第四十一話:サイズ違いの指輪
「では、報告を━━」
村の詰所に戻ってきたルーイは、ヴァイス副団長やセイブ村長にアダマンタイマイ討伐の経緯を説明する。もちろんフィアの件は伏せた上で。
「流石は勇者様です!」
調子よく持ち上げる村長を尻目に詰所を抜け出す。僕たちは誰にも見つからないように、フィアの身柄をネネへ預けた。
「━━オーケー。確かに引き受けた」
「よろしく、ネネ」
エラとネネは軽く抱擁を交わす。ネネはすかさず、僕にもハグを要求してきた。
「疑ったことへのお詫びだって」
「いや、やりたいだけでしょ」
エラの突っ込みを無視して、正面から抱きつかれる。するとコッソリと耳打ちをしてきた。
(記憶の件については、私の方でも探りを入れておく)
(やめてよ……ネネに危険を冒してほしくないんだ)
(あたいをナメるなよ。ヘマはしないさ)
ネネは僕から離れると、腕輪を1つ外して僕に渡した。
「そいつを持っていてくれ。あたいからヒロへの信頼の証だ」
金色のシンプルな腕輪だ。僕の腕に通すと自然と縮み、僕の腕にフィットした。これも魔道具であることは疑いようもなかった。
「そして、未来のあたいへメッセージが込められてる」
手首を返すと、小さなアクセラが埋め込まれていた。
「ありがとう、ネネ。使用しなくて済むよう祈ってるよ」
チェリャが一歩前に出て、手を挙げる。
「少しよいでござ━━?」
「ハグならしないよ?」
「違うでござる! そりゃ、あわよくばと思わないでは……」
食いぎみに答えたネネに少し落ち込んだ様子を見せるが、すぐに真剣な表情になる。
「アダマンタイトを加工できる鍛冶師に、心当たりはないでござるか?」
ネネは少しだけ考えると、すぐに誰かを思い浮かべたようだ。
「ベルディア巫国に一人だけ、凄腕の鍛冶師がいる。だけど、弟子を連れて国を出てるはず」
「なんと……して、その御仁は何処に?」
大陸の反対側に行っているなら絶望的だ。
「それなら確定じゃないが、見当はつくぜ。彼らが崇める神の住まう地……霊峰フジ」
霊峰フジ。
たしか大陸の南東に位置する、最も高く険しい山だ。
「かたじけない」
チェリャが深々と頭を下げる。
「では、御礼の抱擁を━━」
「近づいたら、その糸目に爪を差し込む」
鋭い爪を目の前に掲げられ、チェリャは不思議なポーズのまま動けなくなった。
「残念だったな、まぁ落ち込むなよ」
肩を叩かれたチェリャが振り向くと、ロロは目に涙を浮かべ、
爆笑していた。
「むごい……」
ネネがフィアを連れて飛び立とうとすると、フィアがゆっくりと僕に歩み寄ってくる。そして持っていた指輪を僕に渡してきた。子供がオモチャに飽きたときのように、要らなくなってしまったのか。それとも━━
「ネイサンに渡せばいいの?」
彼女からは返事も頷きも返ってこない。確証はない。けれど確信めいた何かがあった。彼女が指輪や異形に導いてくれたこと、決して偶然ではないと分かっている。
「必ず渡すよ」
フィアは少しだけ微笑んだ、ように見えた。そう思いたかったのかもしれない。
━━みんなで見送ったところで、ルーイがやってきた。
「ことは済んだようだね」
「うん。お疲れさま、ルーイ」
ルーイは肩をすくめてみせるけれど、きっと上手くやってくれたのだろう。
「それより、ネイサンが取り戻したらしい、意識を。会いに行くかい?」
僕はその提案に一も二もなく頷いた。
━━ネイサンは窓際のベッドに腰掛け、村の様子をぼんやりと見つめていた。
僕たちが面会に来たことを同僚から知らされ、居住まいを正す。
「これは、勇者様方! 私のような一兵卒のためにご足労いただき……!」
ネイサンは深々と頭を下げる。あの時は恐怖に歪んだ表情を浮かべており、このような好青年だとは気づかなかった。
「話は団長から聞きました。フィアは異形に襲われて死んだと……。そして自我を失った私を勇者様がお救いくださったと」
ありがとうございました、と深く腰を折る。
「これを、襲撃された現場近くで見つけました」
僕は、フィアに託された指輪を差し出す。顔を上げたネイサンは驚きに目を見開くと、震える手でそれを受け取った。
「フィアは私の想い人でした……。
団長からは止められいたんです……。戦場での恋愛は不幸な結末に終わることが多いからと」
掌に置いた指輪をじっと見つめながら、彼は語り出した。
「この村に赴任してから、仲良くなった職人に無理を言って、この指輪を作ってもらったんです。思いきってプロポーズしたんですけど、目算で指の太さを伝えたからですね……全然サイズが合わなかったんですよ」
苦笑が漏れる。その告白はとても現実的で、目の前に光景が浮かぶようだった。
「そしたら彼女が困ったような、笑みを浮かべて……いたたまれなくなった私は━━返事も聞かず、捨ててくれって押しつけて━━逃げたんです」
徐々に言葉が定まらなくなり、嗚咽が混じりはじめる。
「それを━━ずっと、持っててくれたなんて━━」
それだけではないのだろう。彼女は片腕を残し、フェストリに食べられたのだ。指輪を食べられないように、咄嗟に身体から離したんだ。それほど彼女にとって大事な━━
「う、ううう……」
ルーイに肩を叩かれ、僕たちはその場を後にする。かけられる言葉など、あるはずがなかった。
冒険譚における勇者の旅は華々しく、心踊る物語だった。
僕たちの冒険はこんなにも胸を締め付ける。
こんな物語も、後日には美談になるのだろうか。
~第三章:自称癒士の開花~ 完