第十一話:エルム姫は、湖畔で薪を砕く
少し先に目を向けると、丸っこい男性が楽しそうに水やりをしていた。
「おはようございます、導師様」
「おはよう、エルム姫。それと……今代の勇者達」
導師はこちらを振り向くと、挨拶を返してきた。
焦げ茶色でチリチリに捻れた髪と髭が、一緒になって顔を覆っていた。
「これが導師?」
「初めまして、よろしくお願いいたします」
「話はエリー聖王から聞いておるよ。ワシはドニ・フルール。
皆からは導師と呼ばれておる。が、正直なところ過分な名前じゃな」
「ご謙遜を」
エルム姫は、“これ”と呼んだロロをチラリと見る。見られた側はどこ吹く風、と流してしまう。
「謙遜ではないよ。長く生きた分、近道を知っておるだけじゃ。
……さて、ついてきなさい」
水やりを終えると、奥へ歩きだした。エルム姫と四人の勇者が後に続く。
蔓の垂れた狭い通路を抜けると、急にだだっ広い草原に出た。
「これは、驚いたね」
「入口が消えてやがる」
「外に出たわけではないよ。ここは間違いなく塔の中じゃ。
ただ、空間を拡げておる。魔法の訓練をするには、元の空間では足りんでな」
さて、と導師が指をパチンと鳴らすと、周囲の景色がグニャリと流れた。
目の前に湖が広がり、湖畔に木造の小屋が建っている風景に移動させられた。焚き火がパチパチと音を立てている。
「何だぁ、キャンプでもしろってのか?」
「これは擬似的に魔素の混在した状況を作り出したものじゃ。
さて、修行は実際にやってみてもらった方が早いんじゃが」
ドニはぐるりと見回すと、エルム姫で視線が止まった。
「折角じゃし、先輩にお手本をしてもらうとするかの」
「はい」
切り株の上に、太い薪が忽然と姿を現した。
「何、難しいことではない。これを魔術で破壊してくれればよい。
ただし……」
ドニがペンダントについた深緑の宝石、アークセイントライトを回転させる。体全体にかかる重力が、増したような感覚に襲われた。
「今、この領域にいる人間の魔力放出量を、200分の1に減らす術式を発動させた」
エルムは頷くと、静かに構える。そして、指を伸ばした手で鋭く二回の突きと蹴りを繰り出した。
「はっ、はっ、やっ!」
その指先、足先から空気の歪曲が出現し、薪へ向かって一直線に飛んでいった。三回の亀裂が入り、薪は二つに分解された。
「ワーオ、素晴らしいね!」
ルーイから歓声が飛び、僕とチェリャは素直に拍手した。
エルム姫は、またほっこりしていた。
「これ、すごいのか?」
「スゴいでござろう! 魔法でござるぞ!?」
「しかも本当はこれの200倍の威力があるってことでしょ?」
そこの小屋くらいなら、簡単に吹き飛ばせそうだ。しかしロロは若干不満げな表情を浮かべる。
「てっきり木っ端微塵になるのかと思ってたわ」
「派手な魔法が見たければ、抑制を緩めればよい」
割られた薪は隣の焚き火にくべられ、新たな薪が出現した。
「この凄さは、この世界における魔法の知識がなければ分からんじゃろうが……。それを説明すると長くなるでの、まずは試してみるのがよかろう」
話を聞くや否や、ロロは袖をまくり一歩前に出た。
「何でもいいぜ。さっさと終わらせてやるよ」
(多分ロロ殿もやりたがりでござるよな?)
(うん、ウズウズしてる気がする)
「聞こえてんぞ、ハゲ」
僕とチェリャの内緒話は、バッチリ聞こえていたらしい。
「さて、勇者達は初めてじゃからな。ここは、ほどほどにして━━」
導師ドニは再びペンダントの宝石を回す。
「きゃっ!?」
今度は露骨に、全身の倦怠感が強くなった。
「50000分の1くらいでよかろう」
導師はニッコリと笑みを浮かべた。




