第三十話:林のキノコは光り輝く
僕らが野営地に到着した時には、地平線の近くまで日が落ちていた。大分暗くなっていたけど、焚き火のおかげで、容易に見つけることができた。
「おー、皆の衆! 見てくだされ、今日は馳走でござるぞ!」
見ると大きな獣が丸焼きにされていた。食欲をそそる、香ばしい匂いが漂ってきた。
どこで捕らえたのか尋ねると、チェリャがブゥとの死闘について、饒舌に語り始めた。
「嘘ばっかじゃねぇか」
「あ、ひどいでござるぞー、ロロ殿ー。言わない約束でござろう?」
「大丈夫だよ、チェリャ。誰も信じてないから」
異形の者たちを容易く屠る勇者が、ブゥなんかに遅れをとるわけがなかった。
「で、でも創作としては面白かったわよ!」
「エラ殿も信じてくれてなかったでござるか?」
「……」
エラが静かに目を逸らすと、チェリャは完全に拗ねてしまった。
「とりあえず食べよう、せっかく作ってくれたのだし」
ルーイの言葉に反応して、ぐぅとお腹が鳴り出す。
「では仕上げるでござる!」
立ち直りが早いのが、彼の良いところだ。
肩ベルトにつけた袋を外すと、中から粉末が出てくる。それを取り分けた肉に振りかけていく。グリモア城の料理長に分けてもらった秘伝のスパイスだそうだ。
常に携帯する意味は、よく分からないけど……。
ロロの作ったキノコと野草のスープも配られ、晩餐を始める。
「うん、美味しい!」
「そうでござろう!」
以前食べたブゥよりも、野性味のある味だったけれど、スパイスが臭みを旨味に替えてくれている。本心からの感想にチェリャも満足げだ。
「感謝だね、料理長と炭に」
「某も誉めてくださらんか!?」
美味しい食事はお腹だけじゃなくて、心も満たしてくれる。
「ちょっと、いいか」
ロロから声が上がる。
「お前らは、俺の前世って何だと思う?」
真面目な声色だった。
「ヒロの前世から推測するなら━━消防士はどうかな」
「火を制御したいってことか」
ルーイの答えに、ちょっと納得してしまった。回答の早さから察するに、予想を立てていたんだろう。
「消防士か……水じゃダメなのか?」
「そうだね。水を操った方が消防士に似つかわしいかもしれない。ただ火を直接操れた方が、有利だろうね、消火の際に」
「そうか……そうかもな」
「何かあったの?」
質問の裏に、悩んでいることがあるのは明白だった。
ロロは魔法を使う際に、別の━━怒りの感情が混じることを話してくれた。最近、それが強くなっているようだ。
「本来は敵である炎を、敵を倒すために使っている、皮肉な話だけど」
「その自己矛盾を深層心理が嫌がってるのか」
あり得そうな話ではある。
「それで説明はつきそうかい?」
「すまん、わかんねぇ。かなり漠然とした感情だからな」
ロロは仮説に納得したような、そうでもないような微妙な反応だった。
「ところで、ロロ殿。某の前世は何でござろうな?」
チェリャがワクワクしながら尋ねる。きっとキラキラした瞳をしているんだろう。糸目だからよく分からないけど。
「あ、何で俺が……? そうだな、遊び人とか」
「なにゆえ!?」
「何となく、賭け事とかで悪さできそうじゃん。あとキャラ」
「後半だけで決めたでござるよね?」
戻すことができないとはいえ、時を操るなんて中々の能力だ。
「実際どうなんだろうね、ルーイ?」
「んー。料理人とかを考えるかな、私なら」
「それでござる! 某もそうじゃないかと思ってたでござる!」
「自分で思ってんなら、俺に聞くんじゃねぇよ」
ロロが額に手を添える。
「エラ殿は、どう思うでござる?」
「え、わたし?」
話を振られると思ってなかったエラが、目を白黒させる。
「えっと、えぇ……」
しばらく目を泳がせたエラは、
「芸人さん、とか」
と答えた。
「ひどいでござるぅ!」
僕とルーイは思わず吹き出してしまった。頭を抱えていたロロの肩も小刻みに震えている。
「ヒヒ丸どのぉ」
指で首を弾きながら、荷馬車の方へ歩いていく。また絡み酒をしに行ったみたいだ。
「ルーイは自分のこと、どう思ってる?」
「よく分からないんだよね、実は」
ルーイのことだ。きっと自身の前世についても何か考えているに違いない。そう思ったのだけど、返ってきたのは意外な答えだった。
「当てずっぽうさ、みんなの予想だって」
肩をすくめる。
「まぁ、そうだね。墓守とかだったらいいな、とは思ってるよ」
ルーイはそれ以上を語ってくれなかった。
「美味しいスープだね、ロロ。キノコの出汁がよく出てるよ」
「あぁ、前に食べたヒラカゲってキノコと同じ奴が、木に生えてたからな」
林の方を見ると、所々が白く浮かんで見えた。
何だろう、あれ。
「キノコが光ってるのか、あれは」
━━カラン
物音がして振り返ると、エラが真っ青な顔をしていた。
「それ、ヒラカゲじゃないわ!
うっ……!」
顔が一層青ざめた次の瞬間には、口から大量の吐瀉物が撒き散らされた。
「エラっ!?」
その場に座り込んだエラに慌てて駆け寄ると、耳を近づけなくても分かるくらい、お腹がぐるぐる音を立てていた。
「まさか、キノコ中毒!?」
さっきのキノコはこちらの世界でツキカゲというらしい。闇夜で光る特徴的な毒キノコだった。
「すまねぇ、確認するべきだった。どうすりゃいい?」
ロロの焦りが伝わってくる。
癒の魔素をエラに送り込むことで、症状は一旦治まるものの、すぐに再発してしまう。
多分、中の毒物を何とかしなくちゃいけないんだ。肝心な時に役に立たないな、癒の勇者は!
僕は得たばかりの知識を全稼働させる。
「まず舌の奥を押して、できる限り吐いて!
それから荷馬車と川から水をたくさん持ってきてほしい!」
「分かった!」
ロロとルーイはひとしきり吐いた後に、川へ向かっていった。
同じように食べたはずだけど、エラの症状が重い。勇者との抵抗力の差だろうか。
左が下になるようにエラを横たえて、何とか吐かせる。
「ごめん、ヒロ」
「気にしないで」
ルーイが先に川から水を汲んで、走ってくる。
「いいんだね? ただの水で」
「うん、ありがとう。エラ、飲める?」
「頑張る」
エラが少しずつ飲みこんでいく。
「ルーイ、今のうちに炭を砕いてもらえる?」
「分かった」
荷馬車の方からロロも戻ってくる。
「水と、塩も持ってきたぜ。あのバカにも伝えてきた」
「ありがとう、助かるよ。エラ、また吐いてもらうよ」
「えー、頑張って飲んだのに……」
不満そうだけど、素直に従ってくれる。
「みんなも何回かやっといて」
二人も水を持って腹の中にあるものを出しに行く。
エラの背中をさする。僕の小さい手では中々一苦労だ。
「ちょっと楽になってきたかも」
「うん、大分出せたみたいだね」
形のあるものを、ほとんど吐かなくなってきた。
「じゃあ次はこれね」
カップに入った黒い液体を差し出す。
「これ飲むの? 本当に?」
僕は肯定の頷きを返した。エラは恐る恐る口をつける。
「美味しくないー」
物凄く嫌そうな顔をした。美味しいわけはない。水に2つまみの塩と、粉々に砕いた炭を溶いたものだ。これで大抵の毒物なら吸着してくれるはずだ。
エラは吐き気と闘いながら、少しずつ飲んでいく。
「なぁ、それ俺たちも飲むのか?」
僕が再び頷くと、ロロは心底嫌そうな顔でカップを受け取った。
━━翌朝まで僕たち勇者が中毒症状を呈することはなかった。
発症したエラも吐き気がおさまり、水分をしっかり取れるほどに回復した。まだまだ疲れた顔をしているけれど。
「ありがとう、ヒロ。三回も救われちゃったわね」
「三回?」
「そうよ。私たちを見捨てないで、勇者のみんなを引き留めてくれたのが一回目。じゃなきゃ、私たちは全滅してるもの」
「そんな偉いもんじゃないよ」
引き留めたのは事実だけど、このパーティなら、なんだかんだ引き受けていたんじゃないだろうか。
「しかし、今回はお手柄だったな。俺らもこうやってピンピンしてるぜ」
「それは良かったよ」
だけど、僕は素直に喜べなかった。
なぜなら、僕自身には全く治療をしていないから。
吐きに行くフリをして、様子をみていた。けれど朝まで何も起こらなかった。つまり勇者の抵抗力があれば、大抵の毒物は無効である可能性が高い。
何故だか分からないけど、知らなくてはいけない気がした。
とんだ人体実験だ。なんでそんな無茶なことをしたんだろう……。
「それじゃあ出発しようか。サカの村に着きたいからね、今日中に」
ルーイの号令にならい、荷馬車へ乗り込もうとした━━その時だった。
「何奴でござる!?」
チェリャが腰から剣を抜き、林に向かって叫んだ。
「おやおや、バレてしまいましたネ」
木の後ろから現れたのは、腕が長く、鋭い爪を持った異形だった。
「初めましテ、ワタシは魔王様の眷属、フェストリと申しまス。
以後、お見知りおきヲ」