始まり、或いは終わりへの一方通行【Ⅵ】
朝三時。スマホから鳴り響くアラームに叩き起こされた。管理者権限を渡されたからだ。何かあった場合のアラートがこちらに届くようだが、確認してみれば交戦中のクリティカルアラートだった。状況警戒、待機ではなくすぐに動かなければならない。どこで誰がどの勢力と戦闘状態になっているのか、確認してみれば仮想空間上でのアドレスと、霧崎アキトが交戦中と表示があった。
すぐに仮想空間に潜った。変動するアドレスを頼りに、マップを表示して近場に飛ぶ。そこは仮想空間上の廃墟だった。現実には存在しない場所、仮想のゴミ捨て場。捨てられるのは大型ストラクチャだ、ようは解体したビルの瓦礫とでも思って貰えたら良い。分解処理に時間が掛かる上、プロセスの紐付け解除、仕込まれているプログラムの解除やウイルス類のデリートをしつつリソースに還元している。時折死体も混ざっているが、そんなものもお構いなしにデリートされるため、問題になっているが放置されているのが現状。
「まったく、なにやって……」
瓦礫の上に身を潜めて眺めていると、ふと足元に青い光点が。なにもレーザーサイトは赤色だけという訳ではない。空を見ればどこまでも続く、果てのない螺旋の渦。そんな中に青い光が飛んでいる。
『邪魔しないで』
「助けるつもりで来たんだが」
『じゃあ言い方を変える、手出しするな』
「分かったよ……」
だが、もしものことがあれば介入する。仮想空間ではすべてがプログラム……という常識で成り立っている。実際は違う。一昔前、まだ有線接続だけだったころは草木の成長や腐敗といった処理が存在せず、風化や劣化なども起こらなかった。それが、いまやフィードバック制御をしなければならないほどに、現実と同じようになったのは、無線接続の普及と接続人数の増加、多様化が原因だ。仮想空間を新たな生活域として開拓できたのは、五感を再現する技術の発展、そしてAIの開発により、接続者の思考を読み取って反映することが可能になったから。サンプルとなる人が増えるほどに、仮想が現実に近づき、現実に近づくほどに利用する人が増える。サンプリング対象には困らなかった、AIはただ愚直に、与えられた命令を実行し続ける。人の欲求は留まるところを知らない、欲しいものが手に入ればすぐ次を望む。ついには、再現度が…仮想で殺せば現実で死ぬほどにまで、達した。
銃声が響いた。次々と転移してくるのは、バウンティハンターどもで構成されたPMF。二グループほどだろうか、人数も二十人ほどだ。出現と同時に次々とプロセスを実行して、武装を展開していく。仮想空間ならではの瞬間移動と、プログラムとして個人に割り当てられたストレージに格納できる武装。ここでの戦争に、現実のやり方は通用しない。戦車も、戦闘機も、戦艦も、人には敵わない。クローラーで地を這う戦車、いきなり正面に現れたかと思えば、無反動砲を放って消える歩兵。鋼鉄の翼で空を舞う戦闘機、どこまで逃げても永遠に追尾してくる歩兵と、それが放つミサイル。堂々と海を征く戦艦、それは棺桶だ。喫水線に爆弾を投げられ、逃げようにも空から攻撃しては消える歩兵の部隊にはどうしようもない。
だから、ここでは転移を封じられない限り、人が強い。しかし最強ではない。
見下ろす廃墟で戦闘が始まった。すでに数十人の死体が転がっているが、PMFは容赦なく霧崎アキト、ただ一人へ銃砲弾の嵐を放つ。さすがにまずいと、思った矢先に着弾。肉片になって飛び散ったかと、ひやひやしたが平気な様子で立っていた。無傷だ、ただアキトの周りとその後ろ側は不自然に綺麗だ。すべてを受け止めたとでも?
「あいつは……」
『不正処理が検出されました。付近の電子体は直ちに退去してください。繰り返します不正処理が――』
エリア全体に機械音声が流れる。不正処理、あれだけくらって平気なのは、不正処理をしたからだろう。しかし、そうはいっても不正処理など簡単にできるものではない。仮想空間はログインしている人間の観測で常に正される。例えば、オブジェクトである植物、そこから花を摘み取った場合は、オブジェクトの破損としてエラーを返し、状態が摘み取る前に復元される。AIのそれを人間の観測が間違いだと指摘し、AIが処理方式を書き換える。花を摘み取っても、そのまま、やがて植物は枯れていく。摘み取られた花も萎れ、腐っていく。
この場合は、霧崎アキトが死んでいない、傷ついていないのがおかしいのだ。しかし、これは対立する。PMFの観測ではおかしくても、本人にしてみればこれが正しいのだ。上で見張っている女の子にとっても、正しいことだろう。状況をただ観測するだけのイチゴは、おかしいと思いつつもこの状態であって欲しいと思う。これを不正と認識するなと、改変を願う状態だ。
『警告・空間過負荷。当該エリアへアクセス中の電子体は指定時間後に強制ログアウトを実行します』
警告の終わりと同時だっただろうか、霧崎アキトの姿がぶれて、PMFの戦列の中央で人の体が二つに割れて、空を舞った。どこへ、消えた先を探すと瓦礫の山にいた。霧崎アキトの周辺が、空間が揺らいで、中途半端な処理状態の剣が浮かんでいる。フレームだけの、半透明なそれが幾本も、守るように浮かんでいる。
また、姿がぶれて、今度は敵の懐に飛び込んで首を飛ばして、低い姿勢で走りながら銃撃を弾き、次々と葬っていく。イチゴはその様子を最後まで見ること無く、強制ログアウトで現実へと送り返された。
「――っは、なんだよあいつは」
あれでは、確かに血色の狂犬だ。斬り裂いて、血で染めていく悪魔だ。あんなやつが実は引き籠もりで、それを引き摺り出せと。楽な任務では無い、下手すれば死ぬ。レイジが転属願いを出した理由が、今なら分かる。行き先まで分からないように、行方を眩ませる理由まで。優しそうでかなり裏がありそうな寮長、スズナだったがこれはもしかすると、こっちのことを消耗品としてしか見ていないのかも知れない。女性ばかりの部隊で、男が極端に少ない。もしかしたら、あの霧崎アキトを扱うためだけの……。
「は、ははっ……まさかな」
だが可能性はないとも言い切れない。目が冴えてしまって、寝る気になれずにいると、廊下からコンコンと音が聞こえてくる。この部屋をノックする音ではないが、ドアを叩く音だ。そっと、ドアを開けて見ると107号室をノックする女子がいた。目が合う。
「誰、その部屋はスコールの部屋」
「俺はイチゴだ。今日付でこの部屋の住人がいなくなったから俺が入った、ついでにいうと管理人代理」
スマホに権限一覧を表示させて、見せる。納得したように頷いた女子は興味を失ったのか、またノックする。
「アキトー遊ぼー」
コンコン、コンコン、ゴン! ゴン! と。すると中からコツンと音が帰って来た。
「ワンタイムパスおねがーい」
ゆらゆらと、暗闇の中で見るとまるで幽霊のような動きで部屋に帰っていく。室井桐恵だ、あの重設備の部屋で見たのが、彼女だったはずだ。で、何をしようとも思えず、寒さから逃げるように部屋に戻って毛布に包まる。だが眠気は無い、頭が戦闘モードになったままなのだ。
こんな夜中にゲームというのも……と、スマホから手を放しかけたところで通知が来た。アドレスとパスコード、何だろうかと思えば、差出人はムロイだ。ゴーグル型端末をつけて、アドレスをセットしてダイブ。
「ひぃっ」
ダイブして最初に見たのは、尻餅ついたまま手の力だけで逃げていく霧崎アキト。
「私が呼んだ」
「む、ムロイさん、なんで人を勝手に入れるんですか」
「たまにはいーじゃん。人が違っても、それでも楽しいかもよ」
「お、俺は一人で稼げる、バディなんて組まない」
「だったらぁ私とのサポート契約もかいしょー?」
「そうじゃない、そうじゃないんですよ」
「ならなぁにー」
「俺は……俺は…………」
姿がぶれて、消えた。
「どこ行った?」
「たぶんGCのサーバー。この時間なら人が少ないからPKし放題」
「折角だし、人狩りしてみるか」
アキトの後を追ってムーヴしようとサーバーのアドレスを呼び出す。
「お願い、彼の友達になって上げて」
「それはそのままの意味でいいのか」
「うん。このままだと、本当に一人になる。私たちは四月で居なくなる、そうしたら、アキトがどうなるか分からない。あの青い髪の女の子が、何を吹き込むか分からない。最悪は仮想空間が使えなく可能性だってある」
「……そうとう危険だと」
「そう。スコールですら抑えきれなかった狂犬だから、誰かがリードを持っておく必要がある」
「その、スコールってのは」
「108号室にいた男子。汚職とか、そういうの全部暴く人だから、白き乙女の本部からはかなり嫌がられてた。いきなりいなくなるなんて、おかしい」
「なるほど、色々問題ありか。分かった、なんとかする、してみせる」
そう宣言してムーヴ。最悪は仮想空間が使えなくなる、大袈裟だと思うが、さっきみたアキトの能力を考えればあり得なくも無い。
ゲームサーバーに飛ぶと、自動的に更に飛ばされて、装備のプリセットが展開される。イチゴはそれを素早く初期装備のものに切り替えた。初心者の振り作戦だ。サーバー内部に再現された街に転送されると、夜の冷たい空気と静けさが感じられる。街自体はどこかの紛争地帯を再現したものらしく、そこそこの広さがある。そして張りぼてでは無い、ある程度まで進むと見えない壁に阻まれることも無く、阻む目的の意味不明な地形も存在しない。幸い街とその周辺数キロはDMZ設定であるため、攻撃用の武装は展開できず、いきなり襲われることは無い。仮にDMZ外から狙撃されても、銃弾の処理が境界で無効化されてしまう。
「探すにしても……」
見える範囲にはおらず、マップには近くに居なければ表示されないし。街中で攻撃は出来ない、しかし支援は出来る。サーチ用のアイテムを使った。手元に表示されるマップにラインが表示され、それが通り過ぎた所には他のプレイヤーが表示される。二、三人の小規模なパーティーばかりだが、一つおかしな動きをする光点があった。端の方、十数人ほどの小隊規模を追いかける動き。このままフィールドに出ようというパーティーを追いかけるのは、何故だ。背後からのPK狙い、無謀すぎる。が、霧崎アキトならば。
隠れることもせず、マップを頼りに百メートルほど距離を取って、ストーカーをストーキングする。振り向かれても気付かれはしないだろう。月明かりで明るいとは言え、獲物に集中しているやつは案外周囲の警戒が疎かになるものだ。
DMZを出て三キロ。走っても戻る前には全滅するかも知れない、小隊規模で進んでいくやつらは何が目的だろうか。ランダムに生成される戦闘だろうか、それとも定期的なイベントでもあったか? 追いかけながら確認すると、森の中でのNPC部隊とのクエストが発行されていた。砂漠の狩人だから砂漠、そう言う訳でも無いのか。と、銃声が響いた。
「始めたか」
伏せてスコープを暗視モードに切り替え覗く。小隊相手に一人で仕掛けている人陰が見えた。ポンポンポンと軽い音が響き、夜空に赤い光が煌めく。IR照明弾だ、下で陣形を整える小隊にとっては照らされることも無いように思えるが、赤外線に照らし出されているためナイトビジョンを使えばよく見える。一人だからこそ、だろうか。相手の陣の中に飛び込んで仲間を撃つかも知れないという状況を作り出して撃たせず、ただでさえ明かりの無い場所で、ライトを頼りにする小隊、IR照明弾で視界を確保して一方的に攻撃する霧崎アキト。決着はすぐについた。あっという間に全滅し、所持品をドロップしてリスポーン地点に送られる。
戦利品は様々だ。銃やアーマー、ナイフや弾丸、アウターやインナー各種といったものまで。それらをすべて回収し、アキトが姿を消した。どこかへムーヴしたわけではない、しっかりとマップには映っているが姿が見えない。光学迷彩か、それともペルチェシートやヴァンタブラックか? もしくは、サポートによるステルス……これはない、マップに映るのはおかしい。マップの表示が偽装かもしれないが、そこまでやる理由も無いだろう。
「何のようですか、ずっとつけてきて」
「いっ?」
振り向けば、そこに。
「俺を狙うなら、撃ちますよ」
「いや、あれだよ、ちょっとムロイに聞いてみたらこのゲームやりに行ったんじゃないかって言うから、俺もちょっとやってみようかなーって思ったりして……とりあえず分からないことだらけだから、教えて貰おうかなって」
「最初はチュートリアルエリアですよ、嘘だ。あんたは、敵だ」
撃たれた。激痛が走る、視界が黒に塗られて、0と1の羅列に包まれると最初に飛ばされた街に居た。
『デスペナルティ:装備していた武器を失いました』
「えっ、ちょ装備って、全部か!?」
ステータスウィンドウを開けばフル改造したアサルトライフル、サイドアーム、マガジン、ハンドグレネード、ナイフすべてが無くなっていた。たまにあること、普通は所持品の中からランダムで三つか四つほどだが、今回は運がなかった。
「マジかー……まあいい」
ストレージから予備を取り出して元通りにする。どうせ安物ばかりだ、高級な武器はしっかりとストレージにしまい込んで、いざというとき以外には使わない。
それで、どうにも気になる。瞬間移動だ、姿が消えて真後ろに。腕の良いサポートがついていれば位置偽装くらいあり得るが、移動速度が理解できない。全力で走っても間に合わない。
夜の、静かで人も少ないバーに入って考える。ココアを注文して一口、どうにも偽物臭い感覚が捨てきれない。
「ヘッドショットか」
「あ? て、レイジか」
茶色で泡がパチパチと弾けるコップ片手に、武装を解除しているレイジが隣に座る。
「ハンドガンでヘッドショット、大したダメージじゃ無いのに即死判定、おかしいとは思わなかったか」
「言われてみればそれも……つうか見てたのか」
「空からな」
「戦闘機にでも乗ってたのかお前は」
このゲーム、リアルさだけは凄い。で、リアルすぎて運転出来ないかと言えばそうでもなく、専用のスキル制だ。現実で運転できるならスキル使うよりも自由に操れるから、出来るやつは現実では、そういう職の人だ。
「ドローン部隊」
ストレージから取り出されたのは、四つのローターがついた小型のドローン。しかし妙なものがついている、タイマー付きの黒い箱。
「爆撃用か」
「そうだ。アイテムの改造も出来るからな、内部構造までしっかり再現してるし、ちょっとモジュール取り付けるだけで偵察と攻撃が出来るようになる。さっき二十機ほど撃ち落とされたがな」
「これって課金アイテムだよな」
「いいや工場エリアのレアドロップ。売ってるやつらもいるし、トレードで入手はしやすい」
「俺にも一つくれよ。これくらいで」
内部通貨の手持ちを表示する。
「金よりレーザー弾が欲しい。一発でコンマ五秒くらい撃てるのがあったろ」
以前にアキトに撃たれたものだ。条件さえ整えばトリガーを引いた瞬間には当たっている。
「持ってねえ」
「仕方ない、入手したら寄こせ前金代わりにやる」
「いいのかこれレアアイテムだろ」
「入手しやすいレアだから、構わん」
「おぉサンキュー」
譲渡処理をしてストレージに格納する。初めてのドローンだ、下手に飛ばして墜落させないように気を付けよう。
「そういやお前、どこに転属したんだよ」
「前線。お呼びが掛かって、向こうから転属願い出せってさ。しばらく帰ってこないからな」
「なるほど……俺は霧崎アキトを引き摺り出せって、出来るかよ」
「引き籠もりの対人恐怖症だが、分からないから怖がってるだけだ、分からせてやれば大丈夫だ」
「どうやって?」
「キリエに聞け、初めて成功したのはあいつだ」
「……やってみるか」