第六十話:鬼人の工房
目的地だった建物は木造の小屋と石造りのドームが一体になったような見た目をしていた。周囲だけ明らかに雪が少ないのは、ツキヨミがコントロールしているからだろうか。裏には針葉樹もいくつか立ち並んでいる。
「はーい、どちら様ー?」
扉をノックすると、しばらくして中から明るい声が聞こえてくる。
「ワシじゃ、ツキヨミじゃ」
「だよねー」
その声を聞いて、程なく扉がギギッと開く。
中から現れたのは、肩口くらいまでのややボサついた黒髪に、くりんと目の大きな少女だった。
しかしその見た目には、僕たちと明確な違いがある。髪から覗く日本の黒角、そして燃えるような赤い肌━━
「何、こいつら」
そしてもう一つの違和感。彼女は身長がルーイと変わらない。百九十センチくらいある。見下ろされると、威圧感がスゴい。エラも横でガチガチになっているのが分かる。半袖から伸びる腕や下腿にもしっかりとした筋肉がついており、顔とのギャップが凄まじい。
当の本人はツキヨミ以外の客人に、不思議そうな━━やや不審そうな目を向ける。
「こやつらはな、勇者一行……らしいのじゃ」
「勇者です、らしいではなく」
すかさずルーイがツッコミのような補足を入れてくれる。
「まぁ、ツキヨミ様が連れてるならいいか」
入んなよ、と奥へ案内してくれる。中は照明が少なく、薄暗い印象を受けた。一番明るい暖炉の炎が一番目立っていた。
「あぁ、悪い。暗いだろ。朝がちょっと苦手なんだ」
そう言うと鬼人の女性は木製の小さな扉を開く。扉の向こうは窓になっており、外の光が室内に入ってきた。
照らし出された室内は簡素な作りで、生活するうえで必要最低限の家具だけが置かれている。
それでも旅で見た村の家よりはしっかりしていると感じた。
「んー、よし。動きだそう」
大きく伸びをすると、めくれたシャツから六つに割れた腹筋が、袖口からしなやかな上腕三頭筋が見えた。
「でも知らなかったな、勇者に同世代の女の子がいるなんて!」
身長差を見ると━━とても同世代には見えないけれど、顔や仕草の幼さは年齢の近さを窺わせた。
「あ、いや私は……」
「こいつは、勇者ではない。同行者なのじゃ。ワシも騙されたわい」
まだ身長差に慣れてないエラの代わりに、ツキヨミが助け船を入れてくれる。
「じゃあこっちのちんまいのも?」
ひょいと僕の身体が持ち上げられ、身体一つ分足が地面から離れてしまった。
いや、これ普通に恐い。離してほしいけれど、落ちたら痛そうなので大人しくしているしかなかった。
「こっちは間違いなく勇者じゃ、ワシと張り合える魔力を持っておる」
「そうなの!? ツキヨミ様とやり合って、よく無事だったねぇ」
興味津々といった様子で目をキラキラと輝かせる。
ここだけ見ると、本当にどこにでもいる少女みたいだ。エルム姫の方が大人びて見える。
「イツカの言うとおりじゃったわ。化け物よ、こやつらは」
「で、勇者様達がこんな山奥まで何しにきたのさ?」
するとルーイが荷物から深紅の鉱石を取り出し、木製のテーブルに置いた。
「え、アダマンタイトじゃん。どうしたのこれ!?」
イツカと呼ばれた少女は、瞬時に鉱石の正体を判断し、目の色を変えた。僕らに向けていた興味とは別の━━獲物を見つけた肉食獣のような目だ。
ところで、僕をまず降ろしてもらえないだろうか。
「剥ぎ取ったのさ、異形から」
「なるほど、それで祖父ちゃんに会いに来たわけだ」
「助かるよ、理解が早くて」
イツカは僕をひょいと回転させると、容易く肩の上に座らせる。
「じゃあ善は急げだ。こんな上物を持ち込まれたんじゃ、うちらに断る権利はないね」
部屋の奥へ進むと、石扉へ手をかける。
「ついて来な、祖父ちゃんは奥の工房だ」
間近になった彼女の頭からは、力強い火と煤の匂い、汗の香りが微かに鼻腔をくすぐった。




