第十四話:炎術士は躊躇わない
「んー!」
庭で伸びをする。今日も天気は良さそうだ。
「でも、また塔で修行なんだよな」
室内(ぽくない室内)で修行なので、いい天気もあまり関係がない。
「おはよう、皆の衆!」
「今日も元気だね」
またいい汗をかいている。衛兵さん、ごめんなさい。
「昨日も興奮して眠れなかったでござる!」
「旅行前の子供か」
ロロから的確なツッコミが入る。
━━馬車で爆睡するのも、しっかり旅行中の子供だった。
「今日は荷物が多いんだね」
「それは着いてからのお楽しみね」
━━塔に到着し、昇降機で最上階に向かうと、導師が待ち構えていた。
「おお、待っておったぞ。依頼した品も持ってきてくれたようじゃの」
「はい」
「ずっしりしてますなぁ」
「昇降機に乗って良かったね」
ルーイの荷物は斜めに傾けて、ようやく積み込むことができた。
「修行場に着いたら、開けてみなさい」
導師が指を鳴らし、昨日の湖畔にたどり着いた。
チェリャが早速包みを開ける。
「ほほう、これは!」
取り出した物は、十センチ強ほどある鉄串だった。
「昨日の串焼きに使ったやつの短い版でござろうか」
「それだったらウチの厨房にもあったからね。お願いして貰ってきたの」
「本当は鉄の円盤もあれば良かったのじゃろうが、流石にそこまで都合のいいものはなかったらしいの」
まだ袋の中に荷物があることに気づいた。
「底に短剣も入ってるよ」
「それは武器庫にあったやつを適当に見繕って持ってきたわ」
「これもそうかな」
ルーイの持ってきた長物は、木製の柄に15cmほどの穂先がついた、飾り気のない素槍であった。
「流石にいつまでも草や木の枝では格好がつかんからの。姫に言って持ってきてもらったんじゃ」
「俺には無し?」
「何か必要じゃったか?」
ロロは、んーと少しだけ考えるそぶりをした。
「いらね」
今でも充分と判断したのか、ごちゃごちゃ道具が増えても面倒くさいと思ったのか━━不要と結論づけた。
僕も何か欲しいものがなかったか、思考を巡らせる。
「あ、例えばアクセラとかは?」
「ふむ。新しく作るのはちと時間がかかるが、既にあるものなら……。どうじゃ、姫?」
「現状で使い途が無くて、宝物庫に置いてあるやつなら。今日帰ってから━━」
私が、と言いかけてから、ハッと閃いた顔をする。
「エラお姉様が凄くお詳しいから、一緒に選んでもらうといいわ!」
「あの」
「何か?」
目を輝かせている所に申し訳ないけど。
「何か別の意図を含んでない?」
「……無いわよ?」
一拍の間があったよね、今。嫌な訳じゃないけど、正直気まずい。
「エラ姫は、嫌じゃないのかな?」
「あら、それはないと思うわ」
今度は意味深な笑みで返された。
お姉様のことをお慕いしてるんですよね? 信じますからね?
「何かあったでござるか!?」
旅行中の男子学生よろしく、首を突っ込んできた。
「いや、そういうのいいから。ほら、とりあえず修行を始めよう!」
それが今はありがたかった。
「では、ここで魔素についても少し話をしておこうかの。この世の全ての現象は魔素によって起こる。特定の魔素に干渉し、奇跡を起こすのが魔法じゃな。
分かりやすいのは、例えば火の魔素を使うロロの炎術じゃな。
エルムの風術も、まだ分かりやすいかの」
「某やルーイ殿は何なのですかな?」
「ルーイはまだ何とも言えんな。風とは、ちと違うようじゃ。
チェリャ、お主は恐らく時の魔素ではないかと思っとる」
「時の流れも魔素なんですか!?」
本当に何でもありだな、魔素。
「そうじゃな。じゃが時の魔素は元に戻ろうとする傾向が非常に強い。瞬時に効果が切れることに注意せねばならん」
「石や草が硬質化したのは、時の魔素を鈍化させたのが要因でござるな。なるほどなるほど」
「うむ、理解が早くて助かる」
「では逆も然りですな」
ルーイの扱う魔素については、一旦保留となった。本人は何となく察しがついていたみたいだけれど。
「そして問題の癒の魔素じゃが、非常に複雑なんじゃ。動植物の治癒力や成長に関与することは分かっておる。しかし単一のものと見なしてよいのか、複数の魔素の集合体なのか━━未知な点が多い。
そして他の魔素とは違い、回復薬として特定の植物から抽出可能なんじゃな。しかも安定性が高く、瓶詰めでの長期保存が可能じゃ。
結果として、現状で満足しているが故に研究が進まないんじゃよ」
「そうなんだ。この力をどう使うか、自分で考えなきゃいけないんだね」
この力を得た意味を、自分自身で見つけなきゃならない。
不思議と笑みがこぼれる。多分嫌いじゃないんだ、こういうの。
「とりあえずあれだな。ヒロがいれば回復には困らないってことだろ?」
「そういうことかな」
「荷物が嵩張らなくていいな」
「本当に君って奴は……」
ルーイの呟きに、ロロは何か変なこと言ったか? と目を瞬かせていた。
「大丈夫だよ。気遣いありがとう、ロロ」
今なら分かる。不器用だけど、ロロなりのフォローなんだ。
たった数日だけど、濃密な時間が僕たちを仲間へと昇華させようとしていた。
「さて、何となく魔素について理解できたところで、修行開始じゃな。
今日はなんと、いきなり500分の1で練習してもらうからの。力の抑え方をしっかり学んでもらうこととしよう」
ドニがペンダントを回す。
「よっしゃ」
回し終わるや否や、ロロが火の魔法を解き放った。
特大の火柱があがり、熱風が吹き荒れる。湖面は熱気により、急激に沸騰し、大量の水蒸気を発生させた。
一部焦げて、より一層チリチリになった髭をさすり、導師は嘆いた。
「ワシの話聞いとった?」