第九話:宝石の魔法、少女の魔法
「ヒロ様、夕食の準備が整ったようです」
ハッと窓を見ると、すっかり日が落ちていた。
いつの間にか手元にもランプが置いてあり、リンさんが置いてくれたものだと気づいた。相当集中していたらしい。
「ランプ、ありがとうございました」
リンさんはいえ、と頭を下げる。
「ここは片付けておきます。食堂までの道は覚えておられますか?」
「大丈夫です!」
力こぶを作ってみせた。
その二の腕はなだらかであった。
「いってらっしゃいませ」
パタンと扉が閉まる。
雨の音だけが響く廊下からは、人の気配を感じなかった。また一人取り残されたような既視感を与えられた。
夕食は昨日と同様に、フルコースで振る舞われた。料理は全く違う素材と味付けで、ロロの苦手な物はしっかり取り除かれていた。
王女達はフォーマルなドレスから、ややカジュアルな部屋着に着替えていた。
クリーム色のルームドレスを着たエレノア姫から声があがる。
「では、この後の流れを説明させていただきます」
「いよっ、待ってましたぞ!」
「そういうのいいから」
エレノアは特に気にすることもなく、そのまま続けた。
「先に行われた天名授与の儀式は、名前を獲得するだけではございません。儀式の際に手を重ねていただいた宝石は、アークセイントライトと呼ばれる強い魔力を持ったものです。
皆様の秘められた能力を開花させるため、繋がりを強くする術式が込められています」
「ちなみにアークセイントライトの深緑は、国家の色、ナショナルカラーになってるのよ」
エラ姫はツンツンと耳元のピアスを指差した。
エレノア姫はネックレス、そして━━
エルム姫はぷいっとそっぽを向いてしまった━━訳ではなく、ツインテールの根元についた髪飾りを見やすくしてくれた。
彼女達のアクセサリーには、深緑の宝石が輝いていた。
そういえば女王妻夫のマントも深緑だったし、王冠にも散りばめられていた。
「でも、全部輸入品なんだけど」
エルム姫の指摘についてエラ姫に尋ねる。
「アークセイントライトは特別でね。ここでは生成も精製もできないのよ」
ちょっと困った顔をしてみせた。エラ姫はチェック柄で丈の短いワンピースに白のニーハイソックスを着てやや幼く見える。小首を傾げる仕草と合わせて、あざと善い。
「しかし魔術的な儀式を行う聖王国では、密接な関わりがあるのです。話が逸れてしまいましたが、天名授与の際に魔素への感覚を底上げされているはずです」
「あー、あの赤っぽく光ったやつか」
「え、赤?」
ロロが変なこと言ったかと、きょとんとした表情をした。
「黄色だったな、私は」
「某は紫でござったなぁ」
「魔素は、普段どこにでも漂っているものですが、目に見えることはまずありません。しかし勇者様ほどの強い魔力ともなると、魔素の奔流が視覚化されると聞いたことがあります。
皆さんそれぞれ適した魔素が違いますので、より濃いものが色として表れたのだと思います」
エレノアの捕捉が入る。
「能力が分かったりするのですか? 色で」
「魔素の種類は無数にあります。色との関連を研究した記録がありますが、似たような色でも性質が全く違うため、結局使ってみるまで分からないそうですわ」
「で、結局使うにはどうしたらいいんだ?」
「明日から導師様の元で修練を積んでいただくことになります。導師様は魔術の研究を初め、術士の育成も熱心に行われています」
「修行でござるな!?」
ロロは露骨に嫌そうな顔をしていたが、チェリャは何故か大興奮していた。
「免除できますか? 明日までに力を使えるようになれば」
「できれば遠慮いただきたいと思います。流石に練習で城を吹き飛ばされてはかないませんので」
ルーイの質問には、とんでもない回答が返ってきた。
「冗談、じゃなさそうだね……」
伝説の話を聞けば━━盛ってなければ━━相当な力を持っていたと考えられる。能力を理解した勇者が本気を出すと、大変なことになるのかもしれない。
「まぁ、先生は優しいから、気軽に行ってきたらいいわよ」
エレノア姫やエラ姫は、既に修行を終えているらしい。黄色いワンピースを着たエルム姫は修行中とのことだった。
修行場所になる導師の塔の場所などを説明され、お開きとなった。
━━部屋に戻り、窓際の椅子に座る。
「雨、止まないなー」
城下町の灯りは疎らだ。店を早々に閉めてしまったんだろうか。
━━コンコン
不意に扉が叩かれる。
「はい」
リンさんかな? 扉を開けると━━
「やっほ」
エラ王女が立っていた。
「……もう驚きませんよ」
「あら、残念」
突然の訪問も二回目となれば、驚きも薄れる。
「一体どうしたんです?」
「少し話し相手が欲しくて」
テーブルのポットを手にとる。中には果実を搾ったジュースが入っていた。
「昨日、皆を引き止めるために、頑張ってくれたんだって?」
「一体誰に……」
一人の美形が思い浮かんだ。多分そうだ。
カップを渡そうと振り返ると、突然目の前が真っ暗になった。抱きしめられていると、柔らかい感触と甘い匂いで分かった。
「ちょっ━━」
どうしたの、と言いかけて、彼女が小さく震えていることに気づいた。
よく分からない、けど。エラの背中に手を伸ばした。彼女の体は細く、僕の小さな腕でも背中に回すことができた。
ぽんぽん、と優しく叩いてみる。
「怖かった、断られたらどうしようって」
ゆっくり、静かに、続けた。
「魔王軍に殺された人達……お母様や導師様くらい強い人も、沢山いたんだって。でも、魔王の力の前には成す術もなく、蹂躙された。
子供の頃から何度も、何度も聞かされて……」
それは、怖かったろう。
「どんなに鍛練して強くなっても、私じゃ守れない。
お父様もお母様も、お姉様もエルムも街の人達もみんな、みんな殺されてしまうって……」
不安だったろう、苦しかったろう。
「ヒロ達に押しつけるのが間違ってるって分かってる。
でも……」
「━━ぷあっ」
息を吸うために顔を上げる。
大粒の涙をポロポロと流す彼女が見えた。
「あっ、ご、ごめ……」
だから
「僕がエラを守るよ」
「えっ」
沈黙が流れる。勢いに任せて言ってしまったけれど、急に冷静さが戻ってきて恥ずかしくなる。
「あっ、いや、エラ……達、というか、この世界、というか、だからその」
顔が熱い。
「ふふっ、何それ。
……でも、ありがと」
しどろもどろになっていると、今度は優しくハグされた。
もう一度、ぽん、ぽんと背中を叩く。
あぁ、やっぱり━━
彼女は笑顔が似合うな。
窓を叩いていた雨は、いつの間にか止んでいた。
「じゃあ、帰るね」
「うん」
「何か期待した?」
「いっ!?」
「嫁入り前の年頃王女が朝帰りは、ちょっとねー」
「考えてないよ!」
そもそも精通してるか分からない男子に、よくそんな冗談を言えたもんだ。
見送る時に、ひらひらと手を振る。
「何それ?」
「ん? 人と別れるときに、やらない?」
「やらない」
カルチャーショックに出会ってしまった。
「なんか、縁とか繋がりを払われてるみたいで嫌だな」
「ご、ごめん」
「いいよ」
知らない人から見たら、そう見えなくもないか。
そして、またハグされた。
「帰るんじゃなかったの?」
「今切られた縁を補充してるの。うん、これで許す」
エラが出ていってから、フラフラとベッドに歩み寄る。そのまま、うつ伏せにボフンと倒れ込んだ。
足をバタバタと動かす。
恥━━━━━━━━━━━━━っず!
さっきの一連を思い出して、ただただ乙女のように悶え続けた。