彩奈の親
その夜六時、テマソンと共に碧華がボデイーガード一人を連れて彩奈とシャランの住む家に詫びに来ていた。
家の中に通されると、ふんぞり返っている男がリビングに既に座っていた。いかにも暴力団風のいかつい風貌だった。
「この度は大切なお嬢様に怖い思いをさせてしまい申し訳ありませんでした」
「おうおう、そんな言葉はいいからよ、どう落とし前付けてくれるんだよ、俺達なあ、彩奈がまだ戻ってきていないせいで、まだ夕食を食べられていないんだよ。家に戻ったらよ、娘も不安がってるしよ。どうしてくれるんだよ」
「申し訳ありません。今家の前にルシャルダンの料理長が出張サービスにと食材を用意して待機させているのですが、台所をお借りさせていただけるのでしたら、15分程でご用意させますが」
テマソンがそういうと、父親は態度をコロッと変えた。
「なんだよ、それならそうと早く言ってくださいよ、ルシャルダンっていやあ一流の店じゃないですか、仕方ありませんなあ、遠慮なくいただきますよ。慰謝料の話は待っている間にするとしましょうか」
父親の言葉でテマソンは電話をかけて表に待機していた。料理長を家の中に招き入れ、料理を作るように命じた。その間にテマソンはサクサクと法的手続きに進んだ。
そして、慰謝料としては破格の10万マルドルを提示したのだ。その金額には予想していなかったようで、上機嫌で受け取りのサインをした。
「お受け取り頂いて感謝いたします。今後、この件に関しまして一切何も異議申し立てをなさらないでいただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ああ、かまわないぜ、但し、これはこの子の分だ、彩奈の分はどうした?病院なんだろ今、このまま意識が戻らないとなるとどうなるかわからないぜ」
「医療費の分や後遺症がでた場合はこちらですべてサポートいたします。お母さまのお話しですと、彩奈さまはこちらの使用人だとか、彼女の意識が戻りましたら、彼女の親御様にお詫びのご連絡を差し上げさせていただきますので連絡先をお教えいただけないでしょうか?」
「あっ、なっなにいってるんだ。あの子の母親はコイツなんですよ、お前しっかりしろよ」
「あっそうなんですよ、私なんですよ、もう気が動転してて、正真正銘あの子の母親は私よ」
急に態度を変えてきて二人にテマソンが静かに言った。
「そうですか、警察も関わってきますので、彩奈さまの件は彩奈さまの意識が戻ってからということにさせていただきます」
「はあ?おかしいだろ、実の親だって言ってるんだからよ、慰謝料よこせよ」
そう言ってテマソンの胸倉を掴んできた男にボディーガードがその男の腕を掴み払いのけた。
「では、証拠をお見せくださいませ。彼女は確か日本人ですよね、彼女の身分証明ができるなにかとお母様の身分証明書を見せていただけましたら、お支払いいたしますよ」
「そっそれは・・・そっそうよ、この間泥棒に入られてないのよ」
母親がしどろもどろな言い訳を始めた。
「そうですか、法的に確認できましたら、その時にまたお伺いさせていただきますのでその時まで証明書をご用意くださいませ。では彩奈さまは今付き添っている者によりますといまだに意識が戻っていらっしゃらないご様子で面会謝絶になっているようですので、今夜は会えないと思いますので、もし目が覚めましたらお電話いたしますので、申し訳ありませんがすぐに出られる携帯電話の番号をお教えいただけませんでしょうか」
「えっ携帯電話、あっそうね」
そういうと母親の方がスマホを取り出すと電話番号を伝えた。
テマソンは目の前の紙にメモをとるとその書類に目を通し鞄に詰めた。そして、病院名を告げると、ちょうど料理が完成したというので、彼らが食べ終わるのを待ち、料理人が後片付けを終えるのを待ち、碧華共々もう一度深々と頭をさげると家をでて行った。
碧華はテマソンの隣に乗り込むまで何もしゃべらなかったが、車に乗り込んで車が走りだした途端、テマソンに向かって言った。
「ねえ、10マンマルドルって日本円で100万ぐらいでしょ、シャランちゃんは怪我をしていないんだし、多すぎない? 彩奈ちゃんに関しては別だって言ってたし」
「そうね・・・だけどああいうやからは向こうが納得する金額を上げておいたほうがいいのよ、どうせ後でごねるんだから。きちんとサインをもらったから大丈夫よ。10万マルドルぐらいどうってことないわよ。後は、彩奈って子ね、どうも怪しいわね。私ちょっと調べてくるわ。あなたどうする?」
「優が付き添ってくれてるんでしょ。交代するわ」
「そうわかったわ。じゃあ先に病院へ行ってちょうだい」
そういうとテマソンは運転手に病院へ行くように指示をだした。