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アリスの箱庭冒険記  作者: 愛朱
第0章
2/18

01 白紙のプロローグ

2020.0517 投稿

2020.0522 タイトル変更

2020.0718 修正



 広い校舎、多種多様な学部学科、それに見合う生徒数。土曜の昼下がりのこの時間に、広く間取られた図書館棟には人がちらほらと僅かながらにいた。生徒証と称されるIDカードを入り口に設置されたゲートに通し、彼女は真っ先に図書館の見取り図に足を向けた。

 世の中ではまだ少女ともいえるし、女性ともいえる年ごろの彼女は、黒くさらさらとした髪と対照的な日にあまり焼けていない指を見取り図に滑らせた。そして、ある一点で指を止める。現在地と方向を確認すると、彼女は目的地へ足を進めた。

 純文学、歴史書、現代小説、海外小説と見取り図で確認した通りの道順をまっすぐに歩いていく。そして児童文学とひっそりと吊るされた案内板を見つけて、ようやく方向を転換した。ずらりと品揃えのいいことに、顎に手をやって少し迷った仕草を見せる。それもそのはず。彼女は課題の資料を求め、このコーナーに赴いたわけであるのだから。まだ題材も決まっておらず、候補すらあげていないまっさらな状態でとりあえず来てみたのだ。





 まず、今更ではあるが彼女の紹介をしよう。名前は有栖川(ありすがわ) (あおい)

とても珍しい名字ではあるが、大学生にもなって未だにメルヘンチックな思考が残る碧はこの名字を(いた)く気に入っていた。物心がつくまでは普通だと思っていたが、よく同級生からはかわいい名字だとか言われてきたし、自分も小学校を卒業するころにはこの名前をかわいいと思えるようになっていた。将来結婚して名前が変わるのを少し惜しく思うくらいに。実際、よく創作の中の登場人物やキャラクターが出てくるくらいだし、小説家が自分のペンネームで使うくらい素敵な名字である。

 ―これは余談だが、そんな彼女にも過去に数度、このお気に入りの名字を捨ててでも結婚したいと憧れたのは、中学のころに流行った道明寺という名字だった。男性キャラに作中とはいえ呼ばれるのだから、牧野でもいい。そして現在は天堂か佐倉になりたいと思っている。乙女ならドラマで一喜一憂させられる男性キャラの名字に一度や二度くらい憧れるだろう。彼女は所謂(いわゆる)ミーハーだった。―


 碧はこの大学の一回生で、社会学部の教育文化科を選択している。今図書館棟にいる理由は、教育文化の授業の研究レポートを作成するための資料探しだ。碧は童謡や工作・昔遊びなど、子どもの遊びとその影響およびそれに伴う成長に関する論文を提出課題とされ、その論文のテーマとして童話を選択した。

 先ほど記述したように、自分の名字が世界的有名な童話の主人公のような名前であるものだから、彼女は人よりも童話を身近に感じていた。親が好きに決められる名前―ファーストネーム―とは違い、名字は家名であるから、選んで生まれてくるわけではない。そんな家名が、偶然にも童話の主人公と同じ名前だというだけで、碧はまるで自分の現身のようにその童話に愛着をもった。

 ほかのテーマよりも身近に感じる。それだけの理由で、童話をテーマに掲げたわけである。もちろん、論文を書きやすそうだという理由も大きい。が、実際に何を書こうかすら決まっていないわけなのだから、計画性は全くと言っていいほどない。

 しかも童話でもたくさんあり、そのうち候補にあがっているのは、名字にも関係する不思議の国のアリスだけで、論文を書くにはもうあと何種類かの童話が必要だった。現在、彼女が手に抱えているのはたったの一冊。それ以外は、背表紙とにらめっこだけして、一向に手に取る様子はない。


 最近の授業で、設定保育という言葉を習った。何歳児を対象にするかによって、絵と文の割合や文章の長短が左右される。またどういう話の意図でどういう目的をもって本を選ぶのか、というのを講師が力説していた授業を思い出そうとして、目を閉じる。あの時は昼下がりで眠たかったんだよな、と思い出しにくい記憶に少し眉間にしわを作ってうねる。なんかその昼下がりにもウトウトして、何かの夢を見た気がするなぁ…。だめだ、あまり本選びに有効な情報が出てこない。そう思考を切り上げてパチッと目を開ける。

 家で教科書見返してからまた選びに来ようかな、と持っていたアリスの本も元に戻してしまおうと踵を返す。しかしふと思い返した。

 そうだった。最近夏休みに入ってしまい、学校に来る用がない限りこの図書館棟にも立ち寄らない。一度帰ってまたこのためだけに学校に赴くのも面倒くさい。そう思い至った碧は、もう適当に選んじゃえばいっか、最悪童話くらいならネットで検索したら、大まかなストーリーくらい出てくるでしょ、と結論付けた。

 図書館棟に赴いた理由は、別に学校の資料から論文を書きなさいと言われたわけでもなく、ただなんとなく図書館に来れば調べ物をしている感が出てやる気が出るかな、と思ったからだった。形から入る為という至極単純明快な理由だった。


 碧は特別教師になりたいと思った訳ではない。進路を決めるための時間が足りず、とりあえず親が薦める教師を目指す事にしたのだ。子供が嫌いなわけでもなかったのが、決定打の一つだ。それゆえに、半分強要されてるような気持ちで今の大学に通っている。所謂妥協と言われるものだった。そんな碧は自分の夢の為に用意された課題だって、半強制的にさせられているような気持ちなのである。

 まるで小学生が夏休みの宿題を出された時のようだ。大学に行けば遊べると噂で聞いていたというのに、単位に急かされるわ、課題に追われるわ、散々であるとさえ碧は感じていた。

 しかし周りには、本気で教師を目指して進学してきた同級生も多くいて、その子たちの背中を見て、なんだか漫画やドラマの登場人物ををみているような感覚で、単純にすごいなぁと感心するくらいの意識の低さだ。意識が低いというよりかは、浮足立ってるという方がしっくりくるかもしれない。やりたいこともないから、とりあえずやってみるかという宙ぶらりんな気持ちでいるのだ。人生なんとかなるものだと信じて疑わないタイプの楽観主義。それが碧でなのである。



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