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自称癒士の救世感  作者: 筆工房
第四章~自称癒士のお使い~
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第五十三話:非科学的であればこそ面白い

 “霊峰フジ”に足を踏み入れた後、しばらくは穏やかな登山であった。山頂付近にあるという鍛治士の聖地を目指し、中腹に差し掛かった頃だ。急に冷気が強くなり、あっという間に吹雪となった。

 僕らは前に進むことも困難となり、偶然見つけた洞に避難を余儀なくされた。


「吹雪、止まないね……」

「ここでやり過ごす他ないかな、今晩は」


 吹雪は弱まることを知らず、外の世界を白で覆い尽くす。


「ヒヒ丸ー、僕を暖めてー」

「ヒヒー?」


 焚き火だけでは物足りず、フワフワの毛皮で暖をとる。ヒヒ丸は嫌がることなく、むしろ抱きつきやすいように体勢を変えてくれる。


「やっぱりおかしいわ……」


 先程から真剣な表情で黙々と手を動かしていたエラが声を上げる。


「気づいたのかい? 何かに」

「ええ」


 ルーイの問いに、エラがこくりと頷く。エラはこの世界における優秀な氷術士で、三人の王女では最も戦闘に適した能力を持つ。氷の魔素を射出する魔法を始め、地を凍らせて滑走したりできる。またイヤリングに仕込まれたアクセラの力を借りて、武器防具として身に纏うことも可能だ。

 (※アクセラ:予め術式を仕込まれた、魔力を内包する宝石)

 エラは手のひらを上に向けると、魔法を発動させた。しかし、形を成す前に霧散してしまう。


「今のは?」

「私は魔法で氷の蝶を作ることができるの。修行の時に覚えたんだけど、今でも練習がわりというか、手遊びみたいにして作ったりしてるのよ」


 確かに以前、ヒヒ丸と蝶が戯れているのを見かけたことがあった。あれはエラのイタズラだったのか。

 エラはもう一度魔法を発動してみたが、やはり同じ結果だった。


「でもここでは魔法が発動できない。というか氷の魔素が乱れていて、邪魔されている感じね」

「なるほど、じゃあ━━」


 ルーイは壁に手を当てると、岩壁から器用に雪だるまの岩版を形成してみせた。


「特に違和感ないな、私は。ヒロは?」


 僕も意図を理解し、種をヒヒ丸型の盆栽に成長させた。


「僕も問題ないよ」


 ヒヒ丸に作品を渡すと、興味深そうに繁々と眺めていた。


「つまり誰かに使用されている、氷の魔素が。そういうことだね?」

「ええ、それも相当強大な魔力を持った奴ね。そしてその用途は━━」

「この吹雪……」


 僕らは何者かから意図的に侵入を拒まれている。空中の障壁もそうだけど、部外者はあまり歓迎されないみたいだ。


「持ってくればよかったかな、招待状でも」


 ルーイは肩をすくめる。


「諦めて引き返す?」

「何とか見つけたいね、突破する方法を」


 僕たちは手掛かりがないか思案する。焚き火のパチパチという音が、しばらくの間を埋める。


「エラは、同じ氷術士として何かある?」

「そうね、私が逆に妨害し返すことができればいいのだけど……。魔力に差がありすぎて、生半可では埋まりそうにないわね」


 エラは自分と照らし合わせて、案を捻り出そうとしてくれる。柔らかそうなピンクゴールドの前髪をくるくると指に絡めたりすると、火の揺らめきと合わさって複雑に輝いてみえる。


「後は氷と対になる魔力をぶつければ、可能性があるんだけど━━」

 

 エラは対になる魔素の存在を語ってくれた。例えば火と氷、そして地と水、時と風……といった具合だ。それは限りなく近いのに果てしなく遠い関係である。


「……ということは、ロロだね」

「間違えたかな、人選を」

 

 確かに、ロロならこの吹雪も一息で吹き飛ばしてくれそうだ。


「とりあえず朝になってから行動しよう、今夜はここでやり過ごして」

「この状況じゃ朝日も拝めなさそうだけどね」


 せめて多少は明るくなってくれないだろうか。


「それにしても面白いね、対になる魔素の存在というのは」

「面白い?」


 ルーイのいう面白いとは何のことを指すのだろう。


「少し通じるところがあると思わないか、私たちの世界における物理や化学に」

「あー、なるほど」


 例えば炎と氷は温度だ。与えるか奪うかの違いなのだろう。


「じゃあ時と風は?」

「時間と空間……三次元と四次元ってところじゃないだろうか」


 確かに、どう対になっているのか探すのは面白いかもしれない。


「そしたら地と水は、固体と液体! でもそしたら気体が……」


 知ってたよ、とばかりにルーイがクスクス笑う。


「そうなんだよね。説明がつかない、私たちの理屈だけでは。だから面白いんだよ」


 マグネシウムという共通する金属があれば、アダマンタイトなんてめちゃくちゃな鉱石も存在する。そもそも魔法なんて非科学的な事象を起こしてる時点で、僕たちの常識を当てはめるのもおかしな話だ。


「あなた達が何を言っているのか、ちんぷんかんぷんだわ」

「ヒヒー」


 エラの言葉にヒヒ丸が同意する。


「導師様の授業を思い出すわね」


 導師様か……。

 導師ドニ。焦げ茶色の髪と髭に覆われた丸っこい老人。彼はただの魔力爆弾だった僕たちに魔法の使い方を教えてくれた。


「まだ経ってないんだよね、二週間くらいしか」

「え、本当に!?」


 思わず指折り日数を数える。

 うわ、本当だ。なのに随分と懐かしいことのように感じる。もうこの世界で何ヵ月も過ごしたような。


「そういえば、癒の対になる物はないの?」


 エラに尋ねるが━━やはりというか━━首を横に振られた。


「癒の魔素は謎が多いから……あまり聞いたことがないの」

「そうだよね」


 僕の魔法は謎が多い……。


「さ、寝るとしよう、明日に備えて」


 焚き火の熱をお腹に、ヒヒ丸の体温を背中に感じながら、僕たちは眠りについた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ヒヒ丸のお布団……さぞかし暖かろうて(*´ー`*) 魔法と化学や物理が似ているという事に非常に納得してます。 この先に進まなくてはならないけど、この文では一筋縄にはいかなそうですね〜
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