第三十七話:不完全な死者蘇生
━━取り出したのは、フェストリに無惨に食い殺されたフィアの右腕だ。
食われて間もなく村へ持ち込まれ、接触後は僕が癒の力で維持していた。
つまりこの腕は、まだ“生きている”。
であれば、癒の魔法で再生できるのではないか。それが去り際に残したシキの考えだった。
僕の魔法は“生きていない”ものを直すことはできない。だけど“生きて”さえいれば治すことができる。薪の一片からだって木を生やすことができる。
だけど腕から人を再生するなんて、想像もつかなかった。
「まさか、それを……」
「うん、治すよ」
チェリャは興味津々といった表情を、ロロとエラは引きつった表情を浮かべていた。王女として、記録士として見届けなくてはという義務感から、顔を背けたい気持ちを抑えているようだった。
深緑の魔素が渦を巻き、僕の体から遺体へ流れこむ。
フィアの腕が光に包まれ、先の臓器が再構成されていく。
これは治すという範疇を超えているのではないか━━癒の光はこんなにも暖かいのに━━言い様のない怖気が纏わりついていた。
「あっ」
思わず声が漏れる。
再生が体幹に差し掛かると、そのふくよかな胸部が徐々にあらわになっていった。
フィアは女性だったらしい。性別までは確認していなかった。
「ヒロ、見ちゃだめ!」
エラが、思わず僕の両目を塞ごうとする。
「ちょ、ちょっとエラ━━見えないと治癒がうまく出来ないってば!」
「あ、ごめんなさい」
手を離してもらったけど、おかげで余計に意識するようになってしまった。
「しかし、本当にできるもんだな」
彼女は徐々に再生し、ついに完全な人の姿を取り戻した。
ロロも今は関心の方が勝ってしまっている。
「筋肉等はどうしてるでござるか?
遺伝情報に体脂肪や筋肉量はないでござろう?」
「僕は特に意識してなかったから、腕の情報が元になってるのかな」
知ってる人が見たら、ちょっと違うってなるんだろうか。
「くっ……」
意外な反応を示したのはルーイだった。口に手をあてると、顔を背けてしまう。
「ごめん、私はダメみたいだ……」
息も荒く、苦しそうにしている。
僕たちは前世との繋がりによるものか、明確な“好き嫌い”がある。例えばロロが肉料理を嫌っていたり、チェリャが酒を好きだったりだ。
死体を蘇らせるなんて、非人道的な行為をしているんだ。生理的に嫌悪されても仕方ないと思う。
「とりあえず、服を着させるわよ」
エラが彼女にローブを羽織らせる。
「これは、目を覚ますのか?」
「どうだろう……」
手首に脈を感じる。生命活動は再開しているみたいだけど、一から作り直した脳が動くんだろうか。
「ヒロ、あんた何者だ?」
振り返ると、ネネが驚愕を目に宿していた。
「死んだ人間を蘇らせる?
そんな、そんなこと━━」
「ネネ、どうしたの?」
エラが手を伸ばすと、触れられまいと数歩後ずさる。腕を広げると、美しい白羽が大きくきらめいた。
言われなくても分かる。これは威嚇だ。僕たちに対する最大限の警戒。
「なんで薬師のあんたが、そんな高度な魔法を使える!?」
それは僕を勇者として認識していない、決定的な証言だった。