第四十八話:死と隣り合わせの手合わせ
「━━であればアダマンタイマイを討伐された場所がよろしいかと」
ガルドとの手合わせ場所を相談するため、チェリャ達はセイブ村長の家を訪れていた。
他の家より広いからか、室内はやや薄暗い印象がある。
「確かに村では手狭でござるし、それが良さそうですな」
さらに言えば、現状は市街戦を想定していないことも理由の一つだった。異形に踏みいられるようなことがあれば、村を捨て即時に撤退戦へ移行することになる。であれば、比較的開けた場所での戦闘に特化すべきだろう。
「それと━━」
「存じております。その間に私はガルド様の滞在の許可と、村民への周知をさせていただきます」
「かたじけない」
セイブは眼鏡を指で少し持ち上げる。
「それで差し支えなければ、でございますが━━」
「エラ姫には、よく伝えておくでござるよ」
「ありがとうございます」
セイブは恭しく頭を下げる。つい先ほど同じ光景を見たばかりだったが、ロロにはひどく違う形に映った。
「仲良くはなれねぇな」
セイブが顔をあげる。
「━━何か?」
「いや、別に」
つい口走ってしまっていた。ヒロを傷つけてから気をつけるようにしているが、どうにも難しい。
━━セイブの家を出た一行は巨亀を倒した地点まで来ていた。
「拙者の為に、何と御礼を申し上げてよいやら……」
ガルドがまた深い礼を始めそうだったので、チェリャが静止した。
「気にすることはござらんよ」
狼人は巨亀の残骸を仰ぐと、改めて感嘆の声を洩らす。
「しかし、これだけの異形を倒してしまわれたのでござるな」
アダマンタイマイの外殻を構成していたアダマンタイトは━━ヒロ達が一部だけ持っていったものの、ほとんどその場に残されていた。巨大なクレーターとそこに収まる深紅の鉱石は、自分達が小さくなったような錯覚を起こさせた。
「ここなら多少暴れてもびくともせんでござろう」
チェリャは短剣を取り出す。旅を共にしてきた短剣は、先の戦闘で刃が欠けてしまっていた。
意図を汲んだガルドは背負っていた大剣を抜き、上段に構えた。
「手合わせ、よろしくお願い申し上げる」
「終了は、いずれかの戦意喪失でよいでござるな」
「承知!」
二人は見合ったまま、しばらくそこに静止する。風と時間だけが、男と男の間を通りすぎた。
「……構わんでござるよ。どこからでも遠慮なく打ち込んできてくだされ」
「では御胸をお借りいたす」
今一度腰を降ろすと━━
「参る!」
ガルドは一瞬で間合いを詰める。距離にして十メートルは空いていたはずだ。消えたと錯覚するほどの速度は、狼人の膂力の賜物だろうか。
「魔法か」
魔法を使える一族はどの種族でも重用される。彼も公爵家の出身であれば、扱えても不思議ではない。何らかの魔法によって身体能力を強化しているらしかった。ロロは魔素の流れを知覚できず、具体的には判断できない。
そして斜めに振り下ろされた大剣は、過たず勇者の腹部を捉えていた。しかし━━
「なっ!?」
大の男ほどもある大剣は、掌ほどの短刀で易々と受け止められていた。
(押し返される!?)
攻撃していたはずのガルドは、何故か防御する側に回っていた。じわりじわりと短刀が喉元に迫ってくる。大剣の向きが変わり、チェリャの顔が横から現れる。
「━━っ!」
思わず後ずさる。ちょっと下がったつもりが、最初見合った場所よりも遠い位置まで退いていた。
「はっ……はーっ、はーっ」
たった、たった一太刀交わしただけなのに……息は上がり、手は力を込めすぎて痺れてしまっている。
「ちゃんと本気で来てくれないと手合わせにならんでござるぞー!」
確かに一撃目は本気で踏み込んでいなかった。だが、だからどうだというのか。もちろん勇者の力を疑っていたわけでも、侮っていたわけでもない。一太刀入れる期待など、毛頭なかったが。
「っと、今日はこれで終いでござるな」
チェリャは短剣を腰にしまう。
「せ、拙者はまだ━━!」
そう言って踏み出そうとして気づく。両の足はガクガクと大きく震えており、言うことを聞きそうもない。これが武者震いでないことは、武門マカミの出であるガルドには容易に知るところであった。
(よもやこれほどとは……)
剣を地に降ろすと、背からドサリと地に倒れこむ。
「参り申した」
たった一拍で実力の差を明確に解らせられた。決め手となったのは、あの目だ。細目から覗いた瞳の奥は深く、全く底が知れなかった。まるで命を刈り取ることなど、何とも感じていないような……。
勇者が召喚されたと、鶴人から公国へ通達があったのは二十日ほど前のことだ。一体その間にどれほどの修羅場を潜れば、そんな目になろう。いや、そんなことが本当に可能なのか。
ガルドは静かに目を閉じた。今生きていることを実感するために。




