第三十一話:眷属フェストリの謀略
「初めましテ、ワタシは魔王様の眷属、フェストリと申しまス。
以後、お見知りおきヲ」
口はしっかりと縫い合わされていて、どこから声が聞こえるのか分からなかった。
自己紹介した異形は、深々とお辞儀をする。
「それはご丁寧にどうも。私は勇者代表のルーイと言います」
ルーイも軽く会釈をする。
「それで、今日は自己紹介だけなのかな?」
笑顔で問うものの、声には明らかな敵意を含んでいた。
フェストリの表情は動かなかったが、
「残念ながラ━━」
その下げていた腕をゆっくりと持ち上げる。
「足止めをさせていただきに参りましタ」
すぐに動いたのはチェリャだった。
フェストリとの距離を一瞬で詰めると、腰に差した短刀を振り抜き、その首を刎ねとばした。
「相手が悪かったでござるな」
まさに疾風迅雷のごとし。時の魔法により繰り出される早業には、反応することさえ許さなかった。
駄目押しとばかりに、ルーイが槍を突き出す。無数の砂礫が飛翔する槍となり、フェストリの胴体を貫いた。
首を失くし、風穴を空けられた体は、そのまま仰向けに倒れた。
「なんだぁ、あっけねぇ。魔王の幹部つってもこんなもんかよ。こりゃ魔王も大したことねぇな」
ロロが燃やそうと、手に炎を灯す。
その時だった。
何かを察したチェリャが、声を張り上げる。
「ヒロ殿、逃げるでござる!」
「……え?」
何が起こったのか分からなかった。目の前に先ほど倒されたばかりのフェストリが、五体満足で現れた。
「させない!」
エラが僕を庇うように前に出て、戦闘体勢をとる。身のこなしは、幼い頃から続けた戦闘訓練の賜物だろう。
だけど、このフェストリという異形が只者ではないことは分かる。このままではエラが━━!
その異形はやはり表情を変えることなく、腕を拡げる。全身を芯まで凍るような怖気に襲われた。
━━だが、奴の攻撃が僕やエラを襲うことはなかった。
「あぁ、美味しイ」
攻撃されたのは、ヒヒ丸だった。
「ヒヒィ!?」
奴が手を振ると、ヒヒ丸の右足が忽然と消えた……消えてしまった!
ヒヒ丸の足から、思い出したかのように鮮血が吹き出す。
「ぐふゥ!」
こちらに戻ってきたチェリャが、再びフェストリの体を切り刻む。
「某だけが分かる気配のような感覚!
彼奴は時の魔法の使い手でござる!」
魔法は特定の魔素を操作することで繰り出される。そして優れた魔力を持つ者は、近しい種類の魔素であれば、魔素の流れを知覚することが可能だ。
「からくりは分からんでござるが、魔法により変わり身の術を行っているでござる!」
チェリャが感覚を研ぎ澄ます。
魔法の発動を察知し振り向いた先には、やはり全快したフェストリが佇んでいた。
おそらくチェリャと同様に、奴もチェリャが操る魔素を感知できる。だからチェリャのスピードを活かすことができていないのだろう。
「やれやれ、同じ時魔法は相性が悪いですネ」
フェストリが片手をあげる。その大きな手のひらには、無数の牙が生えた大きな口が見えた。ヒヒ丸の足を食べて満足したのか、ゲェップと汚いおくびが響く。
「とりあえず目的は達しましタ。間抜けな勇者共でたすかりましたヨ」
表情こそ変わらないが、もう片方の手にある口がパクパクと動き、言葉を紡ぐ。
「そのヒヒは、もう使い物になりませんネェ」
そして両手でゲラゲラと笑った。
「お前、ちょっと黙れ」
ロロが手をかざすと、フェストリの足元から炎が吹き出す。
「━━ッ! ギャアアアアアッ!?」
一瞬怯んだように見えたけど、すぐに炎柱が上がり、姿が見えなくなる。
「無駄だということに、そろそろ気づいてもよさそうなものですがネ」
チェリャの構え直した先━━さらに離れたところへ、フェストリは再生していた。
「では、ワタシはこれデ。
ああ、そうそウ。アナタたちの目指す村が、到着まで無事だとよいですネ」
そう言い残すと、一陣の風と共に異形の姿は消えてしまった。
「すまぬ、皆の衆! 某は、時魔法の使い手でありながら、彼奴めに手も足も出なかったでござる!」
チェリャはドカッと地面に腰を落とすと、深々と頭を下げた。
「チェリャ、誰かだけの責任ではないよ、前にも言ったけれど。
今回は奴が一枚も二枚も上手だった」
ルーイが悔しさの滲む声で答えた。
「最初の姿が囮だったとはね、前衛をヒヒ丸から引き離すための」
奴の目的は足止めだった。最初から狙いはヒヒ丸だったんだ。
ロロに出血部位を焼いてもらって止血できたものの、右足の大腿から先を奴の腹に持っていかれた。
「頑張って、ヒヒ丸」
「ヒヒィ……」
エラが心配そうにヒヒ丸の頭を撫でる。ヒヒ丸は健気にも笑って答えた。
「また、俺とチェリャで先行するか?」
「いや、奴がわざと残していったのが気になる、村に危機が迫っているという情報を。
これも作戦かもしれない、私たちを焦らせて分断するための」
「じゃあ、どうするってんだよ! 次の村も見捨てんのか!?」
フェストリの撹乱は見事としか言いようがなかった。たった一戦交えただけで、僕たち勇者一行を疑心暗鬼に陥らせたんだ。
おそらく、一つだけ確実なのは、足を奪う必要があったということだ。つまりヒヒ丸が荷馬車を引けるようになれば、間に合う可能性が高い。
ただ━━
癒の力では治癒や成長の促進をできても、自己治癒能力を超えての再生はできない。王都で修行した際に、導師からそう伝えられた。
であれば傷口を塞ぐだけで精一杯だろう。癒の魔素をありったけ送り込んで治癒を継続しているが、全てを元通りにするなんて途方もないことだと思っていた。
『……本当にそう思っているのか?』
突然、声を掛けられたような気がして顔をあげる。みんなが僕の方を見る。
「どうした?」
「誰か、僕に話しかけた?」
「いや、誰も……チェリャ、お前か?」
ロロの問いかけに、チェリャは首を横に振る。
「私も違うわ」
「そっか、ごめん。聞き間違いかも」
再びヒヒ丸の怪我に集中する。
『……馬鹿だな、君は』
頭がズキリと痛む。今度はハッキリとわかった。
話しかけてるのは他の誰でもない。僕の頭の中にいる男だ。
『ご名答、理解の早い馬鹿で助かる』
漫画とかで見る脳内会議を、自分がやることになるとは思わなかった。
「頭の中の僕が、何の用?」
『邪険にするなよ。せっかく知恵を貸してやろうってのに。
そうだな、私のことはシキと呼ぶといい』
勝手に自分を名付けた不遜な男は、自らをシキと名乗った。