第四十二話:霊獣ヒヒ
ベルディア巫国は巫女を元首と仰ぐ国家で、鬼人と呼ばれる亜人で構成される。鍛造の技術が高く、現在ほぼ全ての武器や装飾品製造を担っている。
そんな彼らが神と崇め奉っているのが、“霊峰フジ”である。元々はベルディア領であったが、魔王軍が侵攻してからの二百年間、返還の目処は立っていない。
━━というのも霊峰の周囲に広がった樹海が、異形の温床になってしまっているからだ。迂闊に足を踏み入れると二度と出てこられないと言われるほど、樹海は複雑な地形になっている。元々から“穢れ”が溜まりやすかったことに加え、浄化の介入が進まず、防衛戦の外側に位置せざるを得なかったのだ。
そんな樹海の中を、ある目的のため僕たちは突き進んでいる。名もなき異形たちを駆逐しながら━━。
「ヒヒー!」
「せいやっ!」
ヒヒ丸が殴り飛ばし、エラが氷の魔素を纏った脚でなぎ倒していく。
出てくる異形は魔王が召喚したものと違い、不定形で原始的な異形ばかりだった。中には草木に侵食し暴れるものもいたが、ヒヒ丸やエラの魔法でも十分に対処が可能だ。
「気合い入ってるね、二人とも」
「僕はスゴい分かるよ、その気持ち」
僕は植物の種を成長させて、異形を薙ぎ払う。この方法に気がついてから、戦闘の幅がぐっと広がった。戦いに参加できるようになった時は嬉しかったものだ。
ルーイは先の戦闘で持ち武器の槍を折ってしまった。不便そうにはしているけど━━礫を飛ばすだけで異形を弾き飛ばしていた。
「やっぱり槍いらないんじゃない?」
「そんなことはないさ」
ルーイやチェリャのように武器を扱う術士は、武器自体が強くなれば込められる魔素の量が上がり、相乗効果で攻撃力が高くなる。荷物に入ったアダマンタイトを武器に加工できれば、相当の力になるはずだ。
魔王の眷属の力を一度見せつけられたこともあり、万全の状態で臨みたいのだろう。
そう、僕たちは生ける伝説と呼ばれる鍛治師が霊峰に向かったという噂を聞き、武器を作ってもらうためにアダマンタイトを届けようとしているんだ。
「さて、休憩にしようか」
あらかた周囲が静かになり、休息を取ることにした。僕は休憩の為の準備を始める。
「伸びろ!」
僕はツル植物の種に癒の魔素を流し込む。するとにょきにょきと成長し、僕らの足元にツルの網を作る。皆が上に乗ったことを確認し、さらに成長させると、樹海の植物よりさらに高い位置まで僕たちを持ち上げた。
「うん、大丈夫そうだ。日が落ちるまでに麓に辿り着けそうだよ」
この迷宮と呼ばれる樹海を、僕たちが迷わずに進めていることには二つの理由がある。
こうして高い位置に逃れることで、休憩中に異形の襲撃を避けられるとともに、俯瞰で位置確認をできるからだ。たとえ道を間違っても、その都度修正することができることが理由の一つ。
もう一つは、案内役であるヒヒ丸のおかげだ。
「ありがとなー。バッチリだよ、ヒヒ丸」
「ヒヒー」
霊獣ヒヒは元々霊峰フジに生息している。霊峰は一定以上の高度になると一年中雪に覆われており、白い毛並みは保護色の役割を果たす。しかし例外として彼らが山を降りてくる時期がある。それが子育ての時期だ。食糧の豊富な樹海まで降りてくるのだが、何らかの理由により子ヒヒが親ヒヒとはぐれてしまい、人里まで降りてきてしまうケースがある。
ヒヒ丸もその一匹だった。怪我を負っていたため保護されたが、人間の臭いが染み付いてしまうと帰すことが難しくなるため、人と暮らすことになったそうだ。樹海にいたのは幼い頃のことで、正確な道筋は覚えていないはずだ。だけど帰巣本能というのだろうか、全く迷うことなく、僕たちを導いてくれている。
「━━さて、出発しようか。のんびりもしていられないからね、あまり」
ルーイが立ち上がると、白銀の全身鎧がガチャリと音を立てる。出発前には新品同然だった鎧は━━手入れされているものの━━返り血や砂埃でくすんできている。休憩を終えた僕たちは再び樹海へと戻っていった。




