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自称癒士の救世感  作者: 筆工房
第一章~自称癒士の旅支度~
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第五話:記憶を失った勇者は憤る

 玉座の間へ、その小さな一歩を踏み出した。


 後方から扉の開閉する音、続く足音が聞こえてくる。誰も一言も発することなく、しんと静まり返った城内を進む。

 数分ほど歩いた所で、急に開けた場所に出た。ダンスホールのような円形の空間には、中心に大きなシャンデリアがぶら下がっていた。そして最も荘厳な扉の前で、案内役が足を止め、脇によける。後から付いてきた足音もすぐ後ろで止まった。

 扉が開いていくのが見え、意を決して歩を進める。



 玉座には一組の男女が座していた。

 左に手入れされた銀の口髭や顎髭を貯えた男性、穏やかな笑みをたたえている。

 右にストロベリーブロンドでオールバックにした女性、無表情で、よく観察しているようだった。

 そして横に第一王女と、それから━━

 次に立っていた女性と目が合った一瞬に、彼女がウインクをしてみせた。腰ほどもある髪を降ろし、化粧を施し、純白のドレスを着て━━別人のようになってはいたが、間違いなく第二王女エラであった。

 釘を刺した本人が、公の場でいきなり茶目っ気を出してくるなんて……。

 大きくため息をつく。そこで知らず知らず、呼吸を止めていたことに気づいた。彼女なりの気遣いだったのかもしれない。緊張がほぐれていくのが分かる。


 玉座の間はあまり広くなかった。また装飾も召喚された部屋や、先の広間ほど華美ではなかった。しかし柱や壁、窓一つに至るまで、細かい意匠が施されており、圧倒される空間を作り出していた。

 玉座は20センチ程の小上がりにあり、王との距離はかなり近い。ここが、王と近しい存在だけが入ることを許される場所だと認識させられた。



 そして


 僕の横にならんだ三人の男。

 一人はかなり長身で金髪のセミロング。美形を形作ったら、こうなりそうな好青年である。

 その隣はスキンヘッドでガタイのいい、落ち着いた雰囲気の男性。糸目でやや表情が読みづらい。

 最後に燃えるような赤髪を逆立てた少年。印象としては僕より幾分か歳上だろうか。目付きは鋭く、威嚇しているようにも見える。

 間違いなく僕らが……


 四人が揃ったのを確認し、眼前の女性が腰をあげる。髪色に合わせた細身のピンクゴールドドレスが、スタイルの良さを際立たせている。深緑のマントが動きに合わせて揺らめき、一輪の妖花のような印象を与えた。


「勇者達よ。突然の呼び立てに応じていただき、感謝と謝罪を申し上げる。

 私がクリフィス聖王 エリー・E・クリフィスである」


 よく通る声だ。確かな威圧感がある。少し視線を左にずらす。

 いかにも王様っぽい髭のおじ様は、相変わらず静かな笑みをたたえていた。


 そっちが王配(おうはい)!?


 また表情に出ていたらしい。

 おい、そこの第二王女、後ろで笑いを堪えるんじゃない。何なの、この王族。ドッキリ大好き一家なの?


 他の勇者達の反応は様々だった。

 勇者(美形)はどうでもいい、といった表情だ。

 勇者(糸目)は微かに笑みを浮かべる。

 勇者(赤髪)は口を開いた。


「気に入らねぇなぁ、そういうの」


 場の空気が刺々しいものに一変する。


「王様だか何だか知らないけどさ。それが謝る人間の態度かよ!」


 正直、彼の言うことは尤もだった。いきなり訳の分からないまま、こんな所に連れてこられているのだ。四人とも不満が無いわけがない。

 僕はまだ、王女様たちと会話できただけマシな方だ。


「お気持ちは痛いほどお察しいたします。聖王は立場上、皆様にこうべを垂れることをよしとしておりません。

 どうかこの第一王女 エレノア・エリー・クリフィスのこうべをもって、ご容赦願えませんでしょうか」


 透き通るような声が響き、すっと前に出たエレノア姫が深々と頭を下げた。


「チッ」

「どうぞ、頭をお上げください」


 やや怒りの炎が鎮火したのを確認し、僕はエレノア姫に声をかける。


「構わないよね? それで。分からない訳ではないだろう、王女様が頭を下げることの意味を」


 美形も助け船を出してくれた。


「わーったよ」


 赤髪の声から少し怒りが抜ける。


「後の話次第だけどな!」

「ありがとうございます」


 エレノア姫は顔を上げ、定位置に戻っていった。

 こちらを振り返ると軽くだけ会釈をしたので、僕は頷きだけ返しておいた。


「では、まず率直に申し上げる。貴殿らには勇者として魔王を倒し、当世界を救っていただきたい!」


 僕は勇者と呼ばれた時から予想はしていた。

 ほぅ、と漏らす美形。

 あ?と口が開いた赤髪。

 動かない糸目。


「それを、なぜ私たちが?」


 美形から当然の質問が飛ぶ。


「魔王には、我々では勝てぬのだ」

「僕たちにはその力があると?」

「いかにも」

自分(てめー)のこともよく分からねーのにか!?」


 赤髪が喰ってかかる。


「それには同意ですね。私たちには想像もつきませんね、何ができるかなど」


 聖王エリーは表情を崩すことなく続ける。


「貴殿らは得ているはずなのだ。理解できていないだけで、転生前に最も望んだ力を。

 ただ、その代償として己にまつわる記憶の一切を失うことになる」

「つまりあれだ。いきなり拉致して、自分の都合のいいように強化改造をして、勝手に記憶まで奪ったわけだ!」


 怒りのボルテージがまた一つ上がったのが分かる。赤髪がさらに逆立ち、熱気がここまで伝わってくるようだった。


「そう受け取っていただいて構わない」


 しかし女王はにべもなく返す。

 赤髪が掴み掛からんと、一歩踏み出す。それを制止するように、美形がさらに一歩前へ出た。


「待ってくれ。今揉め事を起こすのは利が少ない、お互いに」

「あ? もう聞くことなんかねぇよ。こいつをぶっ飛ばして、俺は出ていく」


 美形の言うとおり、かなり不味い状況だ。


「僕から、いくつか質問させてください」

「勿論構わぬ」


 それでは、と確認事項を列挙した。


・拒否権はあるのか。

・拒否した場合はどうなるのか。

・元いた世界では自分の存在はどうなっているのか。

・目的を達成した場合、元の世界には帰れるのか。

・僕らへの対価は何か。


「拒否権はある、その場合は元の世界に帰っていただくことになる。目的を達成した場合は、どちらの世界を選んでいただいても構わない。こちらに留まった場合は、望みのままに報酬を用意させよう。

 そして、向こうの世界での貴殿らだが━━」


 一拍おいて、聞きたくなかった真実を告げられた。


「既に亡くなっておる」

「何、だよ……それ……。何だよそれ!」

「いずれにせよ、元の世界には魂だけ帰す形になる」

「じゃあ、僕らの選択肢は……」

「無いわけじゃないさ。新しい生を享受するか、ただ元の運命を受け入れるか。

 もう一度生きるということは闘うということだからね、もう一度生の苦痛や死の恐怖と」


 その言葉は凄く心に響いた。

 死の恐怖、生の苦痛

 元の僕は、何故死んだのだろう……。


「参考になるかは分からないが、今までの勇者で帰還を選んだ者はいない」

「勇者がいたのですか? 私たちの前にも」


 予感はあった。エラは喋れない決まりと言っていた。慣例があるってことは前列があるということだ。


「仰られましたよね、望む報酬を、と。それは実現可能な範囲で、ということで合っていますか?」

「残念ながら、その通りだ」

「例えば、こう言っても? この国の王にしてくれ、と」


 ぎょっとした。美形からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。それはこの国を略奪しますよ、と宣言しているようなもんじゃないのか。

 しかし女王の反応は淡々としていた。


「召喚の儀を行えるものは、我が一族の女性と決まっていてね。

 それを完全に叶えることはできないが、王配として迎え入れることは可能だ」

「ほぅ」


 一方の彼は意外だ、とも納得した、とも取れるリアクションに止まった。


「私たちに考える時間をいただいても良いでしょうか? 実際に要請を受けるかどうか」

「構わぬが、魔王軍の侵攻は始まっておる。翌日没までには決めていただけるとありがたい」

「僕たちの代わりは、居ないんですよね?」

「その通りだ」

「分かりました」


 とりあえず今欲しい情報は得られたはずだ。そしてこちらには、明らかに納得していない者がいる。無理に話を進めても、良くない結果になるのは火を見るより明らかだった。

 僕だって考える時間は欲しい。


「今夜はささやかながら晩餐ばんさんを用意させた。食事をしながらで申し訳ないが、この世界の歴史をもう少し知っていただきたいと思う」


 それは非常に大事だ。この世界について、僕たちはあまりに無知すぎる。

 結局糸目のおっちゃんは一言も喋らなかったな。終始、堂々と構えていた。口を出すまでもないって感じだろうか。


 退室を促され、大扉へ向かうと、ただ静かに微笑んでいた髭の王配様が壇を降りてきた。

 すまない、よろしく頼む。と一人一人に握手を交わす。この人も口止めされていたのかもしれない。


「色々気を使わせてしまったね。ありがとう」


 声が若々しい。髭で分かりにくいが、思ったより若いのかもしれない。

 いえ、と会釈で返す。


「しかし、」




「今回の勇者は三人ではなく、四人なんだね」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 1話の文字数が少なめで読みやすいですね。 そのためか、6話目でやっと核心の話に入りましたので、感想はここら入れます。 複数の勇者、そして冒頭の勇者を殺すという台詞。 そして居るはずのない…
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