眠りの中のささやき声②
「でも碧華、そろそろ家に戻りましょう。ここは完全看護だから大丈夫よ、何か急変したらすぐに駆けつければいいじゃない」
「そうね、でも気になるのよ。なぜかしら胸騒ぎがするのよ」
「あら、あなたの胸騒ぎはよく当たるものね。じゃあ心配ならまだ会社にみんな残っているから誰かスタッフに交替でいてもらう?」
「あらもう遅いじゃない、みんなまだ帰っていないの?」
「ええ、今夜は徹夜かしらね。警察の事情聴取もさっき終わったばかりだし、いろいろ忙しいみたいよ」
「あら大変じゃない。私は大丈夫よ、ここでこの子が目が覚めるまでいてあげるわ」
「そう、じゃ、私も付き合うわ。ねえ碧華、この子どうするつもり」
「どうって、あなたの気になることはわかったの?」
「そうね、警察でも事情聴取したいみたいだけど、意識が戻らない以上、医師も病院で経過観察した方がいいって言っているからこの子の体調の回復次第だけど、どうやらこの子不法滞在者みたいよ」
「なんですって!」
「声が大きいわよ」
「どうしてわかったの?」
「パスポートをとられたって言っていたけど。調べたらこの子だけ住民登録はされていなかったし、入国も観光ビザで入ってきていてとっくに切れてるわ」
「じゃあ母親もってこと?」
「いいえ、彼女日本人だけど、アトラス人の旦那と結婚して今はアトラス人になっていたわ、その子の妹もね。但し、子どもは一人だけ」
「つまり、彼女は・・・日本人のままってこと?」
「予測だけど、この子はあの母親の連れ子じゃないかしら、妹さんはお姉ちゃんって呼んでいたしね、サイン会で日本語を話していたから間違いないと思うわ」
「日本人・・・あなたったらアトラス人になってもつくづく日本に縁があるわね」
「そうね、私嫌いで日本人やめたわけじゃないもの。それにね、この子、私の昔の詩集を持っていたのよ。こんな年頃の若い女の子の持ち物が私のボロボロの詩集だけなんて、信じられる?お金やスマホすら持っていなかったわ。それにね、ついさっき、さっきの人達が二人でここに殴りこんできて娘を返せって暴れたのよ。怪しいわよね。自分の保身のためにこの子が警察に何か言われるとまずいみたいね」
「ますます怪しいわね」
「でしょ、あの子の妹さんの話だと20歳だというし、もう成人した大人だから、子どもじゃないから、無理やり連れ帰るってこともできないと思うわ。警察も介入してるしね」
「そうあなた今回はきちんと警察沙汰にするのね」
「あら、だって今回は薬物中毒者だったんでしょ。暴れた人達って、かばう余地なんてないじゃない。この子は別だけどね」
「そういうと思ったから話は付けてきたわ」
「じゃあこの子の事本当は警察に引き渡さしたりしなくていいってことかしら?」
「ええ、身元保証人になったから大丈夫よ。いずれ意識が戻ったら強制退去になるでしょうけれどね」
「あらさすが有名人は違うわね」
「まったくもう・・・大変だったのよ」
「お疲れ様」
碧華はテマソンにそうささやくと眠っているその少女の顔をのぞき込んだ。
「私ね、なんとなく、その子の言葉気になったのよ。忘れっぽい私があの子に会った瞬間思い出したっていうより、なんだろうな頭に浮かんできたのよ」
「何が?」
「昔の記憶よ。きっと神様が囁いたのよ、この子を助けてあげてってね」
「またそんなこと言って、ここに神様は関係ないでしょ」
「あらわかんないじゃない。それにね、気になる報告を受けたのよ」
「何よ」
「この子、医師の診断だと、体中あざだらけなんですって、日常的に虐待されていたんじゃないかってことらしいわ」
「虐待?」
「ええ、だから無理やりにでも連れて帰ろうとしたんだと思うわ。虐待と不法滞在とかいろいろ問い詰めらてると面倒だしね」
「そう・・・そういえばさっきそんなことも言っていた気がするわ。密売だけじゃなくて子どもまで虐待していたなんて、なんて母親なのかしら、信じられないわ。こんなかわいい子を屑呼ばわりするなんて」
「本当ね」
「でもあなたもお人よしね、ファミリーでもないのに」
「あらテマソンだってそうじゃない、社員に任せればいいじゃない」
「どうしてかしらね。なんだかほっておけないのよね、時間との勝負な気がして、胸騒ぎが収まらないのよ」
「あら私もよ、それにね、私、本当にこの子知ってるのよ」
「神様が囁いたとかじゃなくて会ったことがあるってこと?」
テマソンは驚いて碧華の顔をみた。碧華は頷きながら彩奈の顔をのぞき込みながら話し出した。
「初めて日本でサイン会をした時があるでしょ」
「ええ、確か東京と大阪でしたのよね」
「そう、その大阪でのサイン会の時に、私に手書きの福ちゃんの絵をくれた子よ。それも何時間も並んで一番目に並んでくれた子なのよ。すごく印象的で、笑顔がかわいい子だったのを覚えてるわ」
「ああ~そういえばあなたの部屋に飾ってある梟のイラストがあったわね」
「ええ、今日ね、この子が描いたっていう同じ梟の絵の色紙を貰って思い出したのよ」
「あらでも梟の絵なんてたくさんもらうじゃない」
「この子の梟の絵は特別よ、色鉛筆画なのにすごく繊細で可愛いのよ。それにね、このお守り袋が印象的で覚えていたのよ。私が手作りのお守りにはまっているってブログで見たっていって、おばあちゃんに塗ってもらったって見せてくれたのよ、手縫いで梟の刺繍がしてあったから覚えていたのよ、悪いと思ったんだけど、お守りの中を確認したら写真が小さく織り込まれて入っていたわ。色が褪せてわかりにくくなっていたけど、写真を撮って日本に確認してもらってるの?」
「写真だけでわかるの?」
「ええ、この子が持っていた私の昔の詩集にこの子のフルネームが書いてあったし、私その写真に写っている神社知ってるのよ」
「ええ?」
「京都の小さな神社なんだけどね、願いが叶うって有名な神社なのよ、そこでその神社の鳥居の前でランドセルを背負って写っている写真があるってことはその周辺に住んでいる人ってことでしょ。だから京都に住んでいる優秀な弁護士に捜索を依頼したのよ」
「優秀な弁護士ってまさか・・・」
「そうよ音也くん、持つべきものは賢いファミリーね、二つ返事でオッケイしてくれたわよ。向こうはもうすぐ朝だから、こっちが朝になる頃にはわかるんじゃないかしら。あの子の母親の名前と美容院での横顔写真も送っておいたからすぐにわかるんじゃないかしら」
「仕事が早いわね」
「お互いにね」」




