始まり、或いは終わりへの一方通行【Ⅶ】
「チクショー!」
昼過ぎ。アイテムを全部失った。理由は簡単だ、負けすぎたから。
ちょっと募集掛けてみれば中隊規模の人員が揃ってしまい、やれるだろうと思って仕掛けたのが運の尽き。これだけつぎ込んだのだから勝たないといけない、そんな思い込みというか強迫観念的な物があって、全員がリスポーン地点から波状攻撃を仕掛けて尽く撃退された。戦力の逐次投入は愚策と言われるが、防衛側が動かないのならばあらゆる方向からの逐次投入は有効打になり得る……防衛側が過剰な戦力を持っていなければだが。
最終的には戦闘機部隊、戦車部隊のすべてが壊滅。参加者の三分の一ほどが武装をすべてロストして退場、甘く見すぎていた。どうやれば一人でこれだけの数とやり合えるようになるのか、分からない。恐ろしい相手だ。
「お疲れー」
ログアウトして、片付けた大広間でダウンしていると声を掛けられた。
「ムロイか……なぁ、なんでアキトはあんなに強いんだ」
「私がサポートしてるから。出来レース、してみる?」
「……頼む」
なんかもう、引き籠もりを引き摺り出すとか言う前に、倒したい。やられっぱなしは気にくわない、このままではただ狩る側と狩られる側という関係のままだ。卑怯と言われても良い、勝ちを取りに行く。
「じゃあ、今夜ね。たまには負けさせないと、ダメになるから」
いたずらっ子のような笑みを浮かべてムロイは部屋に帰っていく。サポートが無くなった程度で勝てるような相手か、分からないが少しでも弱体化してくれるならその方が良い。まずは失った装備を調えるところからだ、買えるものは買うが、内部通貨はそんなに持っていないしこのゲームに金をつぎ込む気は無い。安いものでも良いから何かないかと、掲示板を探していれば大量の武装がRMT限定で掲載されていた。しかも相場を無視した格安設定、出品者は霧崎アキトだ。さすがに大量の武装を持っておくのはストレージの圧迫になるのか、それにしてもすごい量を出品している。ちらほらとイチゴの武装もある。
「あの野郎……」
安いだけあって、戦車や戦闘機などの大型兵器がどんどん売れていき、小物もすぐになくなっていく。こんなことをしていては敵を増やすだけだ、やり過ぎると運営から弾かれるんじゃないか。そんなことを思っていれば、売れた端から更に高い値で買い取った人が再掲載している。取引所の卸売業者か、あいつは。
取りあえず最低限戦える装備を手に入れる必要があって、買うお金はない。ドロップ品で揃えるか、ゲームサーバーにログインしてみるとやけに露天商が多かった。どれもこれも見覚えがある、朝方に奪われた武装ばかりだ。買い戻しに来ているやつらもいるが、アキトを探して回っているやつらの方が多い。街中で武装は展開できないが、殴る蹴るが出来ないわけでは無い。で、それがアキトに取って脅威になりそうかと言えば違う。仮想空間の廃墟での動きを見ていれば、たぶん大人数で格闘戦に持ち込んでも勝つだろう。なんで引き籠もりやってんだ、あの化け物。
さて、丸腰でPK禁止エリアで稼ごうにも、NPCや機械モンスター相手にはハンドガンくらい欲しい。素手でなんとかやれるわけが無い。近場の露天商から安い装備を買い、路地裏にも広がる露天商を見て回り弾薬を安く補充する。
ふと、静かな争いが起きていることに気付いた。激しい動きや音があるわけでも無い、ただ静かな殴り合いが見えた。一人を執拗に追いかけながら、数人のグループが追い込みを掛けるが近づく度に急所に一撃入れられて、倒れていく。喉や鳩尾を突かれ、真下から股ぐらを蹴り上げられ。軽い動きで静かに、しかも人混みの中で移動しながら仕留めるものだから気付かれない。傍から見るには変な動きをしながらログアウトか、リスポーン地点へ飛ばされているようにしか見えない。
「おい」
目が合った、霧崎アキトだ。舌打ちして、走り出した。追いかけていた連中は、人混みの中へ散っていきながらどこかへとムーヴしていく。目立つことはしないようだが、こんなところで仕掛けてくるあたりあまりよろしくない連中だ。追いかける、人混みに阻まれてどんどん離される。なんだ、あいつは人の波の中を何故あんな簡単に抜けられる。広い通りに出て、少しペースを上げて追いかける。
「待て!」
あと少し、そのタイミングで姿がぶれて、消えた。
「……なんだ、今の」
ムーヴやリスポーン地点への転送とはエフェクトが違う。まるで存在が溶けて消えるような、霧散してしまうようなエフェクトは見たことが無い。このままでは最初の一手を打つことも出来ないまま、無駄に時間を使うだけになりそうだ。まだゲームサーバー内部にいるのか、それとも仮想空間のどこかへと出たか、はたまたログアウトしたか。追跡のしようがない。サポートが居れば別だが、頼れる人がいない。多少の知識があれば、仮想空間へと入らなくても、現実からコンソール経由で干渉が出来る。セキュリティを解除してドアを開けたりとかいう、分かりやすいものから他人から探知されなくする高度なものまで。
出来るやつは出来るが、数は少なく個人でサポートなんて依頼するだけのお金は用意できない。ムロイに頼んでみるか? 試しにコールするが、取り込み中でダメだった。
「はぁ……」
稼ぎに行くか……いや、冷静に考えろ。初期装備でさえアサルトライフル支給されて苦戦した最初の敵、ハンドガン一丁で何になる? どうせ出来レースなら、何かしら用意してくれるだろう。そう考えて、ログアウトプロセスを起動した。先にやるべきは、寮の掃除と管理だ。
視界が0と1の羅列に覆われ、気付くと寮の中庭に立っていた。
「……あれ?」
空を見上げて、巨大な魔法陣のようなものに囲まれた球体が無数に浮かぶ、まだ仮想空間だ。専用空間として、学校などは地続きのようで、実際は踏み込んだ瞬間に認証が行われて飛ばされる。空に浮かぶのは構造体、ストラクチャだ。仮想空間で最も強固なものだ、あれは壊してはいけないし、壊せない。
「ログアウトしたのになんで……」
再びログアウトプロセスを起動すると、エラーが返る。まさかあの青い髪の女の子が、またなにか仕掛けてきたか? 手出しするなと言われて、手出したのが原因だろうか、いやそれしかない。
「警告」
「いつの間に」
目の前にいた。
「受けたよね」
「……やめろよ、いくら仮想空間でも警察が来るぞ」
「何をやめろって?」
真後ろから。
「ライフル出したりだ」
「怖くないの、殺すって言われてあなたは手出しした」
「こっちも任務なんで、やらないわけにもいかない」
「ふぅん……長生きできないよ」
「それは困るな」
気配が消えた。どこへ行ったか、寮の屋根を見るとそこに居た。
「ねえ、取引しない」
「どういう?」
襲わない代わりに手出しするな、とか。
「今夜、私がサポートして上げる。だからアキトに勝って」
「どういう風の吹き回しだ? お前はアキトのパートナーじゃないのか」
確かに、そう聞いた覚えがある。
「はぁ?」
が、青い髪の女の子は不機嫌な声を出した。
「なんであんな雑魚なんかの……私のパートナーはスコール、それ以外はありえない」
「前はアキトだって言ってなかったか」
「そんなこと、言った覚えはないよ。私は、私、まだ私である内に、やっておきたいことがあるから」
「どういうことだ」
意味が分からない。
「管理者権限、貰ってるよね」
「スズナに一通りは」
「私は如月零亜、所属はアカモートの広域警戒管制隊。登録しておいて」
視界にアクセス許可を求めるダイアログボックスが表示され、許可すると勝手に操作されて、登録処理が実行された。
「私じゃないと思ったら、それで照合して」
「あ、あぁ……」
勝手に登録されたパーソナルデータを呼び出すと、一瞬思考が真っ白になった。中学生くらいの女の子……と思って大した階級じゃないだろうと思っていて、実際階級なんて無かったが、権限がおかしい。アカモートと白き乙女のすべてへのアクセス許可を所有していて、命令権限も上から数えた方が早い位置にある。
「……お前、一体」
「所属はころころ変わるから、覚えなくていいよ」
変わる、どういうことだろう。
「私は……私たちは消耗品だから」
青い光に包まれて消えていく。それが彼女のログアウトのエフェクトだ。不思議なログアウトだが、アキトのようにログアウトしたのか消えたのか分からないのとは違って、なんとなくそう感じられる。とか思っているとメールが送られてきた、今夜の時間と場所の指定だ。ゲームサーバーではなく、リミッターオフエリア。街の構造体や人通りの多い場所では無い、殺せば、死ぬ。それが普通の領域を指定してきているのだ。
今度こそ、ログアウトした。ちゃんと大広間、窓から空を見ても雲が流れる青空だ。廊下に出ると、ちょうど青い髪の女の子、レイアがアキトの部屋に入るところで、睨まれた。が、その一瞬でスマホのカメラを向け、パーソナルデータの照合を掛ける。結果は不一致、何故だ。双子? それならあり得るが、可能性の一つでしか無い。
「って、なんで入れんだよ」
ドアノブをガチャガチャしても開かない。電子ロックと物理的な鍵の二段構え、ピッキングする腕はないしクラッキングする腕もない。開けられない。
「ほら、掃除するんでしょ」
雑巾を投げつけられた。誰だよ、と顔を向けるとレイアだ。水の入ったバケツと洗剤やら用意しているが、よく考えて欲しい。まだ一月である、拭き掃除なんてすれば霜焼けかあかぎれか。濡らしたタオルを振り回せば凍ってしまう、なんてことはないが十分に痛いと思える寒さだ。しかしやらなければいけないのも事実。
「お前……今、この部屋に」
「何言ってんの?」
「……だよな」
だったら見間違いか? でもドアが開いていたのは見間違いじゃ無いはずだ。
「とりあえず、今夜やるけど、それまで何もしないわけじゃ無い。ちゃんと寮のこともやるの、異動してきた人の登録手続きとかも」
「え、もしかして」
「この時期評価試験で異動が多いの、ずっと外で凍えてるよ」
「マジか!」
ドタドタと廊下を走って玄関を開ける。なんで入ってこないんだ、そんな疑問の答えに今気付いた。何もないように見えて、ここの壁は戦闘時に銃弾を防げるほどに頑丈だし、玄関もただの引き戸に見えて枠を見ればオートロックやセンサーが仕掛けられている。
「悪い」
座り込んでいた女の子はガタガタ震えていた。女子会……もとい歓迎会のときにレイジと二人、隅っこに居た変な髪型の女の子だ。
「こ、これ」
震える手でIDカードを提示してきて、すぐにそれをスキャンして登録する。あれ、なんでだろうか、あの場に居たのだからてっきりこの寮の住人だと思っていたのだが。
ゆっくりした動きで震えながら入ってきて、倒れた。気が緩んだのか、それとも限界か。
「おい!」
触れた体は冷たかった。震えて熱を発しようという気配がない。
「広間に運んで」
レイアが広間に飛び込んで、イチゴは言われるがままに女の子を抱えようとして、できずに脇に手を通して引きずって行く。
「ヒーターあるのか」
「いいから急いで!」
広間に辿り着くと色々と準備されていた、押し入れの中から普通ならあり得ない機器が出されている。ホットカーペットに寝かせ、毛布を被せヒーターで部屋を暖めながら、レイアが見慣れない機器を女の子につける。
「それは?」
「体の中から暖めないといけないから、そのためのやつ」
酸素ボンベとマスク、のようにも見えるが少し違う。
「なんでこんな薄着で来たんだこいつは」
まるで夏用の服装だ。桜都の本土の冬は平均で氷点下一桁までしか冷えないとは言え、いくらなんでも自殺行為に等しい。
「すぐに入れるって思ってたんだと思うよ」
「気付いてたなら早く言え!」
「私だってここまで酷くなるとか思ってなかったし」
なってしまったことは仕方ないと、無駄な言い争いはやめる。それにしても、と。寮の住人を一覧表示してみれば、おかしい。二階はほぼ学生、一階に白き乙女の所属がいるのだが、部屋数に対して人数が多い。そして、所属欄が如月隊ではない。雑多に混じっているのでは無く、書かれていない。今の女の子にしても、名前も所属も無し。前の所属すら無い。不審すぎるが、管理するコンピュータに登録があるのだから、いいのだろう。
「こいつは? データが無いけど」
「新任の蒼月って聞いてるけど」
レイアの目の動きが、虚空を見るように動く。この子も、電脳化処置をしているようだ。網膜投影した資料を探っているのだろう。
「アサインされてるのはしばらくここでフリー、それからスコールとのバディで訓練ってなってる」
「俺はレイジとバディって聞いてたけど」
転属願い出して通って余所に行った、しかも追跡不能。だからだろう、変更があったのだ。
「変わったのか」
「たぶん。それで、部屋の割り当てとかして上げないといけないよ」
「やり方は……」
どっからアクセスするんだろうか。
「スズナから貰ってるアカウントで管理出来るはず。ソフトも一緒に入ってない?」
「……あ、これか」
「後は説明読みながらやればいいと思う。あとみんなのパーソナルデータ見れるけど、それで脅したりは無しだよ」
名前と顔写真以外にはほぼ何も記載されていないデータでどうやって脅せと? 適当に何人かのデータを見るが、学生連中のは色々と出ていた。白き乙女の方は、ほとんど何もなし。開き続けていると、一人だけ詳細に載っていた、現在位置からなぜかスリーサイズのような必要ないことまで。
「そんな風に隠し方知らない人が出したままにしてるから、それで脅したらダメだよって事」
「やらねーよ」
「ここって男が少ないし、今まで男が管理したこともないから信用してない」
「……でしょうねぇ」
女性ばかりの部隊でいきなり何故か、とくにコレと言った理由もなく管理者権限受け取ったのが男。不審がられて正解だし当たり前だ。
「あ、呼び出し入った。ちょっと出てくるね、動けないからって蒼月に変なことしちゃダメだからね」
「しねえよ!?」
寮に残され、隣には暖め中の蒼月という女の子。さて何をしようか、今ここで手を出したところでバレないだろうが、そんなことをする気にはならない。そこまで心が汚れているわけはない。で、汚れと言えば畳。広間の掃除はしたが細かいところまではやってない、畳の染み、隅っこの埃、窓。軽く掃除でもするか。




