第四十五話:サカにある村の秘密
「では、日が沈みましたらお迎えにあがりますので」
ロロの反応を待たずに、そう言い残してセイブ村長は出ていった。楽しめる所とは一体━━
「どんなところでござろうな、ロロ殿!」
「起きてたのかよ……」
狸寝入りしていたチェリャが身を乗り出して尋ねてくる。ワクワクという擬音語が聞こえてきそうだった。
正直なところ、ロロはセイブが好きではない。女王エリーとは別種の嫌悪感がある。
「じゃあ、勝手に行ってこい」
「ロロ殿は行かないでござるか?」
「興味がねぇ」
ロロはベッドに横になる。そのまま眠りの底へと落ちていった。
「━━いやぁ、楽しみでござるなぁ!」
「はい、是非ご満足いただけると確信しております」
頬に当たる夜風が、ロロの意識を引き戻した。チェリャの五月蝿い声が、えらく近くから聞こえる。
「あ!?」
ロロはようやく自分の置かれた状況を理解して、飛び起きる。
「おっとと……ロロ殿、急に動くと危ないでござるよ」
「いやいや、そうじゃないだろ。なんでお前は俺を背負ってるんだ!」
なぜかチェリャに背負われ、日の沈んだ村を進んでいた。
「そりゃ、ロロ殿が寝ていたからでござる」
「行かねぇっつったろ」
「ロロ殿、よく考えてみるでござるよ」
急にチェリャの顔つきが真剣になる。
「な、なんだよ……」
「某一人だけでは、寂しいでござろう」
ロロは何度か頷いたあと、にっこりと微笑む。
そして艶々の額を全力で平手打ちすることに決めた。
「━━到着いたしました。こちらでございます」
セイブは何の変哲もない家屋の前で立ち止まった。扉の前に立っても誰の声も聞こえず、その建築物はただひっそりと佇んでいる。“楽しめる所”であれば、楽しんでいる声が聞こえそうなものだ。
ロロには一つ思いあたるものがあった。
(おい、まさか薬物じゃねぇだろうな)
セイブに聞こえないように、チェリャに耳打ちする。
(さて、どうでござろうな)
(さて、ってお前━━)
そういう間にセイブは扉を三回ノックする。一拍おいて中から声がかかる。
「こんばんは。主人は今留守にしているよ」
中からやや年季の入った、柔らかい女性の声がする。しかし、住人不在とはタイミングが悪い。帰ろうぜ━━ロロがそう言いかけた時だった。
「旦那なら、さっきナタリアの家で見かけたよ」
セイブが答える。寝ている間に誰かの家へ寄ったのだろうか、そんなことを考えていると扉が静かに開いた。
「入りな」
これは先ほどの声と同じ人物だろうか。声質は同じだが、声色が全く違う、ドスの利いた声だった。
中に入ると、至って普通の民家の内装であった。後ろからガチャリと鍵をかける音が聞こえる。
「なるほど、合言葉でござるか」
“主人”や“ナタリア”に意味などない。ただのキーワードだった。
チェリャは子供のようにウキウキしている。
「でもただの家じゃねぇか」
辺りを見回しても、扉を開けてくれた女性以外に人の気配がない。怪しい臭いも、今のところはなさそうだ。
「こちらです」
セイブに奥の部屋へと案内される。そこは寝室のようで、ベッドがポツンと一台置かれていた。
セイブはマットレスに手を掛けると、片手で軽々と持ち上げた。するとベッドフレームの中に地下への階段が作られていた。
「なんとこれも作り物でござったか!」
細腕で楽々と支える姿を見れば、イミテーションであることは容易に想像できた。
階段を降りていくと、少しずつ人々の気配が強くなってくる。突き当たりにある金属製の扉から、押さえきれない喧騒の空気が漏れ出ている。
ギギィッと押し開けられた扉の先には、地下とは思えない空間が広がっていた。




