第二十三話:鍾乳洞の急襲
灯り係のロロを先頭に、鍾乳洞の中を進んでいく。
内部は涼しく、地面は硬く湿っていた。
「そこ、滑りやすいから気をつけてね、ヒロ」
「ありがとう」
エラに注意されながら足を運ぶ。情けない話、僕の足元が一番おぼつかない。
「いい酒が作れそうでござるなぁ」
「何、お前、前世は醸造家だったのか?」
「いや、お城のシェフに聞いただけでござる」
「記憶が戻った訳じゃないのかよ」
ロロが舌打ちを鳴らす。僕もちょっと期待してしまった。
「コウモリとかが住んでそうだよね」
「コウモリ?」
「あぁ、そうか。何て言えばいいんだろ。
鳥じゃないけど、飛べる生き物で。日中はこういう暗い洞窟に隠れて、夜に活動するんだ」
「あぁ、コバットのことね」
どうやら似た生物はいるらしい。
そもそも、この世界には僕たちの世界と似通った動植物が結構存在する。ただし別物扱いらしくて、自動翻訳を外れてしまっている。
「可愛い名前だね」
「そう? 羽が魔族に似ているから、皆は気味悪がっているけど」
「これが糞じゃないかな、その生き物の」
ルーイが地面に黒い小さな塊を見つけた。よく見るとそこら中に落ちている。
「お前、こういうの見つけるの得意な」
「属性のせいかな。何か引っかかるんだ、異常があると」
たしかに足跡を見つけたのも、2回ともルーイだった。
「でも、コウモリなんていねぇぞ」
「この時間はコバットも休んでるはずよ」
ロロが火球を高く掲げる。天井には生物一匹存在しなかった。
「出ていったんじゃないか、侵入者がいたから」
「その線が濃厚でござるなぁ」
「油断せず行こう」
僕たちは、この奥に敵がいることを確信し、歩を進めた。
━━ボボッ
だけど、僕たちは気づかなかったんだ。ロロの灯りが、一瞬揺らめいたことに。
風の向きが、変わったことに。
━━どれほど歩いただろうか。
そんなには経っていないけど、同じような光景が時間を長く感じさせる。この世界へ来た後に通った、王城の渡り廊下を想起させた。
何か喋らないと息が詰まりそうだ。
口を開いた、その時━━
「冷たッ!?」
皆が一斉にこっちを見る。
「ご、ごめん! 鍾乳石から水が落ちたみたいだ」
━━ポタポタ、ポタッ
急に落ちてくる水の量が増える。何かがおかしい。
「これは、水ではないでござる!」
ロロが上方を照らすと、無数の生物が僕たちを見下ろしていた。
━━キキキキキーッ!
けたたましい鳴き声が周囲を包み、生物が一斉に飛び交った。
「きゃああっ!」
大きな個体で、僕たちの世界でいうオオコウモリ、80センチくらいはありそうだった。
「全然可愛いサイズじゃない!」
「誰も“小バット”とは言ってないでしょ!?」
襲ってくることはなかったけれど、混乱した群集の入り乱れる様は、それだけで圧倒された。
「でも、この子たちがいるってことは!」
「ゴブリン達はここに来ていない! 一体どこに行きやがった!?」
そこでルーイが、はっと気づく。
「地鳴り……伏せろ、みんな!
“壁”よっ!」
地面に手を当てると、大地が隆起し、石壁となった。“土の槍術士”、ルーイによる能力だ。
壁の発生と同時に、壁に手斧や矢が刺さる。数回の軽い音と鈍い音が響いた。
「ギャギャギャ!」
遅れて、ゴブリン達の醜い鳴き声と、
「グオオオオオッ!」
聞き慣れない咆哮が、洞窟内にこだまする。
「やっぱり、オーガだわ!」
間髪を入れず、石壁が粉々に打ち破られる。
壁のあった場所には、オーガの持つ大きな棍棒が突き出されていた。
「強度が弱かったか!」
「オーガの力は、ゴブリンとは比較にならないわ!」
「一度立て直す、態勢を」
ルーイはオーガの踏み込みに合わせて、大地を隆起させた。躓いたオーガは、大きく体勢を崩し、倒れ込んだ。
「よし、今だ!」
僕たちは、更に奥へと走り出した。
「しかし、彼奴らはどこに隠れておったのでござろうな?」
「奴らは夜目が利くわ。横穴があったのかも……」
「ロロ殿に全部燃やしてもらうでござるか?」
「酸欠か一酸化炭素中毒で死んでいいなら、やってもいいぞ?」
「無しでお願いしもうす」
距離を取ったことを確認し、ルーイが壁を再設置する。
「私たちは奴らに遅れをとっている、情報と視界で」
ルーイは静かに続ける。
「オーガは幾らかゴブリンより強いかもしれないが、正直無傷で勝てる可能性が高い、私たち三人なら」
「一応言っとくけど、王国軍10人で相手する異形なんだからね」
エラは勇者の力を伝え聞いているとはいえ、流石に驚きを隠せないようだった。
「だが、奴らは仕掛けてきた、コバットの混乱に乗じて」
「少なくともそれだけの知恵は回る、ってことだよね」
勝てる算段があったかもしれない。それは僕たちにとって、とても重要なことだ。
僕たちには、コンティニューなんてものは存在しない。
「勝つからには勝つ、完璧に」
全員で強く頷く。
「まずは情報だね。オーガは村の足跡から1体と見ていい。問題はゴブリンだ」
この暗闇でどうやって確認するか。
「もしかしたら、僕が何とかできるかもしれない」
胸ポケットから透視鏡を取り出す。グリモア城の宝物庫で、エラから貰った物の1つだ。魔力を込めれば物体を透かし、奥を視ることができる。
「この暗闇で役に立つのかよ?」
「多分だけど、大丈夫」
透視鏡を構えて、魔力を込める。
試用したとき、あられもないエラの姿を鮮明に見てしまった。だけど、本来服の下は暗闇だったはずだ。
つまり━━
「見えた! オーガが1、ゴブリンが16!
弓が3、斧が6だ!
ちゃんとこっちに向かってくるよ」
「了解、後は視界だけど……」
「それについては━━」
チェリャが、挙手して前に進み出た。
「某、やってみたいことがござる」
ニカッと笑ってみせた。