第二十七話:魔王の眷属は異形らしく
魔王の居城では、一人の異形が尻尾を振りながら、千里鏡を覗いていた。
瑠璃色の肌に金の瞳を持った女悪魔だ。ふわりとウェーブがかった月白色のセミロングが、薄暗い城内で一際目立っていた。
「ラピス! またワシが寝ている間に、千里鏡を取り出しおったな!」
しわがれた声の異形が奥から現れた。
髪の毛はなく、代わりにたっぷりと髭と眉を貯えた顔は、一見すると仙人のようであった。しかし肌は緑色であり、胴から腕が六本生えた姿は、まさに異形であった。
「おじいちゃん、こっちだよ」
「おお、そうかそうか━━」
四本の腕を使い、ペタペタと歩み寄る。
「━━ではないわい、まったく」
ラピスから千里鏡を奪い取る。
「あー、今見てる途中なのにー」
六本腕の異形は、ガラス玉のような“それ”を顔の中心に埋め込む。すると“それ”はギョロリと回転し、大きな目玉となった。
「起きたら眼前に戦場が広がるワシの身にもならんか」
やれやれ、と頭を掻く。
ワシの名前はグリーンアイ。魔王様の眷属としては、前大戦の唯一の生き残りである。
別に特別な力があったわけではない。非戦闘員であったため、難を逃れただけに過ぎぬ。
「はーい、報告ー。結局、全部鎮圧されちゃった」
てへ、と舌を出してみせる。
はて、全部……全部とは……。
「まさか━━」
目をグリンと回転させ、兵の状態を確認する。
「今いるドラゴンゾンビ達を、全部使いおったのか!?」
それらの姿を何処にも認めなかった。
「いいじゃん、別にー」
ラピスは頬をぷくーと膨らませた。
「結果的に“穢れ”は早く広まったからいいでしょ」
「それはそうだがの……」
ラピスの言うとおり、今までになく“穢れ”は広まっている。
「各個撃破され、“穢れ”を浄化されてしまえば、元も子もないぞ?」
「そこにオーガとかトロル達を送り込めば、いいんでしょ?」
「簡単に言うがの……。そこまでの移動はどうするんじゃ?」
ラピスは指をピン、と立てる。
「もうとっくに出発させたよ。ていうか前線にたどり着いてるよ」
「なんじゃと!?」
穢れを広める前提で進軍させたのか。無茶をする……。異形の者は、“穢れ”のない所では徐々に力を失い、姿を保てなくなるのだ。
「でも、思ったより濃くならなくて、オーガも勇者にあっさりやられちゃった」
「戦わせたのか!?」
「私は戦えとは言ってないよー、現場の独断」
選択肢のない判断は独断と言ってよいものか。配下の災難に同情を禁じ得ない。
「魔王様はまだお休みなのだから、あまり勝手や無茶をせんようにな」
はーい、と明後日の方を見ながら返事をする。
なんも聞いとらんな、こりゃ。
「ってか勇者の一人さ、死にかけだったのに復活したのよ。なんなの、あいつ」
配下が側にいれば、卒倒するであろうほどの殺気を放つ。
「勇者を他の“ヒト”共と一緒にせんことじゃ」
「どっちがバケモノか、分かったもんじゃないわ」
と思えば、急に少女のような笑みを浮かべる。
「でも、そっかぁ。そう思うと親近感わいてきたかも」
体をくねらせ、前に組んだ腕で、その豊満な双丘を強調させる。小指をかけた口から、男を殺す色気と溜め息を漏らす。
女心は秋の空と言ったか……これはもはや山の天気じゃな。また何か思い付いたであろうことは、想像に難くなかった。
「……ほどほどにの」
「しかし、勇者共の進軍が早いですネ」
後方から声がかかる。
「老人の背後からいきなり声をかけるな、と教わらんかったか?」
「ワタシたちが? どこで習うというのですかネ」
突然現れた彼の名はフェストリ。一見するとスーツを着た青年のように見えるが、足元まで伸びる異様に長い腕と、同じくらい長い紫色の爪が、異形であることを示していた。
「進軍は、まぁこんなもんじゃよ」
別に前回と比べて、特段早いとも遅いとも言えない。
「しかし、ラピスサンが“穢れ”を拡散したおかげで、ワタシたちが出向くこともできそうですがネ」
顔にある口は厳重に縫い合わされており、喋っていても微動だにしない。
「あまり、大人しく籠っている性分ではないのですヨ」
「前回の仲間達も、みんなそう言って出ていき……散っていきおったよ……」
フェストリの表情は変わらなかったが、目の奥が僅かに動いたような気がした。
「分かりましたヨ、今回は様子見だけにしますネ」
「えー、あたしも行くー」
「アナタじゃワタシの速度についてこられないでショ」
「むー」
ラピスが付いていこうとするが、あっさり止められていた。
「こういうのは、ワタシが適任ですヨ」
そう言うと、また煙のように居なくなってしまった。
「ワシはもう一度寝てくるわい」
「見ないの?」
「今の濃度では、大したことはできんじゃろうて」
与えられた部屋へ戻る。
「今度はワシが起きる前に戻しておいとくれ」
「はーい」
多分、次も見慣れぬ光景で目を覚ますのだろう。
それがワシらなのだから。




