始まり、或いは終わりへの一方通行【Ⅴ】
長々と、あれこれあって帰って来たのは夜遅く。
「ここがキリエの部屋ね、中、凄いわよ」
「どう凄いんですかね」
まあ入ってみなさいと、ノックも無しにマスターキーでガチャッと開けられた部屋の中は……一瞬CICかと思ってしまった。窓が完全に塞がれた暗い部屋の中で、大量のコンピュータのランプがチカチカと瞬いている。この部屋、おかしい。壁のコンセントなんて見たことが無い形で、数がバカらしいくらいに多いのにすべて埋まってなお、足りないとたこ足だ。
「えーちなみに、この部屋だけでうちの電気代のほとんどね。このためだけに三相引いたんだから」
「マジですかい」
足元が配線だらけで、どうにも入っていこうという気になれない。ここは、人の為の部屋では無い。機械のための部屋だ、そういうことにしよう。
「キリエ、起きなさい」
しかし人が居る。機械のための部屋ではなく、キリエの部屋なのだ。
「あれは」
部屋の最奥、一番大きなコンピュータから伸びる複数のケーブルが人のシルエットの首に繋がっていた。
「電脳化処置者、なのか」
「そうよ、学生だけど、かなり腕の良いプログラマでね。電脳戦担当に欲しいかなーって思ってるんだけど、食事より睡眠よりもネットって、感じでね。引き籠もりなのよ」
「こいつを引き摺り出すのは、俺の仕事じゃあないんですよね」
「キリエはいいわ。学校にも行くし友だちづきあいもあるから」
「じゃあなんで引き籠もりなんです」
「留年しない最低限を達成したら、これなのよ」
「なる……」
「この子の問題は、動けなるまでネットにこもり続けてしまうところね。何度か餓死しかけた事もあるから、たまには覗いてみて」
「分かりました」
ドアを閉めてふと思う。あの部屋の設備は一体誰が揃えた。学生には出せないだろう、しかし青田買いだから、そんな理由で白き乙女が出すとも思えない。あの手の物にあまり詳しくないイチゴだが、ざっと見ても数百万では手が出せない設備だ。
「あの設備類は誰が買ったんですか」
「キリエよ。彼女、あんなでもいろんな所からお誘いがあるらしくて、その伝で稼いでるの」
次の部屋は107号室だ。その間の部屋はゴミだらけだった、それで十分だ。女の子の部屋に幻想を抱く男子の心を打ち砕く現実という名の兵器だ。
「キリサキ、でしたっけ」
「そうね。霧崎アキト、可哀想な子よ、学友に裏切られ教師に裏切られ、拒絶したら親に売られてここに来たの」
「売られた?」
「そう、売られたの。ここに来た時はもう、何もかも諦めた顔をしてたわ。酷い親だわ、解って上げようともしない、教師も自分の担当するクラスでいじめなんて事が起きれば、評価に影響するからって見て見ぬ振り、同級生も彼のことを受け入れない。違いすぎたのよ」
「違いすぎたとは。俺にはやられる側が悪いとか言う連中のことが理解できないから、あいつの事情を知りたい」
「彼は……デザイナーチャイルドの失敗作なのよ。よりよい見た目、能力を備えた子供をつくろうとして、生まれてきた失敗作。しかもそこに試験段階の電脳化処置、親からは失敗作呼ばわり、同級生からはエイリアンって呼ばれて、教師も保身のために何も見ないようにした。その結果がここにあるの」
「……それで、俺はカウンセラーをやればいいのか? ただ引き摺り出すだけなら力尽くで、物理的にやればいいだろうけど、それじゃ意味が無いんですよね」
「イチゴ君、彼は人を怖がっている。信じようともしない、こちらからの言葉は届かない、コミュニケーション自体、取りようが無いの」
「そうなるとどうしようもないと思うんですが」
「大丈夫よ、キリエとは仲良しだから。一緒に遊んだりもしてお昼寝もしてるみたいだから、どこかに解決の糸口があるわ。絶対に解けない問題じゃ無いの」
「だったら俺じゃ無くてキリエに……って、あっちもか」
「そう。引き籠もり同士だから通じるところがあるんでしょうね。そこにどうやって介入するのか、そこからがあなたの仕事。ここでの任務よ、私は彼を最強の戦力としてしか見ている訳じゃ無い、ここは問題児が集まる場所だから、少しでも生きやすくして上げたいだけなの」
「なるほど。……一つ疑問なんですが、引き籠もりなのになんで戦場からキリサキの報告が上がるんですか」
「彼ねえ、人が嫌いだから仮想空間の隅っこで遊んでるらしいんだけど、なんでか不幸の女神様に気に入られちゃってるようで、突発的な戦闘に巻き込まれて仕方なしにやってるのよ。しかも本人は覚えてないの一点張りで。だから、その辺も含めてよろしくね」
「よろしくって言われても」
どうしろと。どこから取りかかれば良いのか分からない。鍵開けて踏み込むか、そんなことすれば後々打てる手がなくなる。さてどうしようか、悩んでいればスズナのスマホが鳴る。
「なぁに? ……冗談、でしょ…………分かったわ。イチゴ君、108号室が空いたから、あなたはこの部屋使いなさい」
「戦死、ですか」
会話の感じと、いきなり部屋の主の許可無しに空いたなんて言うからには、そうではないだろうか。
「欠員がでたから、その補充で引っ張られたの。まったく、なんでウチの部隊からばっかりとられるのかしら」
そりゃ優秀だから、事実だ。如月隊は混成部隊で前線配置が多い、そして生還率も高い。経験豊富ですぐに使える戦力として引っ張られてもおかしくない。
「はぁ、もう……」
と、また着信が。
「なによ……出撃? ブルグント方面ね、分かったわ。イチゴ君、しばらく寮の管理もお願い、権限渡しておくから、何かあったら容赦なく命令してやりなさい。あ、でもエッチなのはダメよ」
「しませんよ!?」
「それじゃ後はよろしくね。管理アカウントとかは後でメールするから」
「つかなんで俺?」
他に管理を任せられそうな人がいそうなものだが、なぜだろうか。ここでの決まり事も何も知らないイチゴより知っている人に任せた方が良いのではないか。と、考えた上でここにまともな如月隊所属のやつがいないことに気付く。そもそも仕事が入れば適任者が選ばれてアサインされるが、人が居なければ手が空いている者が回される。それを考えると、イチゴはすでに引き籠もりを引き摺り出すという任務上、まず如月寮から離れることが少ない。だったら適任じゃ無いか。
「むしろこのためにレイジ君呼んだのに、いきなり転属願いとか出すからあなたが管理者なの」
「……さいですか」
つまり、本来ならレイジが管理人代理になるはずだったと。確かに評価試験では最低点を記録した、あんなやつ欲しがる部隊は居ないだろうが、転属願いが通ってしまう当たり……転属?
「あいつ北極じゃ」
「残念ながらどこに行ったのかは私も知らないの。しばらくは新しい蒼月がここで暮らすから、サポートもしてあげてね。じゃ、頑張って」
そんなこんなで置いて行かれた夜。これから拭き掃除、そんな気分にもなれず寮の中を見て回った。まず108号室。ドアを開けてまず思ったのは、生活感が無い。うすらと埃が積もっている事は無いのだが、人が住んでいたという感じが無い。他人のにおいというやつがしないのだ。一人暮らし用の設備は揃っている、ユニットバスをはじめ、小さな冷蔵庫、電子レンジ、何故か今頃見ることのないガスコンロ、エアコンやテレビ、ベッドも完備だ。しかし、食器は無いし全部コンセントプラグが抜かれていて使われていた痕跡が無い。
ざっと部屋を確認して、廊下に置いたままの荷物を引き摺り込む。お昼を食べに出たはずが、色々と必要かも知れない雑貨を買いすぎた。大半の時間はスズナのウィンドウショッピングに費やされたが、それでも表通りの店から路地裏の隠れた店まで知ることが出来て、珍しいものも見れた。
部屋から出て寮を見て回るが、各個人の部屋にコンロも風呂もあるのに共用の台所や風呂場があるし、まだ掃除していない大部屋、倉庫部屋。二階も同じだ。ふと、知っているにおいがしてその部屋の前で立ち止まった。207号室、なんで花火のにおい……硝煙の香りがする? こんこんとノックするが返事は無い。ネームプレートには如月と書かれているが、スズナの部屋は229号室。同じ姓の別人か、気になってドアに手を掛けると、開いてしまった。そっと覗き込めば、武器庫か。違う、ベッドがある、部屋だ。壁に大量の重火器や大型の対物ライフル、床には無造作に積まれた弾薬と、テープで縛られた各種グレネードが卵のパック詰めのように積まれ、ナイフや魔法の補助具が転がる。
「何か用?」
後ろから声を掛けられた。ドキッとして振り向く。青い髪の、中学生くらいの女の子だった。
「いや、ちょっと知ってるにおいがしたから」
「そっ」
押し退けられて、女の子が部屋に入ると電子ロックと物理的な鍵が掛かる音がした。力が、女の子の力じゃ無い。無意識に魔法で強化しているタイプだろうか、あれは白き乙女の主力部隊と同じだ。よく言われる、白き乙女は年端もいかない女の子を戦争に放り込むと、あんな子でも例外では無い。むしろ本来戦争の矢面に立たされる男たちよりも、若く、強く、そして扱いはより酷い。
一通り見終えて、外は明日にしようと思って部屋に戻る。荷物を広げ、さっと収納してシャワーを浴びる。こういう所でありがちな水圧が弱かったり、なかなかお湯が出なかったりすることは無かった。さっぱりして、ふと思った。暖房を入れた覚えが無いのに、暖かい。壁についているエアコンの操作パネルを見れば、エアコンだけで無く床暖房などの操作もできるようだ。
「いい造りしてやがる」
このまま寝るか、それとも。
「一応、覗いてみるか」
隣の部屋を。
スマホにゴーグル型端末を接続して、着ける。意識が、夢の中に落ちるように沈んで、別の感覚が流れ込んで来る。どこか薄っぺらい、偽物の感覚が。
目の前に広がるのは夜の桜都。立っているのは、現実には存在しない桜都の空中庭園。そこが、とくに指定しない場合の、共通のログイン場所だった。余剰処理能力で再現された仮想空間、セントラではすでにそこを新たな生活領域として活用している。いや、活用しすぎている。仮想空間から現実を制圧してしまえるほどに、生活に食い込みすぎてしまっている。
「ムーヴ、如月寮」
簡単なコマンドだ。仮想空間ならではの、瞬間移動だ。受理されるのと同時に、いくつかの認証が行われて、飛んだ。瞬きするよりも速く、一瞬。目の前には如月寮があった。玄関を開けると、そこに廊下があるはずだったが、今は無機質な通路があった。大抵は現実を模倣して、内部まで再現されているのに、ここは違うようだ。普通、こんな感じで外と中が一致しないのは企業だとか軍関係の基地だとかだ。空間的な繋がりはあるが、物理的に領域が確保されているわけでは無い。繋がっているように見えて、一歩踏み込めば別の場所に確保された領域、そこに再現されたエリアに飛ばされる。コレを利用して、権限が無い場合には別の物を見せて別の場所に飛ばすことが出来る。つまり、人と場合によっては同じ場所を見て、一緒に進んで、違うものを見て、違う場所に飛ばされる。
「いくか」
メールボックスを開いて、スズナから送られて来ていたメールを開いて添付のフォルダを展開。中にあった識別用のデータ類を、すべてイチゴ自身のパーソナルデータに組み込む。これで管理者代理だ、踏み込んで万が一セキュリティプログラムに攻撃される、なんてことはない。
「ムーヴ、霧崎アキト私有空間」
『エラー・指定された対象が存在しません』
「何でだよ……ムーヴ、107号室割り当ての空間」
『エラー・指定された空間が存在しません』
「如月寮内部の空間を一覧表示」
『エラー・権限がありません『エラー・『エラー・『エラー・『エラー・『エラー・『エラー・『エラー・『エラー・『エラー・『エラー・『エラー・『エラー・『エラー・『エラー・『エラー・『エラー・『エラー・『エラー・『エラー・『エラー・『エラー・――――
次々と展開する大量のエラーログに囲まれる。
「な、なんだこれ」
「Don't move,or I'll shoot」
「分かる言葉で言ってくれ」
「動くな、動けば撃つ。前線に出ない男はこの程度の警告も理解できないの? 中学校で習うよ」
背後から聞こえる声は、あの中学生くらいの女の子のものだ。
「悪いが俺はあんまり前線に出ないんでな」
「で、何を調べたいの」
「霧崎アキトと話がしたい」
「それはアキトが望まない」
気付けば、エラーログの向こう側に大量の浮遊銃座が待機していた。この子の制御下にあるのだろうか、しかしそれにしても数が多い。これは、個人に割り当てられる処理能力じゃない。自前でやるにしても、キリエが保有しているのと同程度以上の設備が必要になる。
「だからって、なんでお前がそれを言う」
「アキトが私のパートナーだから。アキトは誰にも渡さない」
「ふっ……なんだ? 引き籠もりじゃ無くて、もしかしてお前があいつを孤立させてんのか」
「バカなこと言わないで。実験に使った挙げ句、管理しきれないからって捨てておいて、追い出したくせに、一人にさせたくせに、何も悪くないのに追い詰めて苦しめたくせに」
背中に固い物が押し当てられる。
「分かった、分かった。これ以上はやめる離せ」
「失せろ、アキトに近づくな」
このままやっていたら殺される。大人しくログアウトプロセスを呼び出して、今日の所は退散することにした。




