第六十二話:ツキヨミの裏技
「追い出されてしまったね、あっという間に」
集中が必要ということで、僕たちは工房を追い出されてしまった。
「では、娘……エラと言ったな。汝はなぜ、勇者たちに同行しておる」
「私は━━」
エラは自分がクリフィス聖王国の第二王女であることや、記録士として旅に同行していることを説明した。
「なるほどの。道理で魔力が低い訳じゃ。最初は手を抜かれておるのかと思ったぞ」
「うっ……」
ツキヨミは、かっかっかっと明るく笑う。けれど気にしていたところを付かれ、エラはショックを隠しきれないでいる。
僕たちはどうフォローすべきか、言葉を掛けあぐねていると━━
「まぁ、そう落ち込むでない。それについてワシに考えがあるのじゃ」
落ち込むエラの肩を叩こうとするが、そのままでは届かない。すかさずエラが屈もうすると━━
「子供扱いするでないわ!」
と頭をはたかれていた。
「魔力量こそ勇者には及ばぬが、汝には魔法の繊細さや敵に臆せず立ち向かう胆力がある。大きな魔法であっても難なく繰ることができよう」
「補う方法があるのですか? その魔力量を」
エラはすがるような目で彼女を見た。
「あるとも」
ツキヨミはふふんと胸を張る。
エルム姫を思い出す可愛らしさで、思わず頭を撫でたくなった。
「ワシの力の一部を使役するのじゃ」
ツキヨミは神に相応しい力と引き換えに、霊峰フジから離れることができない。まさに霊峰の土着神というわけだ。しかし場を動かなくとも、力の一部を一時的に貸し与えることは可能らしいのだ。
「元は巫女の魔力不足を補うための魔法じゃったが━━戦時中は前線の兵にも使われておった」
「不具合もありそうだね、その話し方だと」
「魔力を正しく操作できなければ、魔力が暴発して大怪我を負うこともある。ワシほどの膨大な魔力を送るなど、誰もしたことがないからの━━」
あっけらかんと答える。
「失敗すれば、身体が木っ端微塵に吹っ飛ぶやもしれんな」
想像してしまったのだろう。エラの希望を見出だしたような顔は、すぐに不安に押し潰されそうな顔に変わる。出発時より少し伸びた髪が、不規則に揺れていた。
しかしその表情もまた、決意を帯びたものに変化していく。
「それでもやるか?」
「はい、よろしくお願いいたします」
ツキヨミは、今までで一番嬉しそうな笑みを浮かべる。
「よう言うた! 見込み通りで安心したのじゃ」
そう言うと緊張で動きがぎこちなくなってしまったエラを連れて、外へ出ていってしまった。
「良かったのかい、付いていかなくて」
ルーイの言うとおり、エラの修行を見に行きたかった。心配もあるし、興味もある。表情に出ていただろうか。
「うん、今はちょっと別に考えたいことがあって。ルーイは?」
「やりたいことがあってね、私も」
するとルーイは工房へと通じる石扉の近くに座ると、膝の上に手を置いて、指でリズムを取り始めた。
耳を澄ますと、工房から金槌を叩きつける音が響いてくる。
「え、まさか……」
「そのまさかさ。身体に叩き込む、このリズムを」
次は一人でアダマンタイマイを倒してしまうつもりだ。
僕はそんなルーイを置いて、暖炉の前に向かう。みんなができることをしている。僕も今できることをしよう。
(シキ、僕の声が聞こえる?)




