第五十四話:氷蝶は山頂へ導く
「━━ん」
夢から覚めて、現実に戻ってくる。寝る前に導師の話をしたからだろうか、修行の時の出来事を夢見ていた。
入り口に邪魔された風が洞窟の壁で乱反射し、不安を煽るような甲高い風音を響かせていた。外はまだ真っ暗だったが、まだまだ吹雪は止んでいないらしい。
首を動かすと、焚き火を見つめるルーイの顔が目に入った。
「眠れないの、ルーイ?」
ルーイは視線を上げると、ニコリと微笑んだ。
「ちゃんと寝たさ。焚き火で分かりづらいけど、空は少し白んできているよ」
今いる場所からは、空の色が全く分からなかった。それを知るために寒い入口に行く気は起きなかったし、ヒヒ丸という毛布から離れたくなかった。それに、ルーイがそういうなら、きっとそうなんだろう。
「一つ、いいかな?」
ルーイが少しだけ真剣な表情になる。寝惚けていた僕の頭が冴えていく。
「何?」
隣で同じくヒヒ丸にくるまっていたエラに視線を移す。エラはスースーと静かに寝息を立てていた。
「嘘をついていた者がいる、修行の時に」
……嘘?
僕は突然の発言にポカンとしてしまった。
「そして、その嘘は今回の聖王国の動きに関係していると考えている、遠からず」
彼の言葉の真意を考える。なぜ僕に、僕だけに打ち明けたのか。
まず僕は嘘をついただろうか。━━いや、この世界に転移した後は何もかもが必死で、嘘なんかついてないと思う。勘違いした発言をして、結果的に嘘になってしまったことはあるかもしれない。だけど、それをルーイが咎めるだろうか。
次に聖王だ。彼女は嘘をついている可能性が最も高い。だけど、それは元々僕たちの共通認識だ。今さら改まって掘り返すことではない。そもそもルーイは“修行中”と言った。つまり修行の場に居合わせた人間の誰かだろう。
少しだけ顔を上げる。黙り込んでしまった僕を、ルーイはじっと待ってくれる。
再び目を伏せて、さっき見た修行の夢を一つ一つ思い返す。
「あ━━」
辿り着いた答えを確認するために再び顔をあげる。ルーイは唇に人差し指を当てて、制止をもとめた。
そうか、ルーイは気づいていたんだ。そして僕に打ち明けた理由が、やっと分かった。
「よかった。気づいてくれると思っていたよ、君なら」
ルーイは嬉しそうに答える。僕とルーイだから気づいた違和感。
「意地が悪いよ、ルーイ」
人を試すような視線が無くなり、ホッと胸を撫で下ろす。
「しかし判明した訳じゃないけどね、何故嘘をつく必要があったのか。解決の糸口にはなりそうだけど」
何か思い当たることはないかと聞かれたけれど、僕自身はさっきまで気づいていなかったこともあって、皆目見当もつかなかった。
そうこうしているうちに、外が洞窟内からでも分かるくらいに明るくなってきた。
「さて、作戦を練ろうか、彼女たちを起こして」
━━明るくなったとは言っても、吹雪は衰えることを知らず舞い踊っていた。
「こうして改めて見るとやっぱり違和感があるよね」
吹雪の強さに対して空が明るい。これだけの天候であれば、上空はもっと黒く厚い雲に覆われているはずだ。
「術者を探したいね、これが魔法で起こされているものなら」
何か探す術を考えなくてはならないが、相手も分からないので明確な方針を立てようがない。そう思っていたけれど━━
「分かるかもしれないわ」
思い出したようにエラが声を上げる。
「これを見て」
エラは掌を上に向けると、昨日見た氷の蝶を造り出す。それはやはり程なく霧散してしまう。
「もう一度」
数回蝶の生成を繰り返す。その度に砂の城が風邪で飛ばされるように流れていく。
「もしかして……」
「気づいたかしら」
「崩れていく方向が変わらない、吹雪は複雑にうねっているのに」
エラは力強く頷く。
「私の虫は風に飛ばされている訳ではないわ。強い魔素の流れによって掻き消されているの」
「そうか。術者は常に一定の方向へ魔法を飛ばしていて、山の複雑な気流に乗せているだけなんだ!」
その上流に奴はいる。エラの魔法が方位磁石となって、僕たちを導いてくれるはずだ。
「ヒヒ丸、この方向って━━」
「ヒヒ!」
「山頂か」
ヒヒ丸は本能的に、どちらが山頂で、どちらが麓かを理解している。やはり敵は安全な山頂から僕らを見下ろしているようだ。
「冷気である氷の魔素は流れやすい、低い方向へ。理に敵っているね、魔法効率としても」
後はこの吹雪をどう進むかだけど━━
「ルーイはやっぱり厳しそう?」
言わんとしてることを理解したルーイが雪に手を降ろす。
「うん、そうだね。積雪は数十メートルとみていいかな、やはり」
あまりに雪が厚く積もっているため、土の魔素をほとんど感じられなくなっているらしい。ルーイの魔法はかなり制限されてしまっている。
「それじゃあ、僕の道具が役に立ちそうだね」
そういって洞穴で準備していた装備品を取り出す。
「これは傘、かな?」
植物で作ったそれは、巨大な傘を半分閉じたような形をしている。ちょっとした隠し要素を仕込んであるのがポイントだ。
「これで、雪を防ぎながら進もう。足場は━━」
「大丈夫、崩れないように私が固めながら行くわね」
積もってしまった雪はエラが何とかしてくれる。
「ヒヒ丸、よろしくね」
「ヒヒー!」
傘をヒヒ丸に任せて、一直線に並んで進んでいく。雪風を避けられるだけで、大分進みやすい。
さらに傘で塞がれた視界は僕の透視鏡で解決できる。
「本当に私は役立たずだね、今回は。よく分かったよ、ヒロ達の気持ちが」
僕は首を横に降る。
「そんなことないよ」
それに予想が正しければ、ルーイの出番はきっと来る。
━━二時間ほど進んだだろうか。空が明るさを増し、昼に近づいたことを想像させた。
おそらく八合目あたりまでは来たはずだ。何も目印がないのが不安だけれど。エラの“方位氷石”も、変わらず同じ方向を指している。
「おや?」
急に辺りが静かになる。さっきまで、うるさいくらいに吹雪いていたのに。ピタリと、極めて不自然に。
「ほんに諦めの悪いやつらじゃのぅ」
そして聞き慣れない子供の声が鳴り響く。透視鏡で前方を覗くけれど、誰も見当たらない。一体どこに━━
「上だわ!」
見上げると、この寒さには似つかわしくない着物姿の少女が、空中で胡座をかいて座っていた。




