第二十六話:追憶の勇者会議
鳥の鳴き声で目が覚める。
側頭部がズキリと痛む。
そこにはもう傷はなく、見た目には完治しているはずなのに。
誰かの寝息が聞こえて、横に寝返る。
美しい寝顔がそこにあった。少し上気した頬と、薄い桃色の唇が艶っぽい。髪の結びをほどき、いつもと違った印象に見える。
目を覚ましたときに誰かが側にいてくれることは、こんなにも暖かく心を満たしてくれるものなのか。
昨日のことを思い出す。またズキリと痛んだ。
身を起こし、窓を少しだけ開ける。朝の爽やかな風が、するりと流れ込んでくる。
「んっ……」
起こしてしまっただろうか。しばらく様子をうかがうけど、また寝息を立てて眠っていった。
布団を肩までかける。
大丈夫だ、頭の整理はついている。
意を決して、昨日彼らが出ていったドアに手を掛ける━━。
「━━結局、あのク○女王が言ってたことは嘘だったってことだよな」
ロロは苛立ちをあらわにする。
「そうだね、女王は
“力と引き換えに、自分の記憶を失う”
と言っていた。ヒロの記憶が確かに前世のものだとしたら、前世の記憶は失ったのではなく、封じられたと考えるべきだろうね」
私はそれに答える。
私たちはヒロの夢について話し合うため、テーブルを囲んでいた。
「だとしてもでござるぞ。単純に女王陛下も知らなかった、ということではござらんか?」
「あるだろうね、その可能性も」
チェリャの疑問ももっともだ。だけど━━
「だけど、知っていて隠した。考えなくてはならない、その可能性も」
「して、その利点は?」
「思想や宗教を隠せる。操りやすいだろ?」
ロロが即座に噛みつく。
「にしては、ロロ殿は反抗的でござるな」
「うっせ」
ロロの意見は正直しっくりくる。
だが隠すほどだろうか、思い出す可能性を……。
「俺たちも思いださねぇかな」
「ヒロ殿のように、ショック療法はどうでござるか?」
「そうだな。試しに、その頭を吹き飛ばしてやろうか? ヒロも戻ってきたことだし、治してもらえるぞ」
「え、本気でござるか?」
チェリャが勘弁、と手を振ったところで、部屋の隅から声がかけられた。
「やめた方がいいと思うよ」
「よう、ヒロ起きてたのか」
どこから聞いていたのか。いや、それより━━
「やめた方がいい、とは?」
「記憶領域に損害が出た時、脳細胞を治癒できても記憶まで再生できるかは分からないからね」
「そりゃ、てめーの知識か?」
「多分、そうかな」
やはり、記憶の一部が復活している。それにより、知識が補強されているようだった。
「となると、その姿はどういうことでござる?」
「希望通りに変わったんじゃないか? 力と一緒で」
チェリャはふむ、と考えた。
「救いたかった誰かがいて、癒しの力や過去に戻ることを望んだ、とかでござるか?」
「んー、どうだろ。よく分かんないや」
「筋は通るね、一応」
これ以上は、ヒロの記憶が戻らない限り判明しないだろう。
「ガキにしてはマセてると思ったけど、一応ガキみたいに振る舞ってたよな。
元おっさんが、そこまでできるもんかね?」
「それには、一つ考えたことがあるんだ」
ヒロは語りだした。
━━例えば男性が女装したとき、自然と女性のように振る舞ったりすることはないか。声を裏返したり、柔らかい動きをしたりだ。
それは自分の知識を元に、“この格好の人なら、こうするだろう”と考えての行動だ。
格好だけではない。先輩として後輩と接するとき、親として子と接するとき、人は無意識にキャラクターを使い分けている。
ましてや自分に関する記憶を全て失っているなら? 自分の姿を見て、ふさわしい自分を演じるのではないだろうか。
「なるほど……」
「では、某の姿も参考にならないでござるなぁ」
「お前はまず、髪の毛を生やすように願うべきだったな」
「これはしたり!」
チェリャは、かんらかんらと笑った。
「ちなみにヒロと呼ばれてなかったか、夢の中で」
「わかんない。名前では呼ばれてなかったから」
「そうしたら女王から付けられた名前に、違和感ない理由も説明つくんだけどね」
「やっぱり、記憶にアクセスする方法を知ってるんじゃないか?」
「どうなんだい、姫様」
いつの間にか扉の前に立っていた、エラ王女に話しかける。
「本当に知らないわ。信じてもらえないかもしれないけど」
悲しそうな顔をする。だが、それすらも嘘か真実か。
男の私には分からなくなる。
「召喚についての詳細は、母様と姉様しか知らないの。召喚士すら、最低限のことしか知らされてないわ」
「それもだよ。なんでそこまで知られないようにする必要があるんだ」
「ごめんなさい。禁術だから、としか聞かされていないわ……」
またそれだ、とロロは一層不機嫌になる。
「でも、もし信用してもらえるなら……
ネネには記憶が戻ったことを伝えないでほしいの」
エラから提案があった。
「その理由は……聞くまでもないか。情報を与えないためだね、女王に」
「お前は聖王国側の人間だろ、裏切るのか?」
ロロは目を細め、信用できない、といった態度を見せる。それはそうだ、私だって。
「違うわ。私はヒロ達に少しでも恩返しがしたいだけ。不安を解消できるように、協力したい。
私だって、パーティーの一員なんだから!」
「みんなはどう思う?」
私は、全員の意志を確認する。
「某は異論なしでござる」
チェリャに続き、ロロも無言で返す。
「僕もそうしてほしい。
もしかしたら夢の続きを見るかもしれないし、それからでも遅くないと思う」
方針は決まった。
━━話し合いも終わり、出発に向けて馬車に荷物を積んでいく。
その時、鶴人のネネがふわりと村に降りてくる。純白の羽は相変わらず、美しい光沢を放っていた。
「よう、エラ。無事そうで何より」
「ええ、私もあなたが元気そうで嬉しいわ」
「よう、ヒロ! あたいに会えなくて、枕を濡らしてくれたか?」
羽根に包まれ、もみくちゃにされた。
「相変わらず、ふわふわだね。ネネ」
「ん? んんー?」
ネネは僕を離すと、しげしげと観察してきた。
「お前ら、何かあった?」
「そんなことないわよ」
すると、何かを察したように、ニヤリと笑った。
「はっはーん、なるほど━━」
まさか、もう気づかれた?
「さてはお前ら、一線を越えたな!?」
「は?」「へっ?」
思わず、目が点になる。
「だって、この微妙な距離感。ヒロの一皮剥けた感じ。いやー、あの真面目なエラ様がねー」
「違 い ま す」
エラの反応をよそに、抜け駆け厳禁だぞー、と頭をわしゃわしゃにやられた。
「とりあえずドラゴンゾンビによる空爆の件だけど、王国軍や連合軍が鎮圧したよ。聖王国周辺は、これで大丈夫だと思う」
「そう、よかった。私たちはオーガと戦闘したわ」
「オーガだって!? 倒したのか?」
「ええ。オーガとの戦闘では、一人も怪我人は出なかったわ」
エラは報告書を渡しながら、口頭で伝達する。
「本当かよ。やっぱり勇者はおっかねぇな……」
軽く引いていた。
「まぁ、あたいはヒロが無事ならそれでいいよ。ついてくのは大変だろうけど、頑張りな」
「あ、ありがとう」
ネネは、羽根で僕をひとしきり揉みこんだ後に、飛び立っていった。
「とりあえずは、大丈夫かしら」
「うん」
やや置いて、エラに尋ねた。
「エラは、嫌じゃない?」
「何が?」
「このまま記憶が戻っていったら、おじさんに戻っちゃうかも」
「私は、こっちに来てからのヒロしか知らないけど━━」
僕の手を握り、答える。
「ヒロは変わらないわよ。鏡を見る前のヒロも、私は知ってるもの」
「ありがとう」
「それに、子供もいつかは大人になるものでしょう?」
「それはそうなんだけど……」
聞き耳を立てていたルーイが、歩み寄ってきた。
「とりあえず勘違いしたみたいだけど、瞬時に見抜いてきたね、微妙な心境の変化を……。任命されるだけのことはあるということか、勇者直属の報告係に」
「うん、ちょっとヒヤヒヤしたよ」
ルーイが腰を落とし、目線が同じ位置に降りてくる。
「ヒロ。見失うなよ、自分を」
「ルーイ……うん、分かってるよ」
「ルーイ殿! 抜け駆けは厳禁でござるぞー」
「気持ちわりぃから、やめろそれ」
チェリャがネネの真似をしながら現れた。
……クオリティーは異常に低かった。
「本当に僕は、仲間に恵まれてるね。昨日まで、自分自身が知らない誰かに飲み込まれそうだったのに」
目を閉じ、鼻から息を吸い込んだ。
「みんなの言うとおり、前世は前世。僕は僕だ。
この世界を、この世界に住む人たちを守りたいと思ったのは、今の僕の意志だ」
目を開け、微笑んでみせる。
もう、自然に笑える。
「前世の僕には悪いけど……せいぜい、知識を利用してやることにするよ」
ルーイは僕の肩に手を置く。
「その意気だ、ヒロ」
そう告げると、僕から離れて馬車に乗り込んでいった。
「某も、いつだってヒロ殿の味方でござるよ」
「まぁ何だ、俺も記憶戻ったら相談に乗れ。それでチャラだ」
二人もそれに続く。
「ヒヒー!」
「ヒヒ丸も、応援してくれるみたいよ」
「心配かけたね、ヒヒ丸」
「ヒヒ」
ヒヒ丸もその美しい毛並みを触らせてくれる。
「あ、見てよ。あの雲、ヒヒ丸みたいじゃない?」
「ヒヒ?」
エラも空を見上げる。青い空には1つの綿雲が浮かんでいた。
~第二章:自称癒士の決意~ 完
これにて第二章終了です。
ここまで読んでくださった読者の方々、改めまして厚く御礼申し上げます。
ようやく起承転結の“起”が終わったところですね。サクサクと進めていく予定ではあります。
ヒロの前世が、ほんの少し明らかにされました。転生時に感じた彼の違和感、一章の序盤に少しでも表現できていたらいいなぁ、と思っています。
自分のものではない記憶や知識が流れ込んできたとき、私たちはどういうリアクションをとるでしょうか。混乱するでしょうか、面白いと感じるでしょうか……。
どうぞ引き続き、最期までお付き合いください。




