第五十一話:“もののふ”としての在り方
狼人ガルドは消耗しきっていた。なぜこんなにも体力を奪われるのか。理由は解っている。
「また防御が遅れてきているでござるぞ!」
「ぬぁっ!」
動きは遅い。先ほど言っていた通り、ガルドの半分ほどに速度が抑えられている。
しかし短剣がヒットする直前にブレるように動くのだ。この独特の剣筋に彼は対応しきれないでいた。インパクトの場所、タイミングをずらされてしまい、必要以上に体力を持っていかれる。
さらには右手首を要所で返すことにより、短剣へ視線誘導を行う。それからの徒手空拳を挟むことで、意識をぐちゃぐちゃに揺さぶられる。
「お?」
チェリャは不意に首を右に傾ける。思わずガルドもそちらに視線を向けた。続けざまに死角からローキックが飛んでくる。
「ぐっ!?」
衝撃に膝を折りそうになり、すんでの所でこらえる。だが勇者から一瞬目を話したのが命取りだった。
「本当に真面目でござるなぁ」
既にチェリャの姿は彼の正面になく、すぐ耳元で囁きが聞こえた。勝負は既に決していた。背後から関節を極められ、受け身もとれないまま、地にうつ伏せで倒れた。
潰れたような声にならない声が漏れるが、アダマンタイトと鎧がぶつかった大きな金属音にかき消された。
「参りました……」
まだ頭には星が飛び交っていたが、気力を振り絞って敗北の宣言を行った。
ただの敗北ではない。完全敗北であった。
不利条件を抱えながら、戦闘技術や精神力、その総てで上回られた。
力が緩められたことを感じ、狼人は仰向けに転がる。
「しかし、あれほど守りぬくことが難しいとは」
「当然でござろう」
チェリャは意地悪く笑ってみせる。白い歯が輝いて見えた。
「某は“防御してみろ”とは申したが、“反撃するな”とは申してないでござるよ?
そりゃ反撃がこないと解っていればやりたい放題でござる」
まさかその提案から術に嵌められていたとは考えてもみなかった。
「くくっ、かはははははははははは! 昨日とまるで成長しておりませんな、拙者は!」
正々堂々とした闘いこそが騎士のあるべき姿だと思っていた。しかし手練手管を用いられて負けたときの、この清々しさはどうだろうか。
勇者とは途方もない魔力を備えた者、ただそれだけの存在ではないかと疑ったこともあった。とんでもない、正しく本物の武人だ。
「こちらの世界においでになる前から、相当の手練れであったのでしょうか?」
チェリャはやれやれと大袈裟に手を掲げる。
「それが全く記憶にないんでござるよ」
「左様ですか……」
ロロはピクッと身体を震わせると、ガルドに尋ねた。
「知らなかったのか?」
「いえ、勇者様に関してはごく限られた情報しか入ってきません。父上……いや御当主であれば、あるいは」
ここでも勇者に関する秘密主義が立ちはだかった。公爵家であってもここまで秘匿されるものなのか。
「拙者は所詮、形式だけの強さでござった。それを痛いほど学ばせていただきました」
「能力は問題ないと思うでござるよ。後は気の持ちようではござる」
それを聞いたガルドは上体を起こすと、改めてチェリャの元を向き直る。
「無理を承知でお願いいたす。その心構えの極意を教えていただきたい!」
チェリャは答える。
「やはり、なりきることではござらんか?」
「なりきる、でありますか。拙者であれば、騎士になりきるということでしょうか」
「では騎士とはどういう存在でござる?」
ガルドは粛々と答える。
「民を守るため、身命を賭して戦う者です。そして後続の者たちの手本となるような闘いを━━」
「それは理想でござるなぁ。しかし現実は違うでござる」
チェリャは特別なことではない、といった表情であっけらかんと言葉を発した。
「敵をいかに手早く、多く屠れるかでござる。例えどんな手を使ってでも」
ガルドは息を呑む。
「お主が敵を一匹屠れば、その敵が殺すはずだった民を三十人救うことができるでござる。武術とは所詮殺しの技術、戦場では綺麗事は忘れるでござる」
彼は何故これほどまでに無機質に戦を語ることができるのか、まだ戦争を知らぬ狼人には理解できなかった。
「そして……命を粗末にしないことでござるな。必ず生きて帰ってくるでござるよ」
「それも民のためでありましょうか」
「左様。お主が持ち帰った情報は値千金。生きてさえいれば再び剣となって戦うこともできよう」
彼にとって、その考えは目から鱗であった。戦場で散るが華、逃げるは恥。それこそが騎士と信じてきた。勇者チェリャの迷いのなさは、敵を討ち滅ぼすという強い信念からくるものであった。
あのゾッとするような視線も、その覚悟の表れであったのだろう。ガルドはようやく合点がいった。
「さて、休んだらまた手合わせでござるぞ!」
「承知いたした。もちろん何でもありでございますな」
お互いにニヤリと笑うと、どちらからともなく距離を詰める。
━━彼らは日が暮れるまで切り結び続けた。




