第十六話:恋心
チェリャの多発複雑骨折というイベントの後は、修行はつつがなく進行した。
ロロは魔素の凝縮による中心温度の上昇
チェリャは魔素の鈍化、敏化に対する相互移行の円滑化
ルーイは連続突きの威力上昇
僕は大木を作る際に、特定の部位を選んで成長させることができるようになっていた。
あと、途中で分かったことは癒の力は物の修理には使えない、ということだった。ルーイの槍が折れてしまった時があり、癒術で治そうとしたのだけど、うんともすんともいかなかった。
「もしかしてダメなんじゃないか? 生命力が残ってないと」
「生命力?」
ルーイから意見があがった。
薪は伐られて間もないので、まだ生きている。だから成長させることができる。
一方の槍の柄は、木製だけど武器として長い年月が経っているから死んでいる。だから癒の魔素が働かないんじゃないかという説だった。
「なるほど、無機物だけじゃないってことか」
「私の力が使えるかもしれないね、逆に」
ルーイは魔素を込めた指で傷口をなぞる。すると周囲が灰色の物質で覆われた。
「これは、何をしたの?」
「貼り付けてみたんだ、土の中から鉛を初めとした金属を抽出して。
あくまで応急処置だけどね」
「━━今日はここまでじゃの。皆、上達が早くて助かるわい」
日が落ちる前の早々に切り上げとなった。
「明日には、制約なしで魔法を使用してもらうからの。ゆめゆめ、今日のような無茶はせんように」
しっかりと釘を刺された。
……本当に大丈夫だろうか。
「そしてそこで修行は終いじゃ。後は実戦で学んでもらう感じじゃな」
「そりゃ助かる。こんなところに何週間も通うのは飽きるわ」
ロロさん、ここに三ヶ月先輩がいらっしゃるんですけど!
「あ、あのエルム姫……」
「気にしないで。流石に貴方達は規格外すぎて比較しようとも思わないわ。それに私は私よ」
━━王城の食堂で夕食を済ます。もう少しで食べられなくなるんだよな。ちなみにオニオゥのスープが今日のベストだった。
食堂を出たところで肩を叩かれた。振り返ると第二王女、エラが立っていた。
「やっ」
「やぁ」
「食事中、私の方を見ないようにしてたでしょ」
「してない」
してた。
努めて表面上は平静を装う。
「傷つくなぁ」
「チラチラと他の人を見ながら食事する方が不自然だよ」
「私は見てたよ」
「何でさ」
「ヒロが見てくれないから」
どうして、こう恥ずかしいセリフを連発してくるのさ。
「で、反抗期の子供をイジりにきたの?」
「違うよ。エルムから聞いてない?」
何か言われたっけ━━と朝のことを思い出す。
「あぁ、アクセラのこと?」
「そうそう。導師様、やっぱりアクセラって言ってるんだ」
「呼ばないの?」
「導師様が言い出しっぺなんだけど、私たちは有り難みが薄れるからって正式名称で呼んでるの」
「そんな事情が……」
割とお茶目なんだな、導師様。
「まぁ、それはおいといて。宝物庫を案内するように言われたから、行きましょ?」
「うん、よろしく」
エラに半歩遅れて付いていくと、連れてこられたのは玉座の間だった。エラはランプに火を灯すと、中に入っていく。
「ついてきて」
玉座の間は灯りが消され、窓から差し込む光だけが中を照らしていた。
「段差があるから、気を付けてね」
そのまま玉座を通りすぎて進んでいく。そして奥にある壁の前で立ち止まった。
エラの頭より少し高い位置に、角を生やした鳥の頭のようなオブジェがランプによって照らし出される。
“Emase…snep…o…”
手をかざし、エラが呪文を唱える。鳥の眼が妖しく輝き、壁が音もなく横へスライドしていった。
「隠し部屋!」
「入って。ここも暗いから気を付けてね」
ランプと、映し出される横顔を頼りに進む。
「今、灯りを点けるから待ってて」
壁に備え付けのランプへ火が灯されると、徐々に部屋の全貌が明らかになっていく。
物語で見るような財宝の数々がそこにはあった。
「すごい」
隠し部屋に、金、宝石!
男心が踊らずにはいられなかった。
「口開いてるよ」
思わず口に手を当てる。
「男の子って、そういうの好きよね」
「……否定はしない」
「ちなみに、ここのは全部魔術具だから、迂闊に触らないでね」
そうなのか、少し残念。
「この宝石もそうなの?」
アクセラとは違う宝石が目に入った。
「それは一般的な宝石に低級の魔術回路を組み込んだものよ。魔力を込めて投げるだけで、使い捨てなの」
「ふーん」
そういうのもあるのか。
「アークセイントライトはこっちよ」
重厚な宝物箱を開けると、見覚えのある深緑の宝石が見えた。
「どんな回路が込められてるの?」
「そうね、例えば……。
これは魔素を腕に固定するものね」
エラが魔力を込めると腕が氷で覆われた。
「ガントレットみたいだね」
でも他の勇者達は素でやってるもんな。あんまり必要なさそう。
「武器や防具みたいなやつばっかりなの?」
「そうね、ほとんどは戦闘を有利にするものばかりよ」
魔法を武力として使えるのが最優先ということか。いずれは勇者に頼らない世界を目指しているのかもしれない。
「普段使いできそうなのはある?」
「んー、そうねぇ」
一つ一つ手にとって品定めをしていく。
「なんか、デートで服を選んであげてるみたいね」
「また、そういうこと言う」
やっと恥ずかしさが取れてきたのに。
「まぁ、買い物とかしたことないんだけど」
「そうなの?」
「服を選ぶのは、専属がいるから」
「そっか、ごめん」
「いいよ。
でも小説とか読んでるとね、たまに憧れちゃうな」
エラは少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべた。
「魔王を倒して平和になったら、お忍びで行ったらいいんじゃない?」
「できるかなー」
「できるよ」
頭をわしゃわしゃと撫でられた。
「あ、これなんかどう? 声を大きくするやつ」
「拡声器だね。どのくらい大きくなるの?」
「込める魔力次第ね」
ダイヤ型のアクセラがペンダントに加工されていた。
「助けを呼ぶのに使えるかも」
「遭難する前提なの?」
「他には?」
「あとはこれかな、透視鏡」
それは丸いレンズに金のフレームが縁取られており、一角に小さなアクセラが嵌め込まれていた。服に留めるクリップがチェーンの先に付けられている。
エラは目に嵌めてみせた。
「結構スゴいものらしいんだけど、相当な魔力が必要らしくて、誰も使えないんだよね。
もしかしてヒロなら使えるんじゃないかな」
試しに目に当ててみる。
「あれ」
角度を変えてみたりするけど、すぐに落ちてしまう。
「どうやって、固定させてたの?」
ほら、と苦もなく付けてみせたが、よく見ると眼窩に嵌め込んでいた。
「これ子供には無理なやつじゃない?」
「そうかも」
仕方ないので手で持つことにした。テーブルクロスを見ながら、力をそっと込める。
しかし、あまり変化がなかった。
確かに結構魔力を使うのかもしれない。徐々に魔力を強めていく。うっすらとテーブルクロスが透け、テーブルの天板が見えるようになった。
「あ、見えた見えた! 本当に透かせるよ、これ!」
「本物だったんだ、それ」
嬉しくなり、そのままエラの方を見る。
「!」
慌てて透視鏡を目から離す。
「どうしたの?」
「何でもない」
ネグリジェ姿のエラが、不思議そうに僕の顔を覗き込む。
「ふーん」
「……」
顔を離そうとして、目をそらす。
不意にぐっと肩を引き寄せられる。
「……エッチ」
「━━━━!」
地面に座り込み、膝を立てて顔を埋める。そのまま黙りこんでしまう。
「ねぇ」
返事は返さない━━というより返せない。
「ごめんってー」
申し訳ないけど、顔を上げられない。鼓動がうるさい。
何も知らない土地にいきなり放り込まれて
美女にあざと善い行動を連発されて、
世の男性で、この気持ちに抗える者は存在するのだろうか。
ようやく顔を上げると、本気で心配そうな彼女の顔が見える。
「……さっきのどっちもくれたら、許す」
「え、いいよ。どっちも使ってないし、多分」
アクセラって確か貴重品だよね? そんなあっさりでいいのか。
「というか先に恥ずかしい思いしたの、私よね。おかしくない?」
「あ……」
「まぁ、欲しいのをあげるつもりだったから、いいんだけど」
ペンダントをかけてもらい、透視鏡を手渡された。
「他の女の子に使っちゃダメだからね?」
「やらないって!」
━━エラと別れたあと、ボーッとしながら人気のない廊下を歩いた。
部屋に戻るとリンさんが、扉の前で待っててくれていた。
「お帰りなさいませ」
ずっと待っててくれたのだろうか。
「遅くなって、ごめんなさい」
仕事ですから、とあっさり返された。
「それはアークセイントライトですか?」
「冒険の餞別で渡されたんです」
そういうことにしておいた。
「よくお似合いです」
「あ、ありがとうございます」
もう一つ、ポケットにしまった餞別の品を思い出す。
“他の女の子に使っちゃダメだからね”
いや、使わないから。
頭をブンブンと振って邪念を飛ばす。
部屋に入ると、窓際のテーブルに置いてあるポットを手に取る。カップに注ぎ飲み干すと、冷たく甘酸っぱい液体がカラカラの喉を流れていく。
ランプを消すと窓の外が少し明るいことに気づいた。月が出ていたのかと思い、窓際に戻る。
出迎えてくれたのは満天の星空だった。
この世界は星が明るく見えるんだな。昨日も晴れていたはずだけど、気づかなかった。
そういえば勇者の報酬で王配にもなれる、と言われていた。
そしたら、
もし冒険から帰ったら━━
彼女を買い物に誘うくらいは許してもらえるだろうか。