第四十三話:退屈な御留守番
「暇でござる」
チェリャが唐突に呟く。
「うるせぇ、もう五回目だ」
ヒロ達がアダマンタイトを持って出かけてからというもの、サカにある村では大きな事件もなく過ぎていた。とはいっても一日しか経っていないので、戻ってくるまでは日数がかかる。そもそも片道でも一週間はかかるはずで、武具作製も含めると一月ほどを覚悟しなくてはならない。
作戦失敗を察知した魔王軍が援軍を差し向ける可能性があり、チェリャとロロは残留を選択した。
「ヒロ殿は無事に樹海を抜けたでござろうか」
「それは七回目だ」
そんなことは気にしてもしょうがない。彼らとしては待つ他ないのだから。最初はロロが飛んでいく方法も提案されたが、上空には結界が張られており、鶴人たちも進入できなかったらしい。
「静かに読書もできやしねぇ」
ロロは初代勇者の伝記を読んでいた。この村にも書物が保管されており、暇なので借り受けたというわけだ。
初代勇者は、伝承によれば三人で構成される。
身の丈ほどある大剣を背負った者と魔法の矢を番えた者、フードとローブで身を隠した者━━出発の日に王城前の前で、彼らの像を見かけた。
ロロは中でもジョンと呼ばれるローブの男に興味があった。炸裂魔法の使い手で、グリモア砦での戦いにおいて魔王軍数千を焼き払い、侵攻を食い止めたと言われている。
「バケモンかよ……」
思わずため息が漏れる。伝承なんてものは多少の誇張があるかもしれないが、ここの人間や亜人達をたった一年で追い詰めるだけの軍勢となると大きく間違ってないと分かる。これは召喚された翌日の人間ができることなのか。同じ火の魔素を使う勇者として親近感を覚えるとともに、対抗心に火がつく。燃えるように逆立った赤髪が、より一層輝きを増したように見えた。
ふと目を横に向けると、チェリャはソファに座り、上を向いて大人しくなっていた。糸目であり、物思いに耽っているのか、寝てしまったのか判断がつきづらい。
今日は早朝に宿を出ていったかと思えば、兵士を連れて帰ってきた。スキンヘッドの不審者がいると、住民から通報があったらしい。それを聞きつけた村長が、勇者の人相書きを配布してくれる事態になった。
袖無し鎖帷子の上に薄藤色の服を羽織った格好はこの世界でも珍しく、不審に思われても仕方ないが━━おそらくそれ以前の問題だろう。グリモア城の衛兵に捕まった前科があれば尚更だ。
「ちったぁ懲りろ」
「ふがっ!?」
ロロがくしゃくしゃにしたメモ紙を投げると、額にクリーンヒットしたチェリャが情けない声をあげた。
これが胸のモヤモヤをぶつけるだけの行為であることは、ロロも理解していた。
━━コンコン
扉がノックされ、入室を促すと栗色の長髪をもつ小柄な男性が現れた。サカにある村のセイブ村長、その人だった。
「勇者様、本日は失礼をいたしました」
「はぁ」
当の本人は、すやすやと寝息を立てている。完全に悪いのはチェリャだと思われたが、黙っていることにした。
「お詫びという訳ではありませんが、お二方とも暇を持て余しておられると伺いましたので━━」
セイブはニヤリと笑いながら、メガネの位置を直す。
「楽しんでいただける所を紹介させていただければと存じます」