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十二使徒【Ⅰ】

「ほらほら、頑張りなさい。男でしょ」

 アカモートのサブランドの一つ、浮島を丸々一つショッピングモールにしているその場所で、レイジは大量の荷物を抱えていた。スズナは悠々と歩いて、気になったモノがあれば店に入って眺めて気に入ればそのまま購入してレイジに持たせる。

「お前が持てよ……クソッ」

 まだ三十キロだ。重さよりも紙袋がかさばる。いつだったか、資源の節約でビニール袋や紙袋、梱包までも減らして結局魔法でどうにかしてしまえるようになって余裕が出来ると、その節約精神がなくなって元通りだ。

「荷物持ちは召使いの仕事よ」

「今のご時世なんでも配達だろうが。それに魔法で浮かばせてしまえばいいし、転移で飛ばしてもいい。運ぶにしてもお前の方が魔法で浮かばせられる分、大量に持てると思うが」

「買い物の邪魔になるし、今アカモートの位置が分からないから相対座標の転移で飛ばそうにも座標指定できないの」

「だったら白き乙女の駐屯地にでも送ればいいんじゃないか」

「他の子たちに買った物見られるからやーよ」

「取りあえず置き場と運送手段考えてから買ってくれ……これ以上は持てん」

「あらそう、残念ねぇ。それじゃ次で終わりにするから」

 と、少しペースを早めて歩き出す。

「こんだけ持たせて、ペース合わせろよ」

「男が情けない事言わないのー」

 そうは言いつつも歩調を合わせてくれる。本気で置いて行くようなことはしない。

「しっかしまあ、有名人だな」

 歩けばあちこちから視線が投げられる。氷結の魔女とそれの荷物持ちをする男、その組み合わせが目立つこともあるが、スズナに向けられる視線の方が熱い。美女だから、その理由で向ける者も居るが、それよりも戦う女性たちの憧れの対象なのだ。

「私じゃなくてあなたがね」

 ちらほら混じる殺意の視線は、確かにレイジだが。

「どう考えてもお前だろ」

 羨望や嫉妬に埋もれてそんなものは無視できるほどに少ない。

「で、最後は何買うんだ」

「戦闘服」

「……いつ着るんだ?」

 知っている限り、戦場で戦闘服を着ている姿を見たことがない。基本的に青の迷彩柄の戦闘服が支給されるのだが、そもそもそれを着るのは通常戦力だけで、戦姫やある程度やれる連中は私服だ。

「プレゼントよ、あなたに」

「それこそいつ着る」

「あら要らないの」

「要らないな」

「もー折角買ってあげようと思ったのに」

「勝負下着でも買えよ、明日はレイズとデートだろ」

「いいわねそれ、久しぶりだし誘われたら燃えた方がいいものね」

 提案したはいいが、この流れは引っ張られる。

「あなたが私に着て欲しいのを選んで」

「自分で選べよ」

「レイズが好きそうなのが分からないし、だったらいつも見てるあなたに決めてもらった方が良いじゃない。私に似合うのを選びなさい、隊長命令よ」

「変なときに隊長権限使うな」

 そのままランジェリーショップまで連れて行かれて、ほかに男性客がいない店内で居心地悪くてさっさと決めてしまいたかったが、いい加減なものを選ぶと文句を言われるに決まっている。だが、まあ……目のやり場に困った。女性ものの下着ばかりで客も店員も女性ばかりで。

「どれもおしゃれなんだけどー、どれが似合うと思う? ね?」

「どれでもいいんじゃねえのか。どうせレイズなら何着ても反応変わんねえよ」

「どれでもって……レイズならそうでしょうけど、だったらあなたはどれがいいと思うのよ」

 これでまたどれでもいいだろと、そんな素っ気ない返し方をすると不機嫌になるのは確定だ。前にもやったことがあるし、日常的に気に障るようなことを言い放つスコールのことを思えば、あまり不機嫌にさせるとまた水道管破裂だとかの災害が起こりそうで怖い。

「いっそ着ないってのは」

「却下よ。女の子の下着は体を綺麗に魅せる為のものよ」

「スズナはどんなのがいいんだ」

「そう聞かれると……あそこの、白いのとか」

「……いやそれはいつのも飾り気のないやつにフリルをちょこっと付けただけ」

「じゃ、じゃああのピンクの」

「なんか冷却属性のイメージあるから違うな」

「あなたはどれがいいと思うの」

「って聞かれても」

 店内をさっと見回して、青の下着が目についた。

「あそこのパステルブルーのとか似合いそうな」

「えっ、あ、あのオープンの」

「そこそこ布地が厚めそうだし、胸とかヒップライン綺麗にしつつ、本来隠すべきとこを見せるっていうのはどうだろうかと進言しますよ、如月隊の隊長様」

「あ、あなたの、しゅ、趣味かしら」

「いつも見てる側からすると、たまには違う姿を見たくなるし。それにサイズあってないだろ、今の下着」

「そうかしら」

「なんとなく思うだけだけどな。いつもの仕草とか、するときに脱がしたときの違和感とかで」

「あなたは私をどういう目で見てるのよ」

「敵を識別して弱点を探るときと一緒だ。観察してるんだよ」

「もう。女の子として見なさいよ、私は戦姫である前に一人の女の子なのよ」

「女の子ねえ。人間好きになって堕天するほど欲にまみれた天使がよく言う」

 天使なんて性別も姿も定義されずに空想上でしか語られなかった存在だというのに。

「悪かったわね欲まみれの天使で」

「むしろその方がいいさ、書き込まれた命令に従う人形よりは遥かにいい」

「そうなの」

「性欲に忠実なエロ天使にはなって欲しくないが」

「バッ、わ、私が変態だって言いたいの」

「さっきからあのすけすけのベビードールちょこちょこ見てるだろ」

「え、や、それは」

「……いくらなんでもあからさますぎると思う」

「でも男の子なら興味あるでしょ。私が着た姿を見たくない?」

「正直どーでもいー」

「何よそれ」

「でもまあ、レイズがどういう反応するかは興味があるな。後でイジるネタになる」

「……あなたねえ」

「取りあえず何着か買って、これだって思うもんで仕掛けてみろよ」

「ふふっ、それもそうね」

 そんな話をして、二人で選んで試着室に入っていくスズナを見送った。こんなところで男一人、かなり居心地が悪いかと言われたら、そうでもない。周りを見ても買い物客ばかりだが、いつどこで襲われるか分かったもんじゃない。だから常に警戒する。今も警戒モードで待機中なのだ、居心地が悪いだのと言うのは思考に入れていない。そんなものは邪魔なだけだ。

「ねっ、レイジ君見てみて」

「普通見せないと思うが……」

 カーテンの隙間から試着室を覗き込んで、艶やかな姿を視界に収めた。美女のこんな姿を見ることが出来る彼氏は、他の誰かに知られたら嫉妬を向けられるだろう。

「いいんじゃないのか」

「もーそんなつまんない反応はやーよ」

「とてもよくお似合いですよ、隊長殿」

「ふざけてやってるなら凍らせるわよ」

「……だったら一点、下の毛も処理しろ」

「えっ、あっ」

「やるなら完璧にな」


 ---


 夜中。大半の浮遊島は街路の光が灯るだけだが、歓楽島は煌々とにぎやかで人の往来は昼間以上に増えていた。いくらステルスモードで航行していても、これだけ明るいと目視確認されて襲われる可能性が高まる。

「掛かった、次、高速型の飛空挺が六」

「さーて次は誰がスコアを稼ぐやら」

 白き乙女の十二番目の部隊、その所属のシワス。そしてレイジはメインランドの静かな庭園で空を見上げていた。追尾魔法の軌跡、撃墜される航空機の爆炎、流れ星のように飛び回るアカモートの防衛部隊。こんな状況でも避難命令は出ていないし、騒ぐような住民も多くない。むしろ毎度のことだと、意識にすら入れない住民の方が多い。

「そろそろアイズがやるだろ」

 スルメを齧りながらシワスが言う。誰もいないから、二人寂しくつまみを持ち寄って、空の爆炎を花火代わりにして飲んでいた。

「いい加減、広域警戒管制以外のやつらにもやらせないと」

 緑の光が飛んだ。四つの光と五つの爆炎、撃ち漏らした一機に防衛部隊が斉射、撃墜。煙の尾を引いて、飛行魔法を詠唱して空戦を仕掛ける敵魔法士を容赦なく対空砲火の嵐で出迎える。

「緑? 誰だよ」

 着色された魔法弾を使うのはそこそこの以上の実力がある者だけだ。自分の属性の色が出てきて、隠すことが出来ない未熟者の証であると同時に、隠さずに撃つことで誰が撃ったのかを知らしめることも出来る。

「あの色は陸の超長距離専門、カスミだ」

「カスミ? ああ霞月か。月姫はまとめて如月の配下になったんだよな」

「らしい……まあおかげで好き放題やってるみたいだし」

「如月のやつ、厳しいんだか優しいんだか緩いんだか……はっきりしねえよな」

「気分次第だろ。レイズのことで何かありゃころころ気分が変わってるし」

「なーるほど――南、三機」

 目を向けるとサーチライトに照らされた場所には雲があった。機影が見えないのは雲の中にいるからか。

「どこの機体だ」

「知るかよ。俺のサーチは大まかな判別しか出来ねえの」

「隊長クラスのクセに」

「お前が言うかそれ」

 隊長クラスと互角に渡り合えるが倒せない、そんな実力だ。

「今度本気でやってみるか」

「レイズ相手にやってくれ」

「あいつには勝てる。バカだからな」

「……あの無尽蔵の魔力と、他人の魔法を奪い取って領域制圧でそもそも系統問わずに全部無効化するし、障壁で物理も効かない化け物にか」

「触ってしまえばこっちのもんだ。ムツキとかレイみたいに岩投げつけてくるとか、物理なら負ける。だけどレイズは魔法主体だからな、しかも学習しないバカだから勝てるんだよ」

 淡々と言っていると、サーチライトに照らされた雲の中で何かが光った。障壁のおかげで音は聞こえないが、あの光は雷ではない。

「雲の中で追い回すとなると?」

「ムツキんとこの遊撃部隊だろう。一度捕捉されたら逃げられるもんじゃない」

「だとしたら俺のサーチに掛からないも納得いくなぁ」

 雲から三機、セントラ機が飛び出した。一機は火を吹きながら失速して落ちていく。残る二機が上昇、その背後から遊撃部隊の二人が姿を見せるが、追撃することなく雲の中に消える。

「あいつらよく凍らないな」

「対物障壁を二重展開して、ある程度着氷したら解除して再展開、その繰り返しだ」

「飛行魔法に障壁二枚、自己強化魔法と攻撃用の魔法だろ? あいつら結構キャパあるのか」

「白き乙女のエリートばかり集めた部隊だ、たぶん月姫相手にしても互角だ」

 対空砲火の嵐から逃れるように再び雲に潜るが、炸裂型の魔法弾が撃ち込まれて雲の中で爆散する。脱出させる隙は与えない、幾らでも代わりの効く機体よりも替えの効かないパイロットを潰した方が敵へのダメージは大きい。

「今時資源不足資源不足ってニュースで流れる割には、なーんかこう投入する戦力が潤沢だよな」

「その前にだ。なんでセントラの戦闘機がこんな空域に飛んでくる」

「なんでだろうな」

 チーズのバジルソース和えを口に運び、辛口のジンジャーエールを流し込むレイジはまた別の戦闘に目を向けた。RC-AHのコードが割り当てられた試作戦闘ヘリが戦闘機を相手にしていた。と、言うよりも遊んでいた。ヘッドオン、機銃とミサイルを放たれた戦闘ヘリは宙返りしつつミサイルを撃ち落とし、垂直の体勢で真下を通り抜ける戦闘機のコックピットを撃ち抜く。

「なあレイジ、ヘリコプターってあんな動きしたっけ?」

「しねえよ。垂直上昇降下、前宙返り後宙返り、横転……しかもバレルロールまで平気でやりながら前後左右の機銃とAPSで攻撃を無効化だ。ヘリとして、というよりも兵器として非常識な性能だ」

「……四方向?」

「普通機首の下とドアガン。あれはテールロータの下にも装備してる。なんであんだけ武装積んでバランス取れるのか不思議だな」

 端末から現在展開中の部隊情報にアクセスして、ヘリの武装を表示させる。両翼に合計二十四発の短距離空対空ミサイル、前後左右にチェーンガン装備だ。どこぞの戦闘機に比べたらまだ、兵器にしては〝非常識〟だなと思う程度だ。

 そんなことを思えば、例の戦闘機はどうだろうか。怪物だろうか。

「RCコードはレイアだよな……如月隊ってそんな予算あるのか」

「特殊戦力ばっか集めてるから、それの抑えとしてだろ」

 チーズを囓って、ぶるっと震えた。嫌な感じだ、チリチリと肌を焼くような――


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