第十五話:時術士も躊躇わない
「ワシの話聞いとった?」
「いや。だって現時点の最大を知らないと、どれだけ押さえ込めたか分かんねぇじゃん」
「一理ありますね。この程度ではこの空間も壊れないでしょう?」
「まぁそうなんじゃが、一応注意してもらえると助かるの」
「では私の能力の確認も兼ねて……」
ルーイは槍を構えると、静かに半身を引いた。
「はああああぁっ!」
引いた半身を突き出すと、足元の地面がぐらついた。
さらに湖畔に向かって、一直線に大地が隆起していく。最後に一際大きな衝撃と共に、湖の中に小高い丘を作ってしまった。
「やはり、私の魔素は“土”で良さそうだね」
「どうして分かったの?」
「最初の時点で空気中の砂埃を纏っている感覚や、足下から魔素が上がってくる感覚があったからね」
僕も含めて反応は三者三様だった。
ロロは素直に感心しているし、チェリャはとてもウズウズしている。
「今回の武器は大丈夫そうでよかった」
槍はしっかり原型を留めていた。
「次は某にやらせてくださらんか!?」
導師は諦めたように頷いた。
「では!」
応じた瞬間、忽然とチェリャの姿が消えた。
「え!?」
周囲を見回すが、やはり姿はない。
「上だね」
「はぁ!?」
ルーイの呟きに、皆が一斉に空を見上げる。すると虫みたいな点が急速に近づいてくるのが見えた。
「━━ぃぃぃぃぃぃいいいいやあああっ!!」
ルーイが作り出した丘に真っ直ぐ落下すると、素手で木っ端微塵に砕いてしまった。衝撃は水面まで達し、打ち上げられた水はシャワーとなって降り注いだ。
エルム姫は座り込んでしまっているし、導師はシャワーしたてのトイプードルみたいになっていた。
しばらく様子を見ていると、水面でバチャバチャと飛沫を上げる人影が見えた。
しかし、その場を移動することは無かった。
最初に気づいたのはルーイだった。
「もしかして彼、溺れてないか?」
「マジか」
「今助ける!」
僕は切り株の上に置かれた薪を引っ掴むと、地面に置いて━━ありったけの力を込めた。あの時見た緑光が溢れだす。
「なんと……!」
ただの薪から沢山の根が伸びだし、あっという間に一本の大木に成長した。
「ルーイ!」
「分かった!」
僕が飛び退くと、すかさずルーイが走り寄ってくる。
大木に連続して突きを繰り出すと、太い幹が鉛筆のように削れていく。支えを失った大木は湖の方向へ倒れていき、チェリャのすぐ側に、その体躯を横たえた。
チェリャが幹に掴まったのを確認し、ルーイとエルム姫が救出に向かった。
━━戻ってきた彼を見て、泳げなかった理由を知ることになる。
「おいおい……」
ロロが苦虫を噛み潰したような表情をしたのも無理はない。
二人に抱えられたチェリャの両足はありえない方向に曲がり、右腕も力無く垂れ下がっていた。その肘からは折れた骨が露出していた。
「何でこんなことに!?」
「いやー、面目ない。魔素の敏化による身体狂化と、鈍化による強化を試みたのでござるが、鈍化のタイミングが、ちと遅れてしまったようでな
危うく土左衛門でござる」
「なんでそんな無茶を……」
「それは、ヒロ殿がいたからでござるよ」
「え?」
チェリャを地面に横たえる。
「導師は?」
「小屋に置いてあるポーションを取りに行ったよ」
ルーイがロロから状況を聞いている間に、僕は治癒に取りかかる。チェリャは続けた。
「癒の勇者がいれば何とかなるかな、と」
「まだ人を癒せるか試してないのに━━。変な風にくっつくと困るから、ちょっと痛むよ!」
手伝ってもらいながら足と腕を正位置に戻す。
「大丈夫でござるよ。勇者は回復力が強いそうであるし。それに実験体がなければ、癒の力も試せないでござろう?」
「いくら勇者の力やポーションがあっても、無くなった物は戻らないわよ。
良かったわね、繋がってて」
「え、そうなんでござるか?」
「勘弁してよ……」
エルム姫から大事な情報を聞かされる。今度からはやる前にちゃんと確認してほしい。
まず肘の傷をよく確認する。水の中だったからか、特に汚れてないみたいだ。水筒の水でよく洗う。
「あいたたた」
「我慢して」
最初は加減しながら、力を送ってみる。それでもみるみる内に傷口が閉じて行くのが分かった。
「うん、行けそうだ」
「それは良かった」
流石のルーイも焦った表情を隠せていなかったけど、少し安堵したようだ。
腕の形を確認しながら、更に治療を進める。
「なんか、腕の中心からむず痒い感じがするでござる」
「動かないでよ」
「どんな塩梅じゃ?」
ポーションを手に戻ってきた導師ドニが覗き込む。
「もう腕も繋がったみたいで、大丈夫そうです」
「ではこれは最後にするかの」
腕のぐらつきも無くなったため、両足に取りかかる。
「ヒロ殿はきっと優しい御方だったのでしょうなぁ」
「えっ?」
突然そんな言葉を投げ掛けられた。
「そうでござろう?
こんな素敵な力を望んでおられたのでござるからなぁ」
“転生前に最も望んだ力を、得ているはず。”
玉座の間で言われたことがフラッシュバックのように蘇る。そうだ、転生前の僕はこの力を望んでいたはずだ。
「きっと皆も正義感が強かったんだろうね」
「さて、どうだろうね」
そう答えたのは誰だったか。
とりあえず治癒が終わると、チェリャは急に元気を取り戻した。
「いやぁ、かたじけない。この御恩は一生忘れないでござるぞ!」
「くっついたばっかりなんだから、ちょっとは大人しくしててよ」
「大丈夫じゃとは思うが、一応これも飲んでおきなさい」
「承知した!」
導師からポーションを受けとると、ラッパ飲みの姿勢で一気に飲み干す━━ことはなく、その体勢で動かなくなった。
もしかしてと思い、エルム姫に問う。
「……ちなみに味は?」
「すごく不味いわよ」
良薬は口に苦しだった。