第二十五話:前世の“私”
薄く靄がかかったような光景が見えた。
全体に白を基調とした部屋に、僕はいた。
「体調は変わりない?」
僕の口が勝手に動き、言葉を紡ぐ。
「ええ、バッチリですよ」
正面に座った、おそらく中年男性が、僕に答える。顔はぼやけてしまい、よく見えない。服装は全体的に黒っぽい印象だ。
「それはよかった」
彼をベッドに横たわらせ、聴診器を腹部にあてると、腸の動く音が聞こえる。腹部には大きな傷痕が残っていた。
「今度改めて、お礼に伺いますよ」
「私は、そんなもの求めていないよ」
触診を終え、彼に服装を直させると、退室を促す。
「お世話になりました、先生」
同行者に連れられ、彼は出ていった。
「ふぅ……」
一仕事追え、目をつむる。漏れでた声は低く、やや疲れを含んでいた……。
「━━ロ……ヒロ!」
心配そうに覗く、エラの姿が目に入る。
「エ、ラ……。
ここは、私は……?」
「ヒぃロぉどぉのおぉ!」
チェリャの大きな顔が、ぬっと現れた。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている。
「すまなかったでござるううう!
ん、おや? お主、本当にヒロ殿でござるか?」
僕は、ヒロだ。多分……そうだ。
「合ってると思うよ。でも、何か頭が混乱してて……」
「お、目ぇ覚めたのか」
ロロとルーイも騒ぎを聞きつけてやってくる。
「覚えているかい? 何があったか」
「分からない……。
鍾乳洞に入って……ルーイたちが、オーガとゴブリンたちを倒した、のは覚えてる」
「落下してきた鍾乳石から、私を守ってくれたの!」
「そうなんだ」
よく覚えてない。
「天井の鍾乳石にヒビが入ったみたいなんだ、視界を奪われたオーガが暴れまわったせいで」
「このアホが余計な作戦を思いつくから……」
「誠に某の不覚の至り!
かくなる上は、切腹してお詫びいたすでござるぅ!」
チェリャが上半身を露出させる。
「騒ぐなら、外にしてちょうだい。やっと意識が戻ったところなんだから」
「チェリャ、誰かだけの責任じゃない。誰も作戦を止めなかった。皆の責任だ」
みんな、安堵したような、ちょっと疲れたような顔をしている。
「僕は、どれだけ意識を失っていたの?」
「3日だよ。もう次の村、オカにある村まで来ている。頭蓋骨は陥没して、大量に出血していた。正直思った、助からないんじゃないかと。
助かったのは勇者の力と、君自身の力があったからかもしれない、“癒士”としての」
そんなに酷かったのか。頭を触ると包帯がぐるぐる巻きにされていた。
相当に心配をかけたみたいだ。
「とりあえず、今日もゆっくり休んでくれ」
「待って」
みんなが退室しようとするのを呼び止める。
「聞いてほしいことがあるんだ」
明日になったら忘れているかもしれない。今すぐに聞いてほしかった。
「夢を、見ていたんだ」
僕は目を覚ます前に見た光景を話した。
「━━僕は医師だったかもしれない」
皆は、黙って僕の話に耳を傾けてくれた。
もちろんただの幻だったかもしれないけれど、妙なリアリティがあった。
「多分、この見た目も偽りだと思う」
この世界に来たときに感じた違和感━━声、目線、手足、知識━━全て、変わっていたからだったんだ。
「ものすごい飛び級とかじゃなかったらね」
おどけてみせた。でも、どうやって笑っていたのか、分からなくなる。頭と身体がちぐはぐな感じがして、話の筋道が立てられない。
「それに━━」
「分かった。明日にしよう、続きは」
ルーイが強制的に切り上げる。
「えっ」
「ちょっと置いた方がいい、時間を」
「今のお前、さっきよりも死にそうな顔をしてるぜ」
ロロも続いた。
「だから、今は休め」
三人は共に部屋を出ていく。
「転生前が誰であろうと……
ヒロ殿は、ヒロ殿でござるよ」
最後に振り向いたチェリャは、そう言い残した。
━━エラは逡巡するように僕とドアに視線を何度か往復させてから、椅子を立ち上がろうとする。
僕は袖を掴んで引き留めた。
「私も居ない方がいいわ。だって、ヒロが今苦しんでいる原因を作った側の人間だもの」
だけど離さなかった。
「じゃあさ、責任とって━━」
引き留める理由は、何でもよかった。
「この世界の子守唄、歌ってよ」




