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血色の狂犬【Ⅴ】

「ムロイさん、お願いがあります」

 その日、珍しくアキトが。

「お金貸してください」

「ダメ」

 引き落としの日の直前で口座空っぽ状態、まずいまずいどうしようと慌てていた。

「二十万、いや十万だけいいんで貸してください」

 学生にしては大金じゃないのか。正論でありこの二人には端金だ。

「金の切れ目は縁の切れ目……って知ってる?」

「……あの、ムロイさん」

「私とお金の関係になったら……返せなかったら、さよなら」

「いや、その……あー……いいです、はい」

 諦めた。で、お金がなければどうなるか。詰みだ。人生詰みだ。捨てられた、というかここに売られて放り込まれた。好き勝ってやれるようでいて、実際はレイアの実験に協力させられているから好き勝ってやれるだけだ。本人はそんなことに気付いていないが、暴走してルージュマッドドガーとして暴れたときの戦闘データの収集、そして自己進化ロジックの動きを記録するだけでもかなりの貢献になる。それでもだ、お金がなければ詰みなのだ。

「そうだ。今度の大会、賞金があるよ」

 オフィシャルサイトを表示したウィンドウをアキトの前に滑らせる。

「チームデスマッチで上位五位には賞金、俺は一人なんですが」

「大丈夫、当てがあるからその人と組めばいい」

「ほんとに大丈夫なんですか」

「うん、私がなんとか言ってみるから。待ってて」

 引き籠もり、表世界に出る為の第一歩。裏世界ではすで賞金首で、出歩けば大抵は殺し合いの血みどろの道しかない。

「ほんとに、ほんとに大丈夫なんですよね」

「だいじょーぶ」

 しばらくムロイが虚空を見つめる。意識だけでプロセスを実行して、誰かと通話しているようで、そわそわしながら待つこと一分ほど。通話を終えてアキトに視線が向けられる。

「ど、どうでした」

「おーけー、もうすぐ来るから。そんなうるさくない人だから気にしないでいいよ?」

 そうは言われても、人と接することを恐れるアキトはムーヴプロセスを待機させている。

「コラ、そんなの要らない」

 でも人付き合いが超苦手な側からすれば、知らない人間と接することは未知の体験であり怖いこと。何故苦手なのか、それは人を信じると嫌な目に遭うという刷り込みがあるからだ。それだから、引き籠もりを無理矢理連れ出そうとか、コミュニケーション能力の訓練をさせようだとかいう世間一般の、こちら側からすれば敵対行動以外の何物でもないそれは、通常以上に悪い効果を出す。そうやって追い込まれた末の自殺、自衛のためと解釈して殺人、ニュースでよく見る結末、その程度では済まない。済まなかったから、こうして賞金首として引き籠もりをやっている。

 少しして、無機質なアキトのプライベートスペースにイチゴがログインしてきた。金欠に追い込んでしまえば、少々無理してでもお金を稼ごうとするはず、と。ムロイの策略は地味ながらも確実なものだった、散歩でわざと襲われるように仕向け、無駄な出費をするように誘導する。それも分からないほど地味な誘導を。そうして少しずつ削り削り、ちょっと危ないかなー稼げそうな物があれば飛びつくかなーというところで、トドメにデストロイングエンジェルとの戦闘で、火炎放射で押し切るように指示。当然、それが一番有効な手段だとアキトは知っていて、目先には賞金首。回りのことは見えていない状況で、構造体という破壊してはいけないものを破壊させながら暴れさせて、その修復処理の費用で完全な空っぽに。

「ムロイ、頼みがある」

「なに」

「二万、二万でいいから貸してくれ! 給料日が来たら返すから」

 仮想ネットの料金と一ヶ月一万円生活のための二万。

「話が違わない?」

「あのー……あれだよ、オブジェクトの修復処理で、全部、なくなった」

 RC-fenrir。貰ったはいいが何もしないのももったいないなと、遊びがてら歩行練習から始めて走行、射撃、ドローン相手に模擬戦闘、そんな感じでやっていたらいつの間にか最適化処理で武装や機体が変化し始めて、気付いた時には訓練施設がボロボロで。

「バカ」

「ストレートに言うか」

「バカはバカ、あなたたち二人でなんとかすれば」

「え、ちょっ金がないと給料日まで俺何も出来ないんだけど!?」

「ムロイさんちょっとどうにかしてくれるんじゃなかったんですか!?」

 抗議は受け付けてくれた。それだけだ、ムロイはそのままログアウトして通話拒否まで。残された二人は、今までのような戦場での接触ではなく、安全で落ち着けるプライベートスペースでの接触と言うこともあってか、ピリピリした空気にはならなかった。最初の時のように、逃げるようなことも。

 スズナが言っていた「彼は人を怖がっている。信じようともしない、こちらからの言葉は届かない、コミュニケーション自体、取りようが無いの」その評価は、あくまでもスズナの評価であり、認識。別の誰かはまた違った評価を、認識をするだろう。

「……一緒に稼がないか、効率上がるぞ」

 イチゴは後二日は大丈夫なのだ。その間に稼がないと、不味い。何で、とは言わなくても、稼がないか、その意味は伝わる。

「……取り分は七三で」

「いや、いい。明日引き落としだろ、先にお前の分を稼いでからでいい」

「何が目的ですか、そんな譲歩は信じられない」

「譲歩じゃねえ、戦略だ。二人でやった方が効率がいい、そして明日中にお前の分を稼がないと俺一人、効率が悪くなる。知ってるか、集中効果の法則」

「知ってますけど、二人じゃ意味ないと思いますよ。これなら第一法則です」

「そうはならない。人数と武器の掛け算だ、俺たち二人、それでも武器はたくさんある。とくにオートタレットとか武器でも人数でも数えられる。だったら話は別だ」

「……武器は武器ですよ」

 ゲームサーバーに接続して、現在保有している兵器の一覧とそれらの取引の相場を出す。売ってしまえばいいが、売れるのは相場と比べて破格の値段で掲載するからすぐに売れるのであって、稼ぎを目的とすれば、相場より少し安くかなというくらいにしなければならない。しかしそうしてしまうと売れ行きがよろしくない。売って稼がないといけないが、安くしないと売れずそうすれば稼げない。

「売るのか」

「レアアイテムですけど、相場より少し安いくらいじゃないと売れない。でも、それでも値段は高いから買って貰える可能性が低いんで」

「効率的に稼ぐ……PK狙いで」

 例えば、今まで一人でこなしてきたことを手分けするというのはどうだろう。アキトにはPKに専念させて、イチゴがドローンで偵察、目標の位置を指示して後ろからドロップアイテムも回収しながらついていく。いくらか効率は上がるはずなのだ。

「賞金首狩りに行きます」

「金がないだろ、もし失敗したら弾薬代とか処理能力代とかどうする気だ」

 言われて、項垂れた。

「今までRMTで稼いできてどうだった、安くすればすぐに金が入るのか」

「入りましたよ、すぐに振り込むことを条件にしたあの値段ですから」

「だったら、それで行こう。二人で、ちと効率的にやれば、今日中にお前の分くらい稼げるさ」

 アイデアを伝え、それでやってみようと言うことで即座にムーヴした。

 アキトのストレージから大量の武器弾薬アーマー類その他いろいろを貰って、武装した二人は砂漠エリアのびみょーな場所に座り込んでいた。DMZに近すぎず遠すぎず、そして複数のリスポーン地点のちょうど中間あたり。チーム編成を終えて初めて気付いた、あれだけの腕前がありながら、アキトはゲーム内で二等兵のままだ。昇級申請を出せばすぐにでも上がれるのに、出していない。

「なあ霧崎」

 掲示板に物騒な書き込みをしながら、暇つぶしがてら話しかける。

「ん?」

「公式掲示板に出てたあのニュース見たか? なんでも賞金有りの大会らしいんだけど」

「ああそれ、昨日見ましたけど……知っていますよね? 俺がどういう人間か」

 さっきもムロイに見せられているが、参加する気が無い以上はどうでもいいとすぐに記憶から抜けていく。

「知ってるよ。不登校、引き籠もり、現実リアルでは対人恐怖症なのか一切部屋から出ない、仮想ネットでは廃人並みのゲーマー、寮長に」

「もういいですよ! てかそれ以上言わないでください」

「ははっ、それでだ、そんなお前に知り合いはいない。この大会は二人以上の参加。と、なれば?」

 大会の詳細を表示して。少し目を通して。

「……。俺にどうしろと? そもそも大会の日は、珍しく寮長から『仮想へのダイブ禁止!』なんて注意されているんですが」

「ふん、この私を誰だと思っているのかねぇー、ワトソン君」

「誰がワトソンですか」

「ならエドワードと呼んだ方が良かったかな?」

「ジャングルの奥地で羽ばたきませんよ……」

「連れないなぁ」

「というか本題に戻りません? アサルトライフル抱えたまま荒野のど真ん中に座り込んでる俺らって良い的ですよ?」

 そう、隠れる場所すら何もない。それでも何故か? 砂漠の狩人を狩ろうぜ! なんて書き込みして人を集めたことがある手前、もう一度くらいバカ共を煽って集めるのは簡単だ。もっとも、今回イチゴは砂漠の狩人を狩る側ではない、バウンティハンターを狩る側だ。 

「大丈夫大丈夫、撃たれても超痛いだけで死なないってのがヴァーチャルリアリティー」

「……痛覚まで忠実に再現します、の、どこがいいんですかこのゲームは」

 成人向けサーバーならあちこち千切れ飛ぶこともある。で、長いことやっていてなんでそう言うのか。ただ稼げるゲームとしてしか見ていないからだ。

「まあ確かに」

「それで? その大会、俺にどうしろと?」

「よくぞ聞いてくれた!」

「うわっ」

「如月寮の廃人……もとい仮想ネットで腕の立つやつらを集めて参加しよう、ということだ。霧崎、俺、室井と……後は募集するか」

「まだ決まってないんですか」

「うむ、決まっておらんよ二等兵。えものが来た」

「……、」

 イチゴが立ち上がって、構える。この砂漠エリアに太陽の日はあまり降り注がない。上空の風、舞い上がる赤茶けた砂。そんなどんよりしたものが常に大空を覆っている、という設定のため、廃れた世界という印象が強い。遠くを見れば傾いたビルや、砂漠に突き刺さった船がある。砂漠エリアは砂漠エリアでも、いつもとは違う砂漠エリア。

「それじゃあ、いつも通り」

 殺戮の開始だ。

「りょーかい……」

 サポートアイテムを使ってマップに襲撃者の位置をすべて表示させる。数が多い、その上ビルや船の中に潜むスナイパーもかなりの数が見受けられる。

「スキャン完了、行くぞ」

「いえっさー……。はぁ、なんでいつも囮みたいな……」

 視野に表示されているマップにくっきりと位置が現れ、動きの予測がしやすくなる。だがそれは相手側も使えるという事であり、こちらにとっても大変困るものである。だが、それがどうした。今回わざわざこんなところを選んだのには訳がある。周囲の構造物にはすべて爆破解体を前提とした仕掛けを施し、砂の下には大量の地雷。空には爆弾を抱えて飛び回るドローンの群れと回収用のアームを装備したドローンの群れ。

「わたっ、いってぇっ!」

 いつもと違うからか、アキトが足を撃たれて倒れかけた。早くも地雷原を突破した数人が接近する。スモークが焚かれて視界を遮る、それでもマップに表示されているから分かるだろう? だが、意外にも人は自分の眼にかなり頼っている。そこに居ると分かっても、案外狙えないもので。

「そこだ」

 前面には真っ白なスモーク。その前で慌てるアキトの背後、マップに表示はないのに足跡が出来ていく、風の流れがおかしい。引き金を引く、ステルス状態の襲撃者が吹き飛んだ。

「悪い」

『しっかり確認してくださいよ』

 砲弾のように大きなサプレッサーを付けたスナイパーライフルを構えながら、さらに二発続けて。スモークの向こう側で三人分の反応が消えた。貫通して撃破したようだ。遠くではビルが倒壊して砂煙が広がり、呑み込まれた連中も破片で次々と反応を消していく。地雷原手前でも、同じようなものだ。

「ほら、ドロップ回収するぞ」

「はいはい……後で復讐されないだろうか……」

「それはその時だな、うん」

 ドロップアイテムをさっと回収して、背中合わせで警戒。取りあえずさっきのが特別早かったようで、他はまだ地雷原を突破できそうにはない。対人地雷、対車両地雷、近接爆弾、リモート爆弾、あれこれ設置しているし、空からの爆撃もある。これはまだ使わない、最初からやり過ぎると意味が無い、相手にこれならちょっと頑張ればやれると思わせて引き込んで、引き返せないところまで引き摺り込んで、一気に叩く。

「それで……さっきの話ってなんだったっけ?」

「忘れないで下さいよ、大会の話でしょう」

「ああそうだった。んでだな、霧崎、お前の参加は強制だ」

「……はい? 俺その日はダイブ禁止令が」

「ふふん、この現実でも兵長やってる現役のPMSC社員にまっかせなさーい」

「嫌な予感しかしないんですが……それにうちの如月寮って、学生寮じゃなかったですか」

「あ、それは表向きな」

「裏向きは?」

「寮長にでも聞いてみな。それより今回の大会だ。フレシェットスクワッド」

「変な名前ですね」

「スクワッドは分隊。人数は十人前後だな。ここの大会は一グループの人数と大まかな戦い方で名前を決めているからな」

「ってことは……高速で動き回る人間たち?」

「フレシェットが高速で標的を貫通する弾丸だから、まあニュアンス的にはそれでいいか」

「で、具体的にどんなものなんですか」

「なに、簡単な事さ。このゲイルクロニクルの中で、ちっぽけな戦争、殺し合いをしようってことさ」

 イチゴがスイッチを押す、船が爆発した。マップ上ではちょうどスナイパーらしい連中の動きが止まって、狙撃位置に着いたところだったのだろう。事前にプログラムされた命令に従って、回収用のドローンたちが動き出す。何機かは撃墜されるが、回収したアイテムを持って高空へと退避して、アキトの頭上目掛けて投下してくる。片っ端から回収してストレージに押し込む。

「で、どうだ」

「結構いいスナイパーライフルありました、投げ売りしても全部売ったら二万にはなります」

「よっし、回収は任せろお前はどんどんやっちまえ!」

「りょーかい」

 今までとは違う、倒した相手のアイテムをほぼすべて回収できる。一人でやっていたときは、戦いながらだったから、回収する前にデスポーンしたり別のプレイヤーに取られたりしていた。その分を回収できるだけでも、それなりに稼ぎが増える。


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