第二十八話:木陰の小休止
僕たちは、サカにある村へ向かう馬車に揺られていた。
サカにある村はクリフィス聖王国と魔王封印の地、ザンタ地方とのちょうど中間地点にある。
旅の初めは揺れと振動で全身が痛くなったものだけど、体が徐々に慣れてきていた。
「もう、サカにある村までは無いんだよね」
「もう何回目だよ、聞き飽きたぞ」
「そうだね……」
とはいえ、ちゃんとした家や寝床に勝るものではない。本来立ち寄れるはずだった村が3つも“避難済み”だった。僕たちは補給と休憩場所を失い、野宿を繰り返すほかなかった。
そしてサカにある村に最も近い村もまた、焼け野原と化していたため、次の野宿も確定したところだ。
「予想以上の被害を与えてくれたね、本当に」
人的被害こそ最小限に抑えられているが、物的被害に加えて、一行への精神的ダメージは計り知れなかった。いつもの爽やかな表情をしているが、ルーイの声は少なからず怒気を含んでいた。
「サカにある村も無事だといいけどな」
「やめてよ、ロロ。それ言わないようにしてたのに……」
こう悪い流れが続くと、口に出すことで本当になりそうな気がしてくる。ロロは退屈そうにくるくるとブーツを回している。
「ここまでの事態を想定してなかった、私たちの失態だわ。ごめんね、みんな」
エラが申し訳なさそうに肩をすくめる。王族として、思うところがあるのだろう。臙脂色のノースリーブから覗く肌は少し日焼けしていた。
「しょうがないよ、全てに備えるなんて無理な話だし」
それどころか被害を最小限に抑えられていると思う。勇者ありきとはいえ、エラに話を聞けば聞くほど、この世界の人々は周到に準備をしている。
「次の寄宿先はどのあたりにするでござる?」
「そうね、一旦確認するのがいいかも……。ヒヒ丸!」
エラは前方の垂れ幕から顔を出すと、馬車を引いていた白い体毛の霊獣に声をかけた。
「ヒヒー?」
「あそこに見える大きな木の下で、休憩をとりましょう」
ヒヒ丸はヒヒ、と返事をすると、少しばかりその足を早めた。
━━ヒヒ丸を木陰に入れ、好物のババナを渡す。
嬉しそうに頬張る姿は、いつ見ても微笑ましい。ババナの数が心もとなくなってきた。サカにある村までは保つはずだけど……。
マントでヒヒ丸を扇いであげると、気持ち良さそうに目を細めた。
エラは木の根元で地図を広げ、みんなと野宿に適した場所を探しはじめた。
「このまま進めば、街道が川と接近する場所があるわ。林が広がっているから、水と食料は確保できると思う」
ルーイは今まで通った村との距離を測りながら、答えた。
「食料確保を考えると、明るい内には着きたいね。少し急いだ方がよさそうかな?」
「そうね……ヒロはどう思う?」
二人が僕の方を見る。質問の意味は、詳しく聞かなくても分かる。ヒヒ丸のお世話係としての意見を聞いているんだ。
「ヒヒ丸もゆっくり休めてないし、疲労の蓄積がいつもより早いんだ。できればこれ以上の過労は避けてあげたい」
筋肉の張りが強いし、好物であるババナの進みも悪い。良くない傾向だ。
「ヒヒー」
「ダメだよ、頑張れる時が危険なんだから」
「ヒヒ……」
しゅんとしたヒヒの腕を撫でる。
「パパッと回復できねぇの?」
「僕の力は疲労回復にはあまり効果がないみたいなんだ。力不足でごめん」
ロロの言うとおり、僕たちのイメージする回復魔法ならできそうなものではある。
━━ハハッ
どこからか小バカにしたような笑う声が聞こえた。ロロは目の前でつまらなそうな顔をしている。そもそもロロの声じゃない。他のみんなも対応に真剣だ。
……空耳だろうか。
「目標地点までは、どのくらいでござる?」
チェリャが、肩をぐるぐると回しながら尋ね、さっき目測をつけていたルーイが答えた。
「では某が先に行って、食料を確保してくるでござるよ」
足を回し、準備運動を続ける。うっすらと汗をかき、頭皮が輝きを増していく。
「食料も食べられるものは大体覚えたでござるし。みんなはゆっくり追いかけてきてくだされ」
「ありがとう、チェリャ。助かるよ」
チェリャが出発の準備を整えると、ロロもローブを羽織った。濡羽色のローブは太陽の光を浴びてキラキラと輝く。
「俺も行くわ。火があったほうがいいだろ」
「ロロ殿、助かるでござる!」
チェリャが抱きつこうとすると、ひらりと身をかわす。
「火はおこすけど、料理はお前な」
「料理対決しないでござるか?」
「やるなら火は貸さねぇ」
「それは卑怯にござる」
ロロは返事を聞き流すと、あっという間に飛んでいってしまった。チェリャが猛スピードで追いかけていく。
衝撃で大木の葉がざわざわと揺れる。
「助かるね、二人が移動のスキルを持っていて」
「どんな料理ができてるかしらね」
チェリャは今までの野宿でも積極的に料理に取り組んでいた。よほどのことがない限り大丈夫だろう。
「ヒヒ丸が起きたら出発してもいいかな?」
ヒヒ丸は安心したのか、こく、こくと船を漕いでいた。
「いいさ。私たちも昼寝をしよう、ロロ達には悪いけど」
ヒヒ丸に寄りかかると、とく、とくと脈打つ音が聞こえる。天然の毛布が、暖かくて心地よかった。大きなあくびが出る。
景色が徐々にぼやけ、意識が落ちていった。




