第四十話:最硬の盾の崩しかた
空中浮遊していた大地の塊は動けなくなった巨亀を過たず穿ち、爆音と大量の砂埃を撒き散らした。
物質には傷のつきやすさを示す硬度と、割れにくさを示す靭性が存在する。僕らの存在した世界では、組成にもよるが、それらは一般に反比例する。ルーイはそこに着目した。異形に劣らない質量をぶつける作戦だ。
━━僕たちはルーイの作ってくれた土壁から顔を出す。砂煙が収まり、視界が開けていく。
穴の中の巨亀は顕在だったけど、確かなダメージがあった。
「甲羅にヒビが入った!」
甲羅の上面に亀裂の存在を認めた。
「しかし、ヒビだけか」
あれを何度もぶつけるのは、流石に骨が折れそうだ。しかし、希望が見えたことに安堵した━━その時だった。
「お、おい。傷が!」
ロロが驚きの声をあげる。見ると、ようやく付けた傷が甲羅の頂部に飲み込まれていく。
「待つでござる!」
チェリャが猛スピードで駆け上がると、ヒビに短剣を突き立てる。しかし本体には届かず、短剣ごと甲羅に飲み込まれていく。
「ぬうう!」
失敗を悟ったチェリャが悔しそうな声をあげる。
一体何が起こってるんだ。
「なるほど。鉱石の塊というわけではないようだね、あのアダマンタイマイという異形は」
ルーイは情報を得るために凝視する。
「奴は魔法生物のようだ。操っている、地の魔素を」
アダマンタイマイの表面にあるアダマンタイトは、常に流動しているらしい。腹部の中心から新しい外殻が出現し、甲羅の頂部で古い外殻を吸収しているようだ。それはまるで━━
「大陸のプレート移動だ……」
僕たちは近い種類の魔素の流れを感じとることができる。さっき傷を受けたときに、魔素の動きが活発化した。それで同じ地の魔法を扱うルーイが仕組みに気づいたんだ。
「表面から奥へ向かう方向には驚異的な強度を持ち、表面に沿う方向にはある程度の柔軟性が保たれているわけだ」
硬い鉱石に全身を覆われながら動けているのも、そういった理屈らしい。
「して、いかがするでござる? 奴は這い上がってこられないようでござるが」
巨亀は動きも遅く、穴から出るための知能も持たないらしい。歩こうとはするけど、土の表面を掻くだけで終わっている。
「放っておくのか?」
「それも選択肢だろうね。だけど一匹だけとは限らない。見つけておきたい、倒しかたを」
「そうこなくっちゃな!」
ロロは胸の前で拳を掌に打ち付ける。
しかし、武器では傷つかないし、熱も効かない。衝撃にも相当強い上に特殊な自己修復能力持ち……。
「じゃあ、自壊させる……?」
みんなの視線が僕に集まる。
「思いついたみたいだね、何かいい案を」
「うまく行くかは、わからないけどね」
でも今回はちょっと自信があった。
━━作戦を説明し終え、全員がアダマンタイマイの眼前に立つ。亀の異形は未だに脱出しようと土を掘っていた。
「やはり同様だ、顔面も。アダマンタイトがゆっくり流動している」
「それでは、いくでござる!」
チェリャは目と目の間に飛び乗ると、相変わらず特に意味のない印を組み、時魔法を発動させる。
発動したのは鈍化の魔法。顔の周囲“だけ”、時の流れを遅くする。異常は程なく訪れた。顔からギシギシと軋むような音が響き渡る。そして━━
「ヒビが入ったでござる!」
奴の顔、正確には動きを止められたアダマンタイトの境目に亀裂が生じた。押し寄せた新しい外殻や逆に甲羅の頂部へ向かう外殻との歪みにより、崩壊が始まったのだ。
「まだまだこれから!」
そして甲羅の損傷を感知すれば、自動修復が始まるはず。表層のターンオーバーが加速し、狙いどおり上顎から先の本体が広く露出した。中身は正に厳つい亀のような見た目をしていた。
━━グオアアアアッ!
本体の口が大きく開き、苦痛からか咆哮が漏れる。その巨駆から放たれた音圧は空気を、大地を震えさせた。頭がクラクラするのを、叩いて治める。
これだけの隙間ができれば、彼には十分だ。
「よぉ、デカブツ。やっと“こんにちは”できたなぁ!」
ロロは右手に高純度の魔素を込める。そのエネルギーは光として漏れだし、神々しく輝きを放っていた。
アダマンタイトはロロの魔法をものともしなかった。つまり極めて断熱性の高い鉱石だ。内部に炎術を放てば、熱量は逃げ場所を失くし━━
「亀の蒸し焼きだ。もちろん、肉片一つ残す気はないがな」
ニヤリと笑うと、拳を口の中目掛けて真っ直ぐ突き出した。暴走した熱量は体内を駆け巡り、異形の身体を焼きつくしていく。
時魔法の束縛から解放された傷は徐々に甲羅の頂部へ移動し、蒸気機関車のように超高温の水蒸気を何度も吹き出していた。そして、頂部付近に移動したところで一際大きな噴出を起こし、巨亀の異形は活動を完全に停止した。
噴出の勢いは凄まじく、上空のひつじ雲を悉く吹き飛ばしてしまった。リング状に薄く残った雲の筋が、そこに雲があったことを示していた。
「終わって見れば、あっさりでござるなぁ」
僕たちの目の前には深紅の外殻だけが残された。
「そんじゃどうするか考えねーとな。この粗大ゴミ」
「それと、そこの彼女もね」
戦闘終了を察知し、戻ってきたエラの方へ注目が集まる。その横には未だ一言も発しないフィアの姿があった。渡されていた指輪を見つめたり、齧ったり、果ては口に放り込もうとしたため、エラに止められていた。
「武器や防具に加工することはできるかい? アダマンタイトを」
ルーイの槍は刃こぼれし、チェリャも短剣を一つ失っている。魔法を扱う僕たちにとって、一見すると武器なんて不要に思えるかもしれない。しかし攻撃魔法を武器に投影するルーイやチェリャにとっては、武器の耐久が込められる魔力の強さに直結する。これだけの素材なら、大幅な戦力上昇に繋がることは容易に想像できた。
「できる人がいたと聞いたことはあるけど、ベルディア巫国の職人でも扱える人がいるかどうか……」
「何か分かるかな? 巫国に行けば」
エラは横に首を振る。
「ごめんなさい、分からないわ。でもネネだったら何か知ってるかも」
ネネは各地との連絡役を担っている鶴人の一人だ。鶴人同士の情報網は相当のものらしい。
「私はどちらかというと、彼女━━フィアの力になれるかもしれないわ」
「本当に?」
「大丈夫よ。お姉さんに任せときなさい」
不安そうな表情をする僕の頭をわしゃわしゃと撫でられた。何だかすごく久しぶりな気がする。
「でも結局ネネにお願いする形にはなるけど━━」
「あたいがなんだって?」
「━━んにゃっ!?」
絶妙なタイミングで現れたネネに驚いて、エラから謎の鳴き声が漏れる。エラが頬を膨らませて詰め寄るが、それどころじゃないと僕たちに向き直る。
「そんなことより、その子を隠した方がいいぜ。もうすぐ兵たちが到着する」
僕たちは急いでフィアにフードを被せると、ルーイとチェリャの後ろに隠した。
「みなさん、ご無事で! しかし、この巨大な鉱石は一体……」
ヴァイス副団長たちが焦った様子で現れた。派手なトサカのついたダチョウのような生き物に跨がっている。目の前の物体が異形の一部とは分からず、状況が飲み込めずにいた。
「ヒヒ丸!」
「ご入り用かと存じまして、ヒヒ丸様にもご同行いただきました」
「助かる、副団長。報告は帰ったあとでかまわないか、村に」
「了解いたしました。
聞け! 我々は勇者様の馬車を護衛しつつ帰還する! 警戒を怠るなよ!」
応という掛け声が響き、首尾よく隊列が組み直される。その間に僕たちは馬車にするりと乗り込んだ。