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血色の狂犬【Ⅳ】

「仮想でも雨か、嫌な天気だ」

 桜都の構造体を眺めながら、廃棄された工場地帯でゲイルはのんびりと瓦礫に腰掛けてそれを待っていた。ちょっと滑って落ちた、とかなったら確実に死ぬであろう高さ。焼却炉に入れる前のゴミ溜めの中で、そいつが飛び出してくるのを。そろそろのはずなのだ、レイアを出口側に配置してしまえば、引き返してくるはずだと考えて。

「出来れば焼き払うのが良かったが、雨が降るなら雷撃でいくか」

 後ろから声がかかる。振り向けば、そこには棍を持ったレイジが居る。魔法適性はほぼ無く、絶滅危惧種の刻印型魔法に頼り切り。仮想適性もすこぶる悪く、電脳化処置は受けておらず端末経由でのダイブ、戦闘用電子体へのシフトは出来ずプロセスの実行速度も劣る。

「取りあえずはアリスの試験運用だ、リンクは」

「Es経由でお前と、それからアキトに接続済み。リアルタイムでバックアップし続けるようにはしてるから、殺されても大丈夫なはずだ」

「じゃあ、やってみようか」

 ゲイルがウィンドウを広げ、仮想キーボードを展開。自分のストレージ内部のデータを指定して実行。

『アリスシステム起動・データ展開、構築終了、システムチェック……クリア、起動準備開始』

 数百枚もの処理ウィンドウが同時展開され、恐ろしい速度でプログレスバーが伸びては消え、また伸びていく。

「そういやこのエリアの管轄は」

「あっ」

 けたたましく鳴り響いたアラートに、慌てて偽装処理を展開しようとするが、そっちにリソースを割くくらいならこのままゴリ押した方がいいと判断。

『警告・処理能力キャパシティオーバーを確認。当エリアに割り当てられたリソースを占有しすぎているため、該当オブジェクト、プロセスを処分します。当エリア内にログイン中の電子体は速やかにログアウトしてください。繰り返します――』

「急げ急げ急げ!」

「来るっ」

 廃棄された工場地帯、その構造体そのものにスキャンがかかる。壁が遥か彼方に、それでも恐ろしい速度で迫り、通り過ぎた。

『対象となるプロセスを捕捉、実行者は直ちにプロセスを中断、処理を破棄しなさい』

 ほんの数秒での出来事。強制デリートが行われるその寸前で、アリスが起きた。

「ロールアウト!」

 何もなかった空間に発生した。それが彼女の、意識の表れだった。観測すべき実体を持たず、本来であればここに存在することを許されないのに、ここに発生した。だからだろうか、その姿は人の形をしていても今にも崩れ落ちそうなノイズの塊で、とても不安定だ。顔が、蠢く。それは人で言うところの、不安、状況を理解できずに戸惑っている。

「迷うなアリス、それがお前の"機体"だ。マニュアルはない、好きなように動いて"操縦方法"を理解して、慣れろ」

『警告・不正な電子体を検出。該当者は直ちに証明書を提出しなさい』

「私は、私だ。AIユーザーアリスだ」

『警告・該当電子体をウイルスと認定、デリートを開始します』

「警告、お前の判断は不適切だ」

 アリスの周囲がフォーマットされる。空間ごと隔離して破壊しようという事だろうが、割り込みがかかる。白紙化された領域、一時的に、瞬間的に誰でも干渉可能になるが時間的に不可能な一瞬。そこに割り込みをかけて、領域を再定義。フリーズさせて、アリス自身を守る壁が展開される。

『アラート・管轄領域内部に危険因子を確認。拡散防止の為、当構造体をデモリッシュ』

「アラート、その行為は人に危害を加える、コーデックに違反する」

 管理AIとの口喧嘩……に、見えて裏では超高速の演算で互いに出し抜こうと戦闘を繰り広げている。

「ヴァルゴ、管理権限を奪え」

『セキュリティコア制圧・当エリアの管理権限をゲイルに設定』

 瞬間、本来ならばあり得ない構造体の管理ウィンドウがゲイルの眼前に展開される。基本的に私有空間でしか起こりえないことだ、公共空間や大きな構造体はAIの管理下に置かれるが普通だから。人の反応速度では、構造体全体を認識して適宜情報をアップデートして、綻びを修正するなど出来ないからだ。

「アキトが入ったな……構造体をフリーズ」

『構造体の凍結処理を開始……封止完了』

「観測は任せた」

「はいはい、それとアリスに適当なテクスチャくれてやれ」

「フェンリアのを丸々貼り付けるか」

 処理ウィンドウが開き、データトランスファが起動。人の形をしたノイズの塊が、安定していく。黒髪の少女の姿を描き出し、レイジが慌てて服装セットを取り出してアリスに追加転送する。少女の裸体がそこに、アリスは送りつけられた服装セット(データ)が何のためのものなのか理解できず、首を捻る。

「着ろ」

「きろ、とは?」

「送りつけたデータは"服"だ。着ろ、とは着ること。それを身につけることだ」

「理解不能、該当データは戦闘行動に不要な要素だと判断」

「倫理的な問題だ。最低限胸と股間は隠せ」

「理由を明らかにせよ。私はAIユーザーアリスである、人の真似事をする必要はない」

「…………前のデータインプットしてやれ。処理能力を犠牲にしてでも、人の思考をさせた方がやりやすい」

 ゲイルが、嫌な顔をしながら前回の戦闘データを展開して、学習データに追記する。前は下手に学習させたこともあり、サポートはしてくれるが口は悪いし喧嘩っ早くて危なかった。でも、あれくらいの方が融通が利く。

 追記処理が終わり、そのデータでリフレッシュが掛けられた途端に、アリスの顔が赤く染まる。恥じらいという"感情"を演算したからだ。悲鳴はなかったが、涙を浮かべてゲイルのストレージにアクセス要求を出す。ストレージの中には何でも入っているからだ、何でも。許可が下りるやいなや、姿のモデルデータとなっている少女が着用している下着と普段着を引っ張り出して、姿を変える。

「変態! スケベ! 裸の女の子見て楽しいかアホ!」

「おめーに欲情しねーから、さっさとゴミの中に飛び込め」

「いっ……こんな、臭そうな、汚いところに?」

「行け、破壊の天使と血色の狂犬相手に戦って学習しろ」

「ヤだ、ゲイルが行けばいいじゃん。私はその様子を見て……」

 後込みするアイリを蹴り落として、レイジも一緒に飛び降りる。悲鳴が空気を振るわせた、どうも女の子の疑似人格のクセして、裸見られるよりもゴミの中に落とされる方が嫌らしい。グシャッと、踏み抜いたゴミ袋から腐敗した物体が飛び散る。悪臭を気にもせず、索敵用のプロセスを走らせるレイジの隣では、顔をしかめて叫くアリスがいる。

「うるさい!」

「はぁっ!? こんな臭いところで戦えってバカじゃないの! ヤだ、私帰る」

 そう言ってログアウトプロセスを起動するが、エラー。ムーヴ、エラー。アボート、エラー。凍結フリーズした構造体、或いは空間への進入と退去は基本的には別の構造体、空間との接続域まで近づかないと不可能だ。例外は、コアの管理権限を持っている者が許可を出した場合だけ。

「なんで! なんで!」

「さすがヴァルゴ……」

 権限を奪おうとしつつ、偽装処理や抜け道を探して次々と仕掛けるアリスの処理を片っ端からキルして、或いは妨害して無効化する。もともとの用途、そして割り当てられた処理能力の量もあってか、遊ばれているとしか言えない。その上、処理能力を犠牲にして"クオリア"を獲得している状態ともなれば、柔軟な対応が可能で人には遥かに勝るが、それでも格段にスペックダウンしている訳で、AI同士の戦闘では勝ち目がない。

『接触まで、予測三十秒。準備しろ、先に破壊の天使が出るぞ』

「オーケー」

 ルージュマッドドガーの撃破が任務だが、今までも"撃破"指定されていながら取りあえず行動不能にしてしまえば、上も文句を言わなかった。倒せないのだから、何とかしろという事なのだろうが毎度毎度実力で対応させられるのもそろそろ疲れた。

「もーやだかえるーかえりたいー」

「仕事だ、やれ」

『時間を考えると、もうじき限界だろう。出てきたらワンコンボで仕留めろ』

 ゴミに埋もれた足元が盛り上がり、噴火した。吹き上げるのは白い胞子、そしてそれを焼き付くすべく追う炎。空に逃げた胞子が拡散して、構造体の外へと散っていく。破壊の天使を仕留め損ねたアキトが遅れて飛び出してくるが、着地の前に強制除装させられて、ゴミの上を転がる。

「クッソ、逃げやが――」

 腹に棍が叩き付けられ、中身を吐き出すかと、一瞬だけ思えた。それが最後の思考になる。背中から、蹴りを、再び混を、そして拳。単純な暴力、二人がかりの。

「霧崎アキト、撃破完了」

『アリスの訓練にならない』

「最速で仕留めないとこっちがやられる」

 適性がない、だから弱いという訳でもない。タイミングが分かれば、後はそれに合わせて先制攻撃を叩きこんで、流れをこっちに寄せてしまえば、強い相手でなければ自然と勝利へ流れ着く。

「取りあえずはこれにて終了」

 アキトを抱えて、レイジはどこかへとムーヴ。事前に許可を出されているのだから、何事もなくプロセスは走る。アリスも蹴りと拳だけながら、人を攻撃するということをやった。行動としては僅かだが、経験としてはいい収穫でもある。本来、AIは中立を謳い、人へ危害を加えることが禁じられているのだから。

「さて、と」

 ゴミ溜めからよじ登ってくるアリスに手を貸して、この構造体に入ってからのアキトの様子を辿る。意識を飛ばす、構造体の接続域は溶けていた。アキトが通った場所は、破壊され修復処理が始まっているが、並の携行兵器では破壊はおろか変形させることさえも不可能と言われる、破壊不能オブジェクトの構造体そのものを壊すのはどういうことか。いくら機体の使用料が格安とは言え、そんなことすれば修復処理の費用がガンガン請求されてあっという間に口座が空っぽになる。そうなれば最低限のプロセスを除いて実行権限が奪われる。毎度毎度こんなことするから、金欠でRMTして稼いでまた同じ事。何度も繰り返しているのに、学習しないバカだ。

「よくやったな、アリス」

「ものたりなーい」

「だったら二回戦始めるか」

 逃げていく胞子の流れから、破壊の天使の本体がいるであろう方向は掴めている。どのみち死んだところで問題がないのであれば、戦わせて経験を積ませるのはいいかもしれない。

「何すんの?」

「破壊の天使と一騎打ち」

「ヤだカビ臭い」

「だったら今日のところはこれでおしまいだ」


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