第一話:勇者は暗澹たる世界から掬われる
“Nommusi……Nommusi……”
何だ、ここは。
真っ暗だ。
何も見えない。
“Nommusi……Nommusi……”
うるさい……頭に響く……。
“Seore HDL rowt neref……”
静かにしてくれ、疲れているんだ……。
“Fidra eppa!!”
その刹那、世界が黒から白に塗り変わった。
何が起こっているのか、見当もつかない。
周囲の突然の環境変化に目がくらんでいたのだと━━
数秒で視えていたのだろうが━━
脳が理解するのに随分と時間を要した。
それは何分にも、何十分にも感じられた。
まず見えたのは天井だった。
教会、いや城だろうか?
豪奢に飾られた円錐の天井は、シャンデリアの光を受けてまばゆく輝いていた。
寝起きに近い私には、正直鬱陶しかった。
のそりと身体を起こすと、次に見えたのは自分を取り囲む人、人、人……。
皆が皆、仮面をつけ、フードを被り、その表情をうかがい知ることはできなかった。
すると正面のフード達が左右に割れ、奥から女性が滑るように歩いてきた。程よく装飾された純白のドレスを身に纏い、後ろに黒服の少女を二人引き連れている。頭にはまだ靄がかかっていたが、一目で高貴な存在だと理解できた。
「あ、はじめまして、でいいんですか……?」
久しく喋っていなかったのだろうか、えらく上ずった声が出てしまった。
「ちょっと……頭が重怠くて、今一つ理解が……」
高貴な相手であれば、あぐらをかいて対面するのはよくないのだろう。本当に理解が追い付かない……。
しかし一方の彼女は、さもありなんといった様子で、表情ひとつ変えずにこう言い放った。
「かまいません、それが召喚酔いですわ」