第四話:第二王女エラはあざと善い
先に別れたはずの第二王女、エラがそこにいた。
本日二回目の衝撃に、扉を開けたポーズのまま固まってしまっていると、エラ姫に手招きされた。出ていけ、ではないらしいので部屋に入り、扉を閉める。
「━━ブフッ」
ぶふ?
背後から謎の単語が聞こえた。恐る恐る振り替えるや否や、
「ふふふふ、あははははははははははは!」
めちゃくちゃ笑われた。
鉄面皮かと思っていた彼女が、腹を抱えてひぃひぃ言っている。
「だって、貴方の顔……くっくっくっ……」
いや、この際笑われてるのはどうでもいい。
「しゃ、喋れるんじゃないか!」
「はぁ……はぁ……あぁ、ごめんなさい。勇者様が部屋に入るまで、姉様以外は喋ってはいけない決まりなのよ」
「そういうことだったんですか……」
「さっきは無視したみたいになっちゃったからね。謝ろうと思って」
謝るためにわざわざ待っていてくれたのか。王族が普通そこまでするものだろうか?
「なのに、さっきの魚が打ち上げられたような顔……ふふっ」
聞き慣れない表現でバカにされた。
「私たちが妹と分かったときも、笑いを堪えるの大変だったんだから」
それは紛らわしい格好をしていた貴女達が悪い。
しかし、そんな状況だったとは━━
「もっと変な顔をしてやれば良かった」
「え、何?」
「何も」
いけない、うっかり心の声を出してしまった。
「もう十分変な顔だから大丈夫よ」
「聞こえてるじゃないか」
やっぱり性格が悪いのかもしれない。
その会話で思い出す。部屋を見渡すと、部屋の隅に置いてある姿見が目に入った。トイレに無かったので闇夜の窓で代用しようかと考えていた所だ。
━━姿見の前に立つ。そこには疲れた顔の少年が映っていた。黒髪のショートで、前髪が濡れて引っ付いている。おそらく10歳前後、やさぐれているようにも見える。
これが自分の姿なのか。
「そんなに変な顔?」
「ずっと小難しい表情だったからね」
そう言うと、いつの間にか仮面を外したエラが、右肩から鏡越しに顔を覗きこんできた。息のかかる距離に横顔があり、両手はちょこんと肩に置かれている。
そういうのやめてほしい。心臓に悪い。微かに上品な香水の香りがする。
目線の感じで何となく想像はついていたけど、エラ姫とは頭一つ弱の身長差がある。残念ながら僕の方が低い。左目尻に泣きぼくろを持つ、大きな瞳がキラキラと輝いている。姉姫よりやや控えめな胸の膨らみを背中で感じた。
彼女にとっては、ヒネた親戚の子供くらいにしか映っていないのかもしれない。
勝手に前髪を弄り始めたので、
「やめ……あ、やめてくださいませんか?」
完全に忘れていた敬語を慌てて元に戻す。
「今さらいいよ。二人きりの時はね」
公の場ではダメだけど、と釘を刺された。言われるまでもないよ。
━━結局前髪を整えられてしまい、身体が離れた所で話を再開した。
「僕を笑う為に、部屋に留まってくれたんですか?」
「んーん、本当はちゃんと謝ろうと思って。
いきなり召喚して、しかも理由を教えてもらえないなんて、嫌だよね。
気を悪くしたよね……ごめんなさい」
前言撤回。凄く善い人だ。
かと思えば、敬語じゃなくていいのにー、と口を尖らせている。
凄くあざと善い人だ。
「普段から敬語を使わないと、いざって時に失敗するんですよ」
「杞憂だと思うけどなー」
それよりも聞きたいことがある。
「やっぱり今後のことは、まだ話してもらえないんですよね?」
「うん、それも決まり。あなたの記憶のこともね」
「!」
それは自身の記憶がないことが、“召喚酔い”なんかじゃないことを暗に告げていた。
今出せる情報のギリギリなんだろう。戻らない可能性が高いと思っていた方がいいかもしれない。
程なく部屋の近くから、慌ただしい足音や扉を開閉する音、指示を飛ばす声が聞こえてきた。
「他の勇者が目覚めた?」
「そうみたい。私もそろそろ行かなくちゃ」
綺麗な所作で扉へ向かうと、後で下の者が呼びにくるから、とだけ言い残して出ていった。
扉が閉まるのを見送り、やや間を置いて椅子に腰かけた。
それからはエラは為政者に向いてないんだろうな、とか召喚された時は裸だったんだろうか、とかどうでもいいことを考えていた。
いい意味でエラに毒気を抜かれたからかもしれないし、もうすぐ起こるイベントまで必死に考えても仕方ないと思ったからかもしれない。
窓からは城下町が見えた。多くの人々が往来し、喧騒がここまで届くようだった。城下町と城は水壕で隔たれており、遥か向こうには城郭が見えた。城郭の外を見ることは敵わない。
視線を上げると、雲一つない快晴だった。
━━コンコン
部屋の扉を叩く音で目が覚めた。眠ってしまっていたらしい。どのくらい眠っていたのだろう……。
日が傾いてきたのか空の下はうっすらと赤らみ、うろこ雲が光を受けクリーム色に輝いていた。
「はい」
扉を開けようと立ち上がると、ドアノブが回り、開いた隙間から女性が現れた。
「失礼いたします」
見たところ、いかにも僕たちが想像する使用人風の女性だった。
だけど、先の王女の件もあるし、どこぞの貴族様のご令嬢が奉公に出されている可能性がないではない。失礼のないようにしておこう。
「早速で申し訳ありませんが、玉座の間にて聖王様と謁見いただきます。ご同行をお願いいたします」
「はい、よろしくお願いいたします」
一瞬驚いたような顔をされたが、すぐに業務用の顔に戻っていった。
本当に見知らぬ土地での立ち回りは難しい……。
深々と一礼した後に扉を大きく開け、退室を促される。
「では、こちらへ」
恐らく、謁見の間でいくつかの疑問の答えが語られる。それは新たな疑問の火種かもしれない。だけど今は進むしかない。
その小さな一歩を踏み出した。