第四十七話:真面目な狼人は人目を避ける
暗がりから現れた顔は彼らの知る━━狼、そのものであった。
彼らの知る狼と違うところは、奴が二本脚で立っていることだ。軽装鎧も身に纏っており、ウェアウルフやライカンスロープと呼ぶべき存在であった。
ロロは構えをとる━━が、そこで違和感に気づいた。
平時であれば、いの一番に標的を捕らえるであろうチェリャが動かない。構えることもせず、ただの棒立ちで相対している。
チェリャに向けていた視線を戻し、もう一度狼男をよく観察する。
体毛に覆われており、狐色や銀色のグラデーションが美しい。正確な身体のラインを判断しづらいものの、良質な筋肉のついた引き締まった肉体であることは想像できた。背に大剣を背負っているが、柄に手をかける様子はない。それどころか、恭しくお辞儀をしてきた。
「貴殿方を勇者様とお見受けいたす。相違ないか?」
ロロは口調に既視感を覚えて、横の男を見る。
「左様。某が時の勇者、チェリャと申す」
案の定━━顔を綻ばせて、ノリノリで対応している。
「頭が痛くなってきた……」
それが二日酔いのせいでないことは、本人がよく分かっていた。
対する狼男は、こちらから名乗らねばならぬところを━━と再度深く頭を下げた。
「お初にお目にかかる。拙者はボァザ=マカミ公爵が次男、ガルド=マカミと申しまする。以後お見知りおきを」
最初の鬼気迫る雰囲気はどこへやら。とても礼儀正しい青年であった。
「なるほど、ヴォルフ公国の狼人でござったか。しかし公爵と言えば━━」
「めちゃくちゃボンボンじゃねーか。何で俺たちをコソコソ嗅ぎ回るような真似を……?」
ヴォルフ公国は五大国の一つで、狼人という亜人で構成される。このガルドという男は、国を治める四つの公爵家━━その御曹司ということらしい。
するとガルドは膝をつき、額を地につける。
「拙者は一人前の騎士になるべく、流浪の最中。その折、勇者様の輝かしいご活躍を耳にいたしました。しかもチェリャ様は抜きん出た武人であるとのこと」
チェリャがぐいっと身を乗り出す。
「なるほどなるほど、それで?」
「いいから黙ってろ」
ガルドは一旦顔を上げると━━
「つきましては、拙者を弟子に━━稽古をつけていただきたく……何卒よろしくお願い申し上げる!」
再び地に伏せた。
「で、どうすんだよ武人サマ?」
「か━━」
武人は肩をプルプルと震わせている。そしてガルドの両肩を掴んだ。掴まれた方はビクッと体を震わせる。
「感服いたしたでござる! その心意気やよし! 弟子など水くさい━━共に武の頂を目指すでござる!」
ガルドの瞳は感動で潤み、泣き出しそうだ。どう考えてもチェリャの暇潰しの相手をさせられること請け合いだが……まぁ本人同士がWin-Winであればいいのだろうか。
「しかし、あんな血走った眼をしなくても……」
「拙者、そのような顔をしておりましたか!?」
どうも自覚がなかったようだ。
「建物から出てくる瞬間を逃すまいと、しかと見張っておりましたゆえ」
「まさか店に入った時からいたのか?」
「御二人が村長と宿を発った時から」
「最初からかよ!」
気づいてたのか━━とチェリャを横目で見る。
「某がロロ殿を背負って宿を発った時から」
「最初からかよ!」
「気づいておられましたか、流石にございます」
方や怒るどころか感心してしまっている。ガルドも十分変人の素質があったようだ。血走っていたのは、ただの寝不足で充血していただけらしい。
「何で声をかけなかった?」
「それは━━」
ガルドは言い淀む。少しばかり逡巡した後━━
「狼人は人族に快く思われておりませぬ」
魔王の脅威が訪れ、現在の体制となるまで各国は小競り合いが絶えなかった。特に人族の治めていたクリフ王国とヴォルフ公国は国軍による戦争に発展することもしばしばあり、被害も相当なものであった。
記憶の薄れた今でも、遺恨は残っているのではないか。
「なるほど、混乱を避けるために身を隠しておったと」
騎士であれば、堂々と往来を行きたいだろう。この青年は真面目すぎるが故に、屈辱的な行為を善しとしているのだ。
「……卑屈なもんだな」
ロロは誰にも聞こえないように、独り溜め息をもらした。
「では某には関係のうござるな。この世界には先祖もおらぬでござるし」
チェリャはニヤリと笑う。
「人を手にかけたことは?」
「さようなことは誓ってありませぬ!」
スッと手を差し出す。
「では、お主は胸を張って生きるでござる」
日の光が強くなり、風になびく体毛の先が黄金色に輝く。金の瞳がより強く輝きを増したのは、そのせいだろうか。




