第十三話:不自由な魔法の世界
導師が指を差した先を見ると、植物の芽が顔を出していた。
ロロが指差して確認する。
「これは凄いのか?」
「癒の力は非常に稀な能力と言われておる。謎も多く、効果は未知数じゃ」
「珍しいのは分かった。役に立つのか?」
「分からんのじゃよ」
「癒しってことは、皆が怪我すれば治せるってこと?」
思わず僕も尋ねる。
「恐らくはな。じゃが、勇者達は元々回復力が高い。
それに加えて、回復の為のポーションや治療薬は十二分に用意があるんじゃ」
「私も伝承を学んでいるけど、癒の力を持った勇者は聞いたことがないわ」
「じゃあ、役立たずなんじゃねぇ?
勇者はいつも通り三人で、ヒロはおまけってことで」
少し空気がピリッとした
「そうかもね。あんまり敵を薙ぎ倒すような想像ができなくって。勇者向きじゃないのかもしれない」
「ちょっと早いんじゃないかな、そう決めつけるのは。使い方次第だと思うよ」
やっぱりルーイは優しいなぁ。ちょっと気落ちしてたのが、それだけで救われる。
「そうでござるよ。抑制されてコレなら抑制を解けば、それなりのことができそうではござらんか!」
なんかフワッとしてるけど、フォローありがとう。
「しばらくは色々試してみるよ」
結局その日は薪にたくさん芽を生やすことができた。まるで地上のイソギンチャクみたいだった。
━━日が暮れ、焚き火を囲む。鍋が吊り下げられ、野菜を動物の乳で煮込んだ料理が作られていた。串に刺さった小動物の肉も炙られ、匂いが合わさって食欲を煽られた。
「さて、改めてこの世界における魔法の存在というものを話しておく必要があるの。少し長くなるが、我慢しておくれ」
導師ドニは、ゆっくり語り始めた。
パチパチと薪の弾ける音が間を埋める。
「魔法とは魔力を持った者が魔素を操ることで、実世界に変化をもたらす。
というのは、これまでの話や体験で何となく理解したことと思う」
四人の勇者は一様に頷いた。
「この世界に魔力を持つものはごく一部じゃ。平民にはまずおらん。
さらに個人の力では、ごく原始的な術しか使うことができん。効率も悪く、日常生活で利用することすらままならん。戦闘で使うなど、もってのほかじゃな」
知らなかった。ありふれた世界じゃなかったんだな。この世界に来てからは魔法が当たり前に存在していたけど、そもそも特殊な環境だったみたいだ。
「魔素を操ることができる量は、そのまま本人の魔力に依存する。魔力は生まれ持った時に決定しており、今回のような特訓でも変化する量は微々たるものじゃ。操る技術の効率化により、倍程度までは引き出すことができるがの。
エルム姫のように魔素を纏めて飛ばせる程になるのは、王族や高位貴族がほとんど、と考えてもらってよい。特にクリフィス一族は例外じゃ」
エルム姫は、導師様もね、と付け加えた。
「そして更なる例外━━規格外と言った方がよいかの。
桁違いの魔力を持った者がおることが、古文書から分かった。お主ら、外界から召喚されし者じゃな」
導師は、僕たち一人一人の目を見つめてから続けた。
「先にも述べた通り、ここでは勇者達の魔力を抑え込み、魔力放出する技術を学んでもらうことが最大の目的じゃ」
「なるほど、原子力もそのままなら無差別な原子爆弾。取り出すエネルギーを調整することで、日常生活に落とし込み、無駄なく力として使うことができる、と」
「なるほどな、ちょっと理解できた」
エルム姫は謎の単語にキョトンとしているけど、ロロは合点がいったみたいだ。
「役立たずなんで、これくらいはね」
「だーから、悪かったって。つい思ってることを言っちまうんだよ」
本音ではあるんだよね。
思わず苦笑が漏れる。
「でも言ってくれてよかったと思うよ」
きっと誰かが言わなければ、僕一人でわだかまりを抱えていただろうし、チームとして良くなかったと思う。
「しかし……それならばこの空間や召喚といった複雑そうな魔術は、どうやってるでござるか?」
「それを可能にしているのが、この宝石━━アークセイントライトじゃな。長くて言いづらいので、ワシはアクセラと呼んでおるが」
導師ドニは胸に提げたペンダントを掲げてみせた。そこには一際大きなアクセラが留められている。
「この宝石には特殊な技術により、特定の魔術を使うための回路が組み込まれておる。魔力を込めることで、自動で発動してくれる訳じゃな」
「では、それを大量生産すれば?」
「そうもいかんのじゃよ。これは精霊国にある霊樹から採れるんじゃが、ここまでのサイズになると百年単位の時間を要する。
また術式を発動できるかどうかも、使用者の魔力に依存しておる」
「私たちは魔法と聞くと万能な印象を受けますが。非常に使い勝手が悪いのですね、実際は」
「左様。じゃから勇者の存在を知られるまで、あまり研究も進んでおらんかった。ここ二百年で急激に進歩したんじゃよ」
導師はゆっくり立ち上がると、鍋と串焼きを皆にとりわけた。
ロロは串焼きを僕に回した。
「たくさん食わねぇと大きくなれねぇぞ」
「あ、ありがとう」
「明日の準備もあるしの、魔素についての説明は明日にするかの」
シチューはシンプルな味だったが、串焼きを入れるとコクが出て美味しかった。