第十二話:勇者の才能は一足飛びに開花する
「導師様!?」
「勇者達と姫とでは、抑制の意味が異なる。姫の場合は魔力を底上げする為じゃが……。
勇者達は桁違いの魔力を抑えつける為じゃ」
「やってやろうじゃん」
「どうするのか分かってるでござるか?」
「ただ願い、想像すればよい。あそこにある薪を砕きたい、と」
「へっ、こうだな!」
ロロは右腕を大きく振りかぶる。そして引ったくるように手で空を裂いた。
「消えろ!」
薪は、
微動だにしなかった。
「……」
あー、これアレだ。めっちゃ恥ずかしいやつだ。
「ドンマイ、ドンマイ!
たまたま上手く行かなかっただけだ。切り替えていこう!」
ルーイさん、お願い。今はそっとしてあげて。
エルム姫も気まずそうに視線を逸らした。
「失敗は成功の母でござるz━━ブぇっ!」
ロロのボディが的確に入った。
「なんで某だけぇ……?」
ガクリと崩れ落ちる。
「次、お前やれ」
「まぁ、そう言わずに。挑戦してみなよ、もう一度」
「や れ」
有無を言わさぬ迫力に流石のルーイも折れたのか、
「了解、了解」
やけにあっさり了承した。
ルーイは先程のロロが居た位置に代わって立つと、小さく腰を落とし、大きく右半身を引いた。
一拍置くと一気にその身を捻り、右腕を前に突きだす。
一連の動きがあまりに美しくて、目を奪われてしまった。皆がそうだったのだろう。誰も薪がどうなったか、結果を追う者は居なかった。
「合格じゃ」
━━導師ドニを除いては。
薪を見ると、薪には卵大の真円の孔が空いていた。
あんぐり口を開けていたロロが我に返り、ルーイに詰め寄った。
「お前、昨夜練習してただろ!?」
「まさかそんな」
「嘘つくなよ」
「本当だって」
後で真実を聞いておこう。
「ところで、さっきの動きは何か武器を使ったように見えたが?」
「ええ、イメージしました、一本の槍を突き出すように」
「なるほど、では……」
導師は近くに落ちていた小枝をルーイに放った。
「これを持って、もう一度やってみなさい」
小枝を受け取ったルーイは軽く頷くと、先程と同じ体勢をとった。
「はっ!」
今度は見逃さないように、枝先から薪までの空間を真剣に見つめる。すると指先で小さな破裂音がしたかと思うと、その先の薪で大きな爆発が起こった。
「凄い、凄いよルーイ!」
「そういうことか」
「どういうことだよ」
手に視線を落としたルーイに、ロロが疑問を投げかける。
「最初は魔素を集め、一度槍のイメージに落とし込んだ後に、それを放出する、と段階を踏んだ上で攻撃を行ったのじゃろう。
じゃが、手に武器の代わりとなるものを持ったことで、余計な想像力を要しなくなったわけじゃ」
「うん。物凄くスムーズだった、力の流れが」
手には千々に裂けた小枝が握られていた。
「流石に小枝では受け止めきれんかったようじゃな。ちゃんとした武器を持てば、より効率よくなるじゃろう」
「なるほど、道具を用いてもよいのでござるなぁ」
チェリャが急に背後から現れたので、びっくりした。
ケロッとしている所を見ると、さっきの腹パンチは大したダメージでは無かったのだろうか。
「では某は、これで……」
引き抜いたのは、その辺の草だった。それを指に挟むと、薪の方へ放った。
━━スコココーン
小気味いい高温を響かせ、草が薪に突きたった。
「いやぁ、草ではこんなものでござるなぁ。失敬、失敬」
事も無げに、とんでもないことをやってみせていた。
勿論草が固いわけではない。重力に従い、力無く垂れ下がっているのが、何よりの証拠だった。
次に平たい石を拾うと、頭の横まで振りかぶった。
「せぃやあっ!」
力一杯に投擲された石は薪を一刀両断し、奥の湖面で数回跳ねて沈んでいった。
「やはり、平たい石はよく跳ねますなぁ! 結構、結構!」
「合格じゃ。しかし変わった魔術を使うのぉ」
突っ込み所は多いけど、魔法のセンスが抜けて高いことはよく分かった。
ただの変な人ではなく、底の知れない変な人だ。
「何か道具を使った方がいいのか?」
「相性の問題じゃな。無理に道具を使っても、無駄な工程が必要になるだけじゃから、思い付かんならやめておいた方がよいの」
「なるほどな」
ロロは再び薪の前に立つ。
「ハゲに先越されたのは、ちょっとムカつくからなぁ」
今度は両腕を横に広げて、構える。
「片手でダメなら、両手ならどうよ!」
両手で同時に空を裂く。
その刹那、目の前が閃光に包まれた。空気の温度が急上昇し、肌がひりつく。爆炎が巻き起こり、消えていった。
「ははっ、どうよ!」
「んー、不合格じゃな」
「何でだよ!?」
胸を張っていたロロが、ガクッと姿勢を崩す。
「薪は周りがちと焦げただけじゃ。見た目は派手じゃが、まだ効率が悪いの。もっと薪の周囲に集めるようにするんじゃ」
「━━分かったよ。今度は消し炭にしてやる」
「みんな、凄いな」
思わずぽつりと漏らす。
横を見ると、エルム姫が頬をぷくーと膨らませていた。
あぁ、先輩タイム……一瞬で終了しちゃったもんな。
「導師様は凄い方だね。指導が的確で、あっという間にみんなの能力を引き出しちゃった」
「そうなの、素晴らしい方なのよ」
少し機嫌が良くなったようだ。今まで頑張ってきたのに、才能だけで飛び越えていかれるのは、釈然としないものがあるだろう。
エルムも凄いよ! というのは気休めにしかならないように感じた。
「エレノア姫やエラ姫も、ここで修行したんだよね?」
「私はエラ姉様の修行を見たことがあるけど、とても美しかったわ。
エレノア姉様も才能だけじゃなくて、凄く努力して、王族に相応しい魔術士になられたそうよ。私も出来ることをやらないと」
余計な心配だったかもしれない。
「おい、何まったりしてんだよ。お前もやるんだよ」
「えっ」
よく見ると、薪と切り株があった所は黒い更地になっていた。
少し離れたところでは、ルーイとチェリャが一対一で訓練を始めていた。
エルム姫は行ってらっしゃい、と送り出してくれた。観念して、設置された薪からやや離れて立つ。
薪を見据える。
けれど、
イメージがこれっぽっちも湧かないんだ。
薪を砕きたいって何だよ。斧使おうよ。
静かに目を閉じる。
試しに、銃を構えるフリをしてみた。駄目だ、実感が全くない。
掌を前に向け、両手を重ねる。命名の儀式で感じた、力の流れを思い出す。
あの感覚を手に逆流させる。
ゆっくりと息を吐き出す。
そのまま前に……前方にあるはずの標的に向かって……
━━そうっと目を開ける。薪は、健在だった。
「何も変わってねぇじゃん」
「ロロ殿、よかったですなぁ!」
「何がだ!」
いつの間にかルーイ達も手合わせを止めて、様子を見に来ていた。導師ドニは薪をしげしげと眺める。
「なるほど。お前さんは、癒の能力者じゃな」
指を差した先を見ると、植物の芽が顔を出していた。