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自称癒士の救世感  作者: 筆工房
第四章~自称癒士のお使い~
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第五十一話:“もののふ”としての在り方

 狼人ガルドは消耗しきっていた。なぜこんなにも体力を奪われるのか。理由は解っている。


「また防御が遅れてきているでござるぞ!」

「ぬぁっ!」


 動きは遅い。先ほど言っていた通り、ガルドの半分ほどに速度が抑えられている。

 しかし短剣がヒットする直前にブレるように動くのだ。この独特の剣筋に彼は対応しきれないでいた。インパクトの場所、タイミングをずらされてしまい、必要以上に体力を持っていかれる。

 さらには右手首を要所で返すことにより、短剣へ視線誘導を行う。それからの徒手空拳を挟むことで、意識をぐちゃぐちゃに揺さぶられる。


「お?」


 チェリャは不意に首を右に傾ける。思わずガルドもそちらに視線を向けた。続けざまに死角からローキックが飛んでくる。


「ぐっ!?」


 衝撃に膝を折りそうになり、すんでの所でこらえる。だが勇者から一瞬目を話したのが命取りだった。


「本当に真面目でござるなぁ」


 既にチェリャの姿は彼の正面になく、すぐ耳元で囁きが聞こえた。勝負は既に決していた。背後から関節を極められ、受け身もとれないまま、地にうつ伏せで倒れた。


 潰れたような声にならない声が漏れるが、アダマンタイトと鎧がぶつかった大きな金属音にかき消された。


「参りました……」


 まだ頭には星が飛び交っていたが、気力を振り絞って敗北の宣言を行った。

 ただの敗北ではない。完全敗北であった。

 不利条件を抱えながら、戦闘技術や精神力、その総てで上回られた。


 力が緩められたことを感じ、狼人は仰向けに転がる。


「しかし、あれほど守りぬくことが難しいとは」

「当然でござろう」


 チェリャは意地悪く笑ってみせる。白い歯が輝いて見えた。


それがしは“防御してみろ”とは申したが、“反撃するな”とは申してないでござるよ?

 そりゃ反撃がこないと解っていればやりたい放題でござる」


 まさかその提案から術に嵌められていたとは考えてもみなかった。


「くくっ、かはははははははははは! 昨日とまるで成長しておりませんな、拙者は!」


 正々堂々とした闘いこそが騎士のあるべき姿だと思っていた。しかし手練手管を用いられて負けたときの、この清々しさはどうだろうか。

 勇者とは途方もない魔力を備えた者、ただそれだけの存在ではないかと疑ったこともあった。とんでもない、正しく本物の武人だ。


「こちらの世界においでになる前から、相当の手練れであったのでしょうか?」


 チェリャはやれやれと大袈裟に手を掲げる。


「それが全く記憶にないんでござるよ」

「左様ですか……」


 ロロはピクッと身体を震わせると、ガルドに尋ねた。


「知らなかったのか?」

「いえ、勇者様に関してはごく限られた情報しか入ってきません。父上……いや御当主であれば、あるいは」


 ここでも勇者に関する秘密主義が立ちはだかった。公爵家であってもここまで秘匿されるものなのか。


「拙者は所詮、形式だけの強さでござった。それを痛いほど学ばせていただきました」

「能力は問題ないと思うでござるよ。後は気の持ちようではござる」


 それを聞いたガルドは上体を起こすと、改めてチェリャの元を向き直る。


「無理を承知でお願いいたす。その心構えの極意を教えていただきたい!」


 チェリャは答える。


「やはり、なりきることではござらんか?」

「なりきる、でありますか。拙者であれば、騎士もののふになりきるということでしょうか」

「では騎士もののふとはどういう存在でござる?」


 ガルドは粛々と答える。


「民を守るため、身命を賭して戦う者です。そして後続の者たちの手本となるような闘いを━━」

「それは理想でござるなぁ。しかし現実は違うでござる」


 チェリャは特別なことではない、といった表情であっけらかんと言葉を発した。


「敵をいかに手早く、多く屠れるかでござる。例えどんな手を使ってでも」


 ガルドは息を呑む。


「お主が敵を一匹屠れば、その敵が殺すはずだった民を三十人救うことができるでござる。武術とは所詮殺しの技術、戦場では綺麗事は忘れるでござる」


 彼は何故これほどまでに無機質に戦を語ることができるのか、まだ戦争を知らぬ狼人には理解できなかった。


「そして……命を粗末にしないことでござるな。必ず生きて帰ってくるでござるよ」

「それも民のためでありましょうか」

「左様。お主が持ち帰った情報は値千金。生きてさえいれば再び剣となって戦うこともできよう」


 彼にとって、その考えは目から鱗であった。戦場で散るが華、逃げるは恥。それこそが騎士もののふと信じてきた。勇者チェリャの迷いのなさは、敵を討ち滅ぼすという強い信念からくるものであった。

 あのゾッとするような視線も、その覚悟の表れであったのだろう。ガルドはようやく合点がいった。


「さて、休んだらまた手合わせでござるぞ!」

「承知いたした。もちろん何でもありでございますな」


 お互いにニヤリと笑うと、どちらからともなく距離を詰める。






 ━━彼らは日が暮れるまで切り結び続けた。

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― 新着の感想 ―
[一言] チェリャを戦士として尊敬する気持ちまで芽生えてきそうです。 彼のいうことはいちいち納得できる。 結構すごい人なんだとやっと気付いたところです。
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