第四十六話:地下の非日常は日常を支える
扉の先には、地下とは思えない空間が広がっていた。
賭け事に勤しむ人々や、バーで酒を酌み交わす人々……今まで見てきた、質素な生活を営んでいた人々とは真逆の行為だった。
「これは一体……」
戸惑うロロにセイブ村長が語りかける。
「サカの村よりザンタ地方に近い村には、地下室が作られております」
「ああ、聞いてる」
ザンタ地方に近い村ほど魔王軍に侵攻される可能性が高く、勇者達が補給できないことを危惧された。そこで異形に見つからないように地下倉庫を作り、要所で補給できるようにしているのだ。
今回は魔王軍の空襲で予想外の村が襲われたため、既に補給無しの野宿を余儀なくされたが。
「こんな利用は許可されてないんじゃないのか?」
村への執着を失くすために、過度の娯楽も禁止されていたはずだ。そもそも許されていれば地下でひっそりと開く必要もない。
「仰るとおりです」
セイブは悪びれる様子もなく、ずれた眼鏡を直しながら答えた。
「サカの村は他の村と比較し、村人達の責任が重い。また滞在時間も他の村と比較して多い傾向にあります」
天井を仰ぎ見る。もちろん天井ではなく、地上に拡がる村を見ているのだろう。
「過度な抑圧は住民の生産能力低下に繋がります。私が村長としてこのサカにある村を任された時、その問題を解決しようと誓ったのです」
村長として赴任してから一年も経っていないはずだ。にも関わらず、ここまでの施設や仕組みを作り上げた。赴任前から構想を練り続けていたようだ。
「エラには見せられんわな」
あの真面目な王女サマが見たら卒倒しそうだ。
「ところであのハゲはどこに━━」
「やーん、素敵な頭ー! 撫でてもいいー?」
「よいでござるぞー。抱きかかえていただいても、ようござる!」
声を聞いただけで、頭を抱えたくなるような想いに駆られた。
「……お前は何をやってんだ」
ソファに腰かけたスキンヘッドの男に、嫌々ながら声をかける。この鼻の下が異様に伸びた男と知り合いだと思われたくなかった。
横に座る女性は胸元が大きく開いた服を着ており、派手な装飾品に身を包んでいた。
「ロロ殿もこっちに来るでござるー。天国でござるぞー」
女性の胸に包まれ、細い目尻がだらしなく垂れ下がっている。
しかし、何だか強烈な違和感を感じる。チェリャはある意味いつも通りだ。対応している女性、雰囲気と行動が乖離しているような━━。
「お気づきになられましたか?」
ロロの訝しむ表情に気づき、声がかかる。
「彼女の方は、あくまで職業として相手をしているのです。また通う間隔も二週間を必ず開けるようにし、仕事の関係以上にならないように厳しく制限しています」
一線の引き方としては妥当な所か。それでも今までの村を考えれば相当妥協している。兵士も来るというのだから、驚きだ。
「ロロ様もどうぞ、ご遠慮なさらずに」
「いや、俺は……」
ロロの反応を見て、合点がいったように手をポンと叩く。
「なるほど、でしたら美男子も取り揃えておりますよ。良ければ私のお気に入りの子を━━」
「そういう意味じゃねぇよ!」
これ以上あらぬ誤解を産み出される前に、チェリャの元へ向かうことにした。
「そうですか、ではごゆっくり」
セイブは残念そうにその場を後にする。
「お兄さんも勇者なのー?」
「俺に構うな」
「ヤダー、超カワイイー♪」
「……」
返答に困り、ガシガシと赤髪を掻く。近くによると、とても甘い……何とも言えない香りが漂ってくる。
「ロロ殿、楽しまなきゃ損でござるぞー」
「うっせぇ」
チェリャは腫れた額を撫でてもらってホクホクしている。
「必要悪か」
「ああ見えて、なかなか切れ者でござったな」
「つーか、あいつ男色だったのかよ」
「気づいてなかったでござるか。ロロ殿のことも熱っぽい視線で見てたでごさるよ」
「そういうことは先に言えよ」
あいつと視線を合わすのはやめよう、ロロはそう誓った。
「しかし、安心したでござるよ」
「ロロちゃんが、男色じゃなかったこと?」
「そうでござるなー」
「あ!?」
「こわーい♪」
冗談でござるよ、と髪も目も逆立ったロロをなだめる。
「この世界の人々も、一端に欲を持っていたのでござるなぁ」
ロロは言葉につまる。考えてもみなかったことだった。この世界の人々は大災厄を乗り越える為だけに存在しているようだった。そしてそのことを当たり前に受け入れていた。
この空間だけは彼らの知る一般人と何ら変わらないように見える。
「まぁ、無理してんだよな。生き残るために……」
最初は鬱陶しかった喧騒も、少しだけ心地よく感じるようになった。
「そうですよ、私たちだって人間です」
急に口調が変わりロロは驚く。いや、入り口にいた中年女性もそうだった。
「ここに来ることが楽しみで、ここで楽しんだから━━明日の仕事を頑張れる。私はこの仕事に誇りを持っています」
媚びるような笑みから自然な笑みに変わる。こっちが本当の顔なのか、それとも今すらも演技なのだろうか。
「頼むから、そっちの話し方にしてくれ。その方が━━」
「可愛い?」
また意地悪い笑みに変わる。ルーイの言ってた通り、女性ってやつは底が知れないらしい。
「……もう、それでいい」
「こりゃ一本取られましたな」
チェリャは“かんらかんら”と笑った。
「こんな辛い日常は、早く終わりにしてやらんといかんでござるなぁ……」
「━━いやぁ、楽しかったでござるなぁ」
「てめぇ、強すぎだろ!」
酒も賭けもロロの惨敗だった。賭け事は実際の金品を賭ける所でなかったから良かったものの、身ぐるみ剥がされるくらいは負けたのではないだろうか。
「次は負けねぇ!」
「もう少し表情を隠せるようになってから出直すでござるよ」
チェリャの肩を借りることになってしまったのが、より悔しかった。
外は空が白んできていた。長い時間を過ごしていたんだと気づかされる。ところで━━
「この方向で合ってンのか?」
こんな納屋だらけの所を通っただろうか。昨日は暗くて気づかなかったのか、寝ていたからだろうか。ロロには皆目見当もつかなかった。
「違うでござるよ」
チェリャはロロを納屋の壁に横たえる。薄暗いし、酔っていて表情が分からない。
「お、おい一体どうし━━」
彼は後ろを振り向くと、誰も居ないはずの空間に語りかける。
「さぁ、某達をつけていた理由を教えてもらうでござるよ」
「マジかよ……」
酔いなど一瞬で吹っ飛んでしまった。
始めに暗がりから見えたのは目だった。血走った獣の目。正気を失っているようにも見える。
日はまだ城壁の向こうにあるが、徐々に射し込む光の量が増えていき、その獣の正体を映し出す。
現れた顔は彼らの知る━━狼、そのものであった。




