしくなった。




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