第五十五話:霊峰神ツキヨミ
「全く、汝等は何者じゃ。こんなことは初めてじゃぞ」
空を漂う少女は怪訝さ半分、興味半分といった表情だ。この寒さに似つかわしくない、丈の短い銀の和装がさらに子供っぽさを引き立てていた。
「しかも何じゃ、ヒヒを連れておるのか。ますます訳が分からん」
ルーイが前に出て、自己紹介を始める。
「お初にお目にかかる、お嬢さん。私たちは勇者だ、魔王を倒すための」
「ワシを子供扱いするでないわ!
そんで勇者じゃと? そういえばイツカの奴がそんなこと言うておったな……」
少女は一人でぶつぶつと独り言を呟く。
あの口振りから察するに、見た目どおりの年齢ではないらしい。ちょっと親近感が湧いた。
彼女の肌は雪のように白く、雪原に降り立てば銀の服とともに溶け込んでしまいそうだ。黒のおかっぱと紫の帯だけが浮いているように見えるのではないだろうか。
「失礼しました、レディ。では何者でしょう、あなたは?」
一人の世界に入ってしまっていた少女が意識をこちらに戻す。
「ワシか? ワシはツキヨミ。この霊峰フジの神、そのものである!」
ふふん、とツキヨミは胸を張る。しかし、その見た目から子供が見栄を張っているようにしかみえない。ただ先程の吹雪を彼女が起こしていたなら━━
「おそらく本物……」
決して油断していい相手ではない。
「しかし、汝等のような若造に何ができる。魔王討伐とは子供の遠足か何かか?」
しかもこちらは武力筆頭であるルーイが、能力を制限されている。できるなら穏便に事を運びたい。
「私たちは用があってお邪魔しました、伝説の鍛冶師“ヒコネ”に」
その名前をだすと、彼女の眉がピクリと動いた。
「なんじゃ、ヒコ坊の知り合いか」
ここは正直に答えた方がいいのだろう。
「いえ、私たちは会ったこともありません」
「では、巫女の手形は?」
ルーイは首を横に振る。
「そんな怪しい者たちを通すわけにはいかんなぁ」
ツキヨミは意地悪くニヤリと笑う。
「勇者ともなれば、ワシごとき押し通ってみよ!」
彼女が掌底を合わせて、前に突き出すと、猛吹雪が僕らを襲った。僕たちをピンポイントで捉えた魔法は、今までの吹雪とは比べ物にならないくらいの突風と雪崩のような質量で僕らを埋めてしまう。
咄嗟に植物で網を作り、生き埋めを阻止する。植物は猛烈な冷気でダメになってしまうけれど、一度押し固められた雪は“かまくら”となって、僕たちを守ってくれる。ただし空気穴はないから、長居はできない。
「さて、どうするかな。掘り起こしてくれるのを待つかい、彼女が」
「どうだろう、助けてくれそうな気もするけど」
さっき喋った印象として、彼女が根っからの悪人では無い気がする。
「エラは対抗できそう?」
エラはとんでもない、と首を横に振る。
「多分━━いいえ、絶対無理ね」
やはり魔力量の差が圧倒的らしい。多少の相殺すらも期待できないようだ。こちらの状況を伝えて、手加減してもらえるならしたい所だけど……。
今は少しでも知恵が欲しい。そこで頭の中にいるだろうシキに語りかけてみるけど、一向に反応がない。というか入山してからかなり存在が希薄になっている。寒すぎて冬眠でもしているのだろうか。
「隙を作れば、ルーイが何とかしてくれると思うんだけど」
「倒すと約束しよう、一瞬でももらえれば」
ルーイがやると言ったからには、おそらくやってくれる。あとは━━。
「私が囮になるわ」
エラは決意したように顔を上げる。
「物足りないかな、君だけでは」
しかし、ルーイから告げられたのは、彼女では力不足だという宣言だった。エラもそれを分かっていたのか、顔をしかめる。
「じゃあ僕も行くよ」
「そうだね、その方が……」
ルーイは納得したけれど、それでもまだ不安なようだ。先ほども植物が冷気でやられたように、僕の魔法もツキヨミには相性が悪い。
「ヒヒー」
ヒヒ丸が心配そうにエラの背中を撫でる。ヒヒ丸も可哀想に。せっかく里帰りできたというのに、いくつものトラブルに巻き込まれて、それどころではなくなっている。
ヒヒは仲間意識が強く、群れの仲間を決して見捨てたりはしないそうだ。自分も悲しいだろうに、仲間であるエラの気持ちを優先している。
「そうか、もしかしたら……」
ルーイが目を細めて笑みを浮かべる。
「思いついたようだね、何か」
僕はもう一名の同行者に近寄ると、協力を仰ぐ。
「お願いがあるんだ、ヒヒ丸!」




