始まり、或いは終わりへの一方通行【Ⅱ】
二人で街中を彷徨っていた。スマホで検索しても呼び出された場所、如月寮なんてヒットしないし、地図アプリを開いて周辺検索ですべての建物を一覧表示しても出てこない。
「如月寮ってどこよ!?」
「さあ?」
別段、すぐに顔を出せというものではなかったが、新たな配属先の寮の場所くらいは知っておきたい。レイジとイチゴが所属するPMSCs〝白き乙女〟は人数が多いクセして管理は各部隊の隊長に丸投げなのだ。要するに、雑であり、隊長が細かいところまで面倒を見ない、または面倒くさがり屋の場合、書類もなにも送られてこない。電子系に強い人達か、その友人ならば管理AIに個人ごとに面倒な登録してしまえばいいが、そうでなければこちらから申請しても忘れられ、何もして貰えず自分であれこれする羽目になる。
「くっそー……こういうときこそ隊長にって、番号は?」
「知るか、どうせ下っ端の部隊だろ。顔も名前も知らないとか言うなよ」
「悪い、俺知らないんだ」
所属もなにやら長ったらしいのを最初に書いた覚えはあるが、その後は名乗ることも書くこともなくて忘れた。
「つーかそういうレイジは」
「一応は臨時オペレーターで登録してある」
「正規所属じゃねえんかい」
「だな。だから、内部の情報も開示してもらえない、直属の上官も居ない訳で引っ越しも異動手続きも何もかも全部自分でやる必要がある」
「俺よりもっと酷いのがここにいたよ……」
道行く人に尋ねようにも、そこら辺を歩いているおじさんおばさんが実は余所のPMSCsのオペレーターでしたとか、遊んでいるように見える子供が訓練生という可能性がかなり高く、うかつに声を掛けることが出来ない。どんな些細なことでも、やったという事実だけでどんな事になるか分からない。
この前だって民間人に挨拶しただけで不審者扱いされた男が逮捕され、不当逮捕だと訴えても誰かに聞いて貰えることすらなかった。それがPMSCsともなれば万が一がある。
「取りあえず、今日は帰って荷物でもまとめろ」
「おめーはどうすんだよ。俺はイントラにアクセスできるけど、そっちは出来ねえだろ」
「無いやつには無いなりに備えがあるんだよ」
「へぇ……どんな」
「時間だけはたっぷりある。それにある程度は、各社テリトリーがあるからな、その辺考えて探せば見つけられる」
「……なるほど」
確かに沿岸部の基地は、小さな所はフェンス一枚で隣接しているところもあるが、広い目で見れば拠点とその周辺施設はある程度まとまっている。一部はVLFPsなどで桜都国の海域を移動しているが、基本は有事の際に散らばっていると不便だからまとめている。
「そういえば、正式な配属はどこになってる」
「俺は……書かれてなかったな」
そうだったはずだと、スマホを取り出して確認してみる。確かに伝達事項には書かれていなかった。編入後に決められるのだろうか。
「お前は蒼月と組んで北極なんだよな」
「書いてあったし……」
退屈で凍え死ぬかも知れない遊覧飛行なら拒否したいところだ。観測隊に混じって極寒地域で退屈な毎日を過ごしてすぐのことだから、また極寒地域送りともなれば憂鬱だ。
「まあ、すぐに移動しろって訳じゃないし、のんびりやろうか」
「そうだな。俺、調べてみるから分かったら連絡入れる」
「入れなくて良い。これから用事があるからむしろ電話するな」
「なんだよ、もしかしてデートか」
「そんなところだ。じゃあ」
と、どこかに電話を掛けながら手を振って別の道に行く。刀なんか背負ってデートな訳が無いのは当たり前だが、かといってこんな街中で、しかも桜都国の本土で荒事も無いだろう。何をするつもりなのやら。答えの分からない疑問は考えても無駄だと打ち切る。
今日日、桜都では刃物や銃、とかく武器になるものを持ち歩いていたとしても、きちんとケースに入れていれば法に触れることは無い。ただそれを街中で使えば、常識の範囲で――警備隊に射殺されても文句は言えない。強盗なんて昔みたいに武装して押し入って強奪、そんなことすれば入った瞬間に殺される。分かっているだろうから、レイジが妙なことをすることはしないだろうと思う。
帰るか、それとももう少し探してみるか。引っ越しと言っても荷物はリュックに詰め込んでしまえるほどしかない。異動予定は今週中、だが明日明後日というほど切羽詰まっても無い。引き継ぎなんてものもないし、実質フリー期間。探そうか、と、まだ歩いていない方向へと足を向けた。冬休みだからだろうか、いつもより人が多い気がする。そんな中にも分かりやすい傭兵が混じっている。戦闘服着たまま出歩いているのか、それとも工事現場の作業員なのか見分けがつきにくいが、近場に工事現場は無い。ならば傭兵だ。下手に関わって問題など起こしたくないからと、近寄らないように歩く。
ヒュウと、肌寒い風に暖かい物が欲しくなる。ちょっと歩けば自販機が設置されている。一昔前に比べればスマホでの支払いが多くなったせいか、自販機自体には現金があまり入っていなくて、お金目的でこじ開けていく輩は減った。逆に商品自体を狙うのが増えたが。
「寒いときはココアに限る……」
自販機の受信部にスマホを当てて、ボタンを押して引き落としの通知が届く。
(……あれ、ちょっと待ってよ)
そう、少しで良い、考える時間をくれ。イチゴは確かにスマホを認証させて自販機のボタンを押した。それなのに何故、この自販機は、一体どうして、ゴトンと、商品が落ちるあの音を、あるべき反応を何も見せないのか。
故障? 何故? 今時自販機程度、故障すれば自己診断機能で自動的に販売停止になって管理者にアラートを送るはずだぞ? 何故だ? 揺らしてみるか? 斜め四十五度の一撃を入れてみるか? しかしそんなことすれば確実に警報が鳴り響いて、すぐに警備員にでも捕まる。そんな展開くらいは予想できる。
そんな、がっくりと無駄金……お金だけ自販機に取られたイチゴはもう一度トライしてみようとは思わなかった。今、確かに引き落としはあった、つまり購入履歴に記録され商品の在庫数も減ったはず、しかし実在庫は減っていない。管理者に問い合わせて見ればすぐに分かることだろうと、自販機横の電話番号を。
「消えてるし」
そんなイチゴを見つめる人陰が。自販機の前から動かないのを見て、声を掛けてきた。
「その自販機だけど、お金だけ取ることで有名だから誰も使わないんだよ」
「はぁっ? 管理者なにやってんだよ」
「それがねぇ所有者不明で撤去しようにもまああれこれあるらしくて、無駄に電力食うだけの置物的な?」
「ちなみに俺みたいに引っかかるやつは」
「たまに居るらしい。まあ、裏技があるんだけどねこれ」
嫌な予感がした。こいつもしかして、そう思ったときには見慣れないスマホを受信部に翳して、その瞬間にガタンと音がして、取り出し口に缶ジュースが落ちた。
ちらっと見えた画面には、見たことの無い処理ウィンドウが表示されていた。内容までは読み取れなかったが、コマンドの羅列のようで、よろしくない物だと思われる。
「何飲む?」
呑気に聞かれたが、その時にはもうイチゴは全力で走って姿を消している。どこの所属か、もしかしたら所属も何もない学生かも知れない。それでも、ああいうブラックハッカー……というかクラッカーとは関わらない方が良い。確実に後で巻き込まれて一緒に捕まるとか、あり得そうで困るからだ。
おーい、と、呼ばれたような気がした。その直後に自販機の自己診断機能が不正アクセスを検知したのか辺り一面へと警報を響かせた。
ほらみろ、言わんばかりだ。街中の監視カメラに追い回されたくないが為に、警報が鳴るよりも早く、関わりがあると判断されるよりも早く逃げて正解だ。今時街中で落とし物したってすぐに場所が分かる。ましてや落とし物をネコババしようものなら数分のうちに警備員に肩を掴まれる。
「あっつぅ!」
「ココアでよかったかなー、それあんたの分な、それじゃまた」
「ちょっ、これ、って待て!」
あの自販機は温度管理まで壊れているのか? それともあんなバカ共が仕掛けるからバグったのか。押しつけられた犯罪の証拠を持ったまま走って行く。幸いここは桜並木の街道、監視カメラが無いのは知っている。下手に戻れば傍観者から共犯者にされてしまうそうで怖いから、このまま現場から離れる。追いかけるが、速い、一キロ走らないうちにまかれてしまった。
人通りの少ない外縁部で、ベンチに腰掛けて海の音を聞きながら一息。ココアの缶に商品管理用のコード以外が印字されていないのを確認して、プシュッと。
「たまに居るんだよなぁあんなのがブフッ!? マズッ、なんだこ……おぉぉ」
底の賞味期限を見れば遙か昔。言っていたはずだ、所有者不明だと。つまり中身も不明なのだ。碌な管理がされていない。藪の中に投げ捨ててやろうかと思って、やめた。ちょうど巡回の清掃ロボット――ゴミ箱に車輪と各種センサーつけたようなやつ――が回ってきて、それが牽引するゴミ箱に投げ込む。アレもアレで、ゴミのポイ捨てや犯罪抑止のために動く監視カメラとしての役割がある。
はぁ、とため息。大人しく帰ろうかと、海沿いに歩いて行く。清掃ロボットが通った所だけ桜の花びらが散っていない。後で雨が降ると路面に張り付いて汚らしい、咲いている姿や風に舞って散る姿、水面に浮かび揺れる姿は美しいのになぜ地面に落ちてしまうとそう思えないのだろうか。そんなことを思いつつ空に目を向ける。見たことの無い戦闘機が沖合から飛んで来た。青い迷彩に、双発エンジンの間に妙なユニットが装備されている。機体下部と左右の翼にドロップタンクまでつけて、一体どこまで長距離飛行をしてきたのだろうか。それに、あれだけ追加して飛び立てるエンジンはどこの物だろうか。
高度を下げながら飛んでいく方角には白き乙女の基地があるはずだ。新型機なのか、最近あちこちで兵器の更新が始まっているが、そのための試験飛行と言うこともあり得そうだ。桜の木に阻まれて見えなくなるまで見送って、視線を落とした。藪の向こう側に人が見えた。あんなところで、誰だろうか、何をしている?
そっと近づいて見ると、見知った人間だった。
「レイジ、お前こんなところで何してる」
「ちょっとな」
藪を掻き分けて近づいて見れば、目を疑う光景があった。桜の木に背を預けて座っているレイジ、その膝の上に美女が、膝枕、目を疑う光景だ。ありえない、これは自分の現実認識能力をも疑うレベルだ。曲がりなりにも、イチゴは青春真っ盛りな男子である、女っ気の無い友人に先を越された、というかどこでそんな美女を引っかけたのか気になる。長い黒髪に化粧する必要性がないほどに整った顔立ち。体に視線を向ければ女性らしい体型、太りすぎでも無く痩せすぎでも無い、イチゴの理想に近いものである。
「……レイジ? 冗談じゃなかったのか? なあ、月姫の誘い蹴ったのはこれか、これなのか」
こんな美女とお付き合いしていれば、そりゃ別の美人からお誘いを受けても断りそうだ。
「残念ながら、違う。スズナ、そろそろ」
美女の肩を揺らして起こす。
「ん……ぅ、もう少しだけ」
寝返りを打ってレイジの側へと向きを変えた美女、その髪を梳くように撫でると心地よさそうに寝息を立て始める。しかしそれを遮る。
「続きはまた今度な」
「ぅ、うぅん……いいじゃないの、なかなか二人きりになれないし」
「ダメだ」
無理矢理に起こした。寝ぼけた状態で起き上がるその姿に艶かしさを覚えた。そして胸元に目が行く、五枚花弁の桜のエンブレム。薄い水色のTシャツにそのエンブレムは、桜都配属の白き乙女のものだ。
「口の中がにが……あら、誰、あなた」
目が合って、話しかけられた。口臭が……何のにおいだろうか、知っている、ホットケーキの生地のにおいか。
「白き乙女所属、イチゴ、もうすぐ兵長になる。よろしく」
「兵長、ねー。気楽でいいわねぇ、私なんて蒼月の引き継ぎ準備で忙しいってのに」
「……いっ」
蒼月、その言葉を聞いた途端にぎこちない動きでレイジに顔を向ける。
「こ、この人、まさか」
「違うぞ、月姫小隊じゃないしその管理者でも無い。ただ、前任の蒼月と関係があったから、戦死したそいつの後始末してるだけだ」
「そう、なのか。ってか蒼月の枠が空いてたのは戦死? どこで、一体どこのやつにやられたんだ」
拠点防御が専門となる蒼の部隊、その長を仕留めるのはかなりの戦力をぶつけることになるはずだが、そんな戦闘記録はここ最近見た覚えが無い。
「私がヤッたのよ。背後から、一撃でね。仕方なかったわ」
「えっ……なにが、あったんだ」
「言えないのよ、口止めされてるから」
「だったら詳しく聞かないけど」
「聞いたところで下っ端にゃ教えて貰えないから、そもそも聞くな」
そういう言い方をするということは、この美女はかなり高い立場、そういうことか。下士官程度ではそもそも、上位部隊との関係を築くことは不可能に近い。個人としての戦力の質、その関係上配属される方面が違うから出会うことすらない。今のように、誰かの伝で会うこともたまにあるが、それも稀なことだ。
「そうね……私も聞かれてうっかり喋っちゃうと、後で問題になるから出来れば聞かないで欲しいわ」
「だそうだ、イチゴ。そういや、スズナ、買い物は」
「あ、いけない。忘れてた」
「商船がもうすぐ来る、急いだ方がいい」
「そうね、それじゃまた。それと今度はゴムを用意しておいてよ」
「残念ながら実弾派なんで、ゴム使って欲しけりゃ自分で用意しろ」
「もうっ、イジワル」
立ち上がった彼女は、ふわりと宙に浮いて上昇する。一瞬、姿が霞んだかと思った次の瞬間には、凄まじい加速で空の彼方に消えた。そこらの空戦部隊とは比べものにならない。
美女がいなくなって、少しばかり話しやすくなった。
「で、レイジ! 今の美少女は!」
「如月鈴那、白き乙女代表レイズ・メサイアの女だ」
「……………………………………………………………………………………。」
ある程度は理解した。あの口のにおい、そしてぼそっと「口の中が苦い」と聞こえ、最後のゴム云々の会話。
「おまえ、ころされるぞ?」
トップの女と一緒に歩いていた、それだけでも大問題クラスなのに。なのに、なのにその先があれば。
「可能性は高いな」
「やっぱお前、北極で海に落とされるパターンだろ」
「それも可能性の一つだ。やっぱ怪我させる前にゴム弾使った方が良いか……」
「そっちか!? エロい事じゃ無くてそっちかお前!」
「訓練つってもやっぱ実弾撃たないと緊張感ないだろ」
「ゴム弾でも十分死ぬぞ?」
むしろ訓練で大怪我しないためのゴム弾のはずだ。というか、いつ戦闘訓練に参加した?
「つーかよ、あのスズナって、どこの所属?」
「そのうち分かる」
「知ってんのかお前、ちょっと教えろよー俺にも少しばかりああいう繋がりがあっても良いと思うんだが、どうよ」
「今度、スズナの所属と一緒に教えてやるよ」
刀を支えに立ち上がり、肩にかけ直すと藪を抜けて海岸沿いの道に出る。
「今教えろよ」
「用事がある、また今度」
「その用事ってのは」
「こいつの打ち直し」
肩に掛けたそれを指さす。ともなれば行き先は鍛冶屋か。そんな古くさい店がどこにある、そう聞かれそうだが包丁やハサミなど刃物を扱っている店ならばやってくれるところがごく稀に存在する。ついて行っても退屈なだけだろうと、今度はこれ以上関わろうとしなかった。