第三十二話:シキは癒士を真に目覚めさせる
勝手に自分を名付けた不遜な男は、自らをシキと名乗った。
『少し君の記憶を覗かせてもらった』
「“君”じゃない。僕は“ヒロ”だよ、シキ」
『ふむ……ではヒロ君、ヒロ君はとんだ思い違いをしている』
思い違い?
流れから考えれば、僕の魔法のことだろう。
「もしかして、ヒヒ丸の足を元通りに治せるの?」
『当然だとも』
シキは、あっさりとそう答えてみせた。
「詳しく教えてほしい。お願いだ、シキ」
『そうだね、ではこうしようか。
私のことは他の者たちには内緒だ。私とヒロ君だけの秘密にしてほしい』
なぜシキが、自身の存在を隠したがるのか分からなかった。だけど、今の僕には従うしか選択肢がない━━ヒヒ丸の為にも。
『懸命な判断だ』
僕の考えは当然筒抜けで、肯定の意志を勝手に汲み取られた。
『ヒロ君は騙されていて、勝手に自分へ枷をつけている。もっと常識を疑いたまえ』
それに関連するものといえば━━癒の力では自己治癒能力や成長能力を超えての再生を行うことができない、ということだろうか。
この話は……そうだ。修行の途中で━━チェリャが時魔法の使い方を失敗して、腕を複雑骨折した時だ。エラが無くした物は戻らないと、そう言っていた。
『本当にそう思うか?』
それが間違いだって?
『それ以上のことをしたことがあっただろう?』
僕が死にかけたときか、それとも……
「修行中に薪を成長させた時?」
『ご名答』
顔は見えないけど、シキが笑ったような気がした。
癒の魔法を練習した時━━僕は薪を使って沢山の芽を生やしたり、薪を大木にして浮き代わりにしたんだ。
『ちんけなポーションなんかの常識を、勇者の力に当てはめることが間違いなのだ。
ただの薪が治って大木になるか? 成長したらイソギンチャクみたいに芽が生えるか? 違うだろう』
僕の頭の中でカチリと歯車が噛み合い、グルグルと回りだした。
『君に宿った能力の真価は、生きた細胞を多能性幹細胞に戻し、再分化させることにある!』
僕の両手から魔素の奔流が吹き出す。まるで━━ようやく理解したことを魔素が喜び、踊っているようだった。それは僕の魔力に乗って、ヒヒ丸の足へ吸い込まれていく。
「お、おい……ヒヒ丸の足が!」
目の前で繰り広げられる光景に、ロロは目を見開いた。
切断されたヒヒ丸の大腿から、見る見るうちに骨が生え、血管が伸び、筋肉が膨らみ、皮膚が張り替わり、毛が生えていった。高速で巻き戻し再生する映像を見ているような、不思議な光景だった。
━━何事もなかったかのように、ヒヒ丸の足は元通りになっていた。
「ヒヒ丸、動きそう?」
「ヒヒ」
ヒヒ丸は恐る恐る足を動かす。
「ヒヒ! ヒヒ!」
立ち上がると嬉しそうに、ぴょんぴょん跳ねてみせた。
「よかった!」
思わずヒヒ丸を抱きしめる。
「良かったでござるなぁ、ヒヒ丸どのぉ!」
チェリャも反対側からヒヒ丸に抱きついた。
「そんな、失ったものを完全に再生させるなんて……」
「生きてさえいれば復活させられそうだね、どんなものでも」
エラも目を白黒させて、驚きを隠せないでいる。
「僕が自分で勝手に力を制限していたみたいなんだ。今度からはもっと役に立ってみせるよ」
『そのとおりだ。もう少し精進したまえ、ヒロ君』
シキが横から茶々を入れてくる。
『ふあぁ……では疲れたので、私はしばらく眠るよ』
彼の意識が遠のいていく。勝手な人だ。
「あれ?」
「どうしたの?」
「なんか、ヒロの目の中で何か動いた気がして」
エラの大きな瞳に覗き込まれる。どこを見たらいいか分からず、目があちらこちらへ泳いでしまった。
「さて、すぐにでも出発しよう。
潰してやらなくちゃな、フェストリの計画を」
ルーイの言うとおりだ。ヒヒ丸も鼻をふんす、とならし意気込んでいる。
あいつの思い通りになんて、させてやるもんか。




