第二十二話:燃える村と、異形の痕跡
「ヒヒ丸、怪我してないか?」
「ヒヒー」
「ヒヒ丸、足捻ってないか?」
「ヒヒー?」
「ヒヒ丸、目にゴミとか━━あいたっ!」
ヒヒ丸の体調管理を行っていた僕に、ロロから脳天チョップをお見舞いされた。
「しつけぇし、うるせぇ」
「だって誰も怪我しないから、力を使う機会がないし」
癒の勇者である僕は、力を持て余していた。
移動中にゴブリンやオークといった異形から襲われることはあった。ただ他の三人が無傷で突破してしまうため、横で眺めるだけの日々だった。
「いや、皆が無事なのは喜ばしいことなんだけどさ」
「今度出撃してみようか、鎧無しで」
「冗談でしょ?」
気遣いはありがたいけど、それじゃ本末転倒だ。
修行中に導師ドニから言われたことを思い出す。癒の魔素は安定性が高く、精製して瓶詰めにすれば、ポーションとして長期保存ができる。しかも勇者たちは素の回復力が高く、なおのこと治癒を要さないことが多い。
このままでは冗談でなく、お払い箱になってしまうかもしれない。
「まぁ、冗談だけど」
でも、とルーイは付け加える。
「これから苦戦する可能性も出てくるよ、穢れが濃くなってくれば。
力を温存しておいて、その時まで」
「ありがとう、ルーイ」
本当はサポートとかも考えてはいるのだけど、必要ないくらい圧勝なんだ。
「ヒヒー!」
「あれ、どうしたのヒヒ丸?」
大きく声を出し、何かを僕らに訴えてくる。
ヒヒ丸は、狼人ほどではないけど、鼻が利く。敵襲を察知して教えてくれたりするので、助かっている。
「焦げくせぇな」
ロロが真っ先に気づき、顔を上げる。
「焼ける臭いだ。植物とか木材だな」
他の皆を見回すけど、感じ取れたのはロロだけらしい。
急いで出発しようとしたところで、大きな荷馬車が走ってきた。
ルーイが手を振ると、向こうの御者が荷馬車を止める。荷馬車から人々が何事かと、顔を出した。
「私たちは勇者だ。君たちは住民か? マグにある村の」
「はい、その通りでございます!
先刻に村が襲われまして……火を放ち、逃げてまいりました」
馬車から降りた男性が答えた。
最初の村もそうだったように、王都から東の村人は村を燃やし捨てることを許されている。
理由は二つ。
一つは、異形に凄惨な殺され方をすると、その者自体が“穢れ”の発生源となってしまうこと。
もう一つは、農作物が異形の餌となること。
人口が多く、農業大国である聖王国は格好の餌食だ。
そこで行われるようになったのが━━立つ鳥、跡を濁しまくる作戦であった。村人も派遣人員で、逃げ遅れが無いように、体力のある成人のみで構成されている。
「遅かったでござるか」
「ちっ、じゃあ野宿か」
「火起こしの心配が要らないのが、救いでござるな!」
「誰がライターだ、コラ」
ロロが的確なツッコミを入れる。分かりづらいけれど、実は仲がいい。
それよりも気になるのは━━
「襲ってきた奴らは、どうなったの?」
「一目散に逃げてきたので、そこまでは……」
村人は申し訳なさそうに、うなだれる。
「いえ、犠牲者が出なかったのが何よりだわ」
敵の勢力は、残念ながら分からなかった。
犠牲者なしの報告に、エラはホッと胸を撫で下ろす。
「この火事でやられた可能性は?」
「多分ないな」
ロロいわく、異形を焼いた時の臭いがしないらしい。
また追いかけてきている様子もない。
「じゃあ逃げたかもしれないね、どこかに」
「行ってみれば何か分かるかもしれんでござるな」
向かうより他はないみたいだ。
僕たちは馬車に戻り、村の方向へ進めた。
━━村は、その多くが焼け落ちていた。
まだ所々に火が残っている。
「しっかし、うまく焼けるもんだな」
家屋や倉庫はわざと密集して建てられ、魔王軍出現の年には屋根や柱に油を塗り、染み込ませるのだそう。
「村民達の覚悟の賜物ね」
「火の不始末で一巻の終わりじゃねぇか」
正気の沙汰じゃない、と周囲を見回す。
「あった、これだ」
ルーイが足跡を発見した。みんなそこに集合する。
「これは、また小鬼でござるか?」
「いや、大きな足跡がある、少し離れた所に」
ルーイ達よりも、かなり大きい。人の素足みたいな足跡だ。
「某の倍は、たっぱがありそうでござるなぁ」
「ということは、オーガかしら……」
「ちょっとは歯応えがありそうなのか?」
ロロは拳を平手で受け止める。チリチリと空気の焼ける音が強まったように感じた。
「ゴブリンたちとは比較にならないくらいはね」
エラは顔をしかめる。
僕たちは警戒を強めながら、慎重に足跡を追いかけていく。
すると、あるところで足跡が途絶えていた。
「ここは洞窟でござるな」
「大きいね、結構」
洞窟は大きく口を開けており、ひんやりとした空気が漂ってくる。
「暗くてよく見えないでござるなぁ、ロロ殿」
「誰が松明だ、コラ」
中は暗く、安定した光が必要だった。
「ごめんね、ロロ」
「……しゃあねぇな」
「ちょっと、扱いが違いすぎるでござらんか?」
ロロが手に宿した炎で照らすと、無数の石筍が天井から下がっているのが見えた。水がポタポタと垂れており、地面を濡らしている。
かなり奥まで続いており、全容を把握することはできなかった。
「鍾乳洞だね」
「この辺はいくつか鍾乳洞があると言われているわ」
「軍に任せて、放っておいてもいいんじゃね?
村も無くなっちまってるし」
確かにロロの言うとおり、先を急いだ方がいいかもしれない。
「どうだろうか。軍隊では相手しづらいかもしれない、ここに籠られてしまうと。
今なら奥まで行ってないだろうし、罠の可能性も少ない。さっさと倒してしまうのも選択肢かな、小回りの利く私たちで」
「野宿中に襲われるのも、事でござるしなぁ」
話し合いの結果、しばらく奥へ進んでみて、改めて判断する方針になった。
この選択が、僕たちの運命を大きく分けることになる。