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血色の狂犬【Ⅱ】

「あーやだやだ」

 ゴミをステーションに放り込んで、毎日毎日霧崎アキトの起こすトラブルへの対応も一緒に捨てられたらと思う。あっという間に百人以上の命が刈り取られた数日間。百人目で数えるのをやめた。仮想空間の治安を著しく乱すから賞金首指定されるのだが、このアキトの場合はどうだろうか。治安を乱す連中に絡まれて返り討ちにして、ちょうど駆けつけた警備隊と交戦、これを撃破。民間人を巻き込んだ作戦をする軍隊相手に気にくわないからと襲撃、全滅させる。止めようのない災害だ。莫大な懸賞金がかけられているが、凄まじい制圧力を持ち、懸賞金相応の戦闘力や厄介な能力を持っているため、倒すことは困難を極める。やるなら、懸賞金と同等以上の犠牲を前提として国家間の戦争並みの戦力を投入してようやく釣り合う。

 そんな化け物を管理しろと、ともなればストレスも凄い物で。毎日どうやって顛末を報告して、改善するためにどうやったらいいのかを書けと。いままでスズナはコレをやってきた。そりゃ全部捨てて、管理者権限を渡したくもなる。

「イチゴ、私ちょっと出かけてくるから」

「はーい気を付けてなー」

 蒼月を見送る。生まれてから今まで、一度も髪を切ったことがないんじゃないだろうかと言うほどの長い黒髪。毎日毎日風呂上がりのケアに一時間くらい使っているのが、どうにも無駄に感じられる。乾かすだけでも一苦労、洗うのにも時間がかかって結果長風呂で、しかし苦情は出ない。何故だろうか、分からない。個人の部屋にもユニットバスがあるが、共用の風呂場をみんな使う。なのに、苦情はない。

 これで寮にはイチゴと引き籠もりのアキトと引き籠もりのムロイだけ。洗濯物を干したり食事の用意なんてのはたまにしかしない。学生たちは自分らでやるし、蒼月も自分でやっている。ゴミ出しと掃除、草むしり、すぐに終わって暇になる。通常部隊配属なら訓練だの出撃だので暇が無いが、ここは暇すぎる。アキトの面倒ごとを考えても、あれはあれで深夜にいきなりあるだけで、日中はほぼ何もない。

 ため息一つ。まともなコンタクトすら出来ていない。どうするか、いつものように仮想にダイブ、そのままゲームサーバーに飛ぶ。アキトにチームを組もうと申請を送ると瞬間で拒否、ミュート。どこにいるのかを探すのは、意外と簡単だ。最近気付いた、団体様でリスポーンする連中に聞くのだ。十組に一つくらいは、いきなり誰かに襲われたと答える。あとはその場所を中心に半径一キロを探すだけだ。

 砂漠エリアのリスポーン地点付近で、団体様のリスポーンを待つ間、掲示板に目を通す。運営が出している大会の一覧を流し見ていく。一時的に特殊ロジックを採用した空間でのバトルや賞金付き、優勝すればスポンサーがつく可能性もあるプロバトル、様々だ。仮に誘ったとしてよってきそうなのは、賞金付きの大会だ。

「どうやって誘うか……」

 悩む。直接言うのは不可能、メールを送っても読んでくれない、さっきみたいに申請出しても瞬間で拒否、仮想で近づこうにもすぐに逃げられる、夜中の間は別人格なのか話は出来るがしばらくすると忘れられている。さあどうしようか。

 そんなことを思っていると、団体がリスポーンした。震えている、灼熱の砂漠地帯なのに。

「よおあんたら、誰にやられた」

「わかんねえよ気付いたらいきなり……思い出したくねえ」

「一人、だったな……銃弾が当たらねえ、あんなやろうとやり合いたくない」

 他にも聞いてみるが、たった一人相手にやられたのは間違いない。座標を聞いて、その場所の近くでファストトラベル出来る場所に飛ぶ。走る、撃たれる前に近づいてしまえば、取りあえず危険に変わりないが声が届く。ほんの一キロ、砂漠に人影が見えた。全身黒で統一した装備、最近噂の死神か? 両手を挙げながら近づいていく。

「おい、この辺で――」

 声をかけた瞬間に、そいつが伏せる。銃声、一秒遅れて何もないところで砂が爆ぜる。すぐさま伏せると、黒い装備の誰かさんは逆に起き上がって走り始める。まるで分かっているかのような動きで、銃弾をかわして撃ってきている方へと接近していく。

「なんだあいつ」

 注意がそいつに向いているのをいいことに、ちょっと射線の外側まで退避して、狙撃手の居る場所へと向かう。たぶんアキトだろう。距離が縮まると黒い方は避けるのに専念して、リロードの隙を狙って距離を詰めてまた回避。その繰り返しでゆっくりと距離が近づく。迂回して真後ろ、砂丘の上から見下ろす形で双眼鏡を構える。おかしい、狙撃手はカムフラージュで砂色の布を被っているようだが、その二十メートルほど横でもぞもぞと動く何かが居る。

 ストレージから拾ったゴミ……空き缶を取り出して、砂を詰めて戦場にスローイン。もぞもぞと動く何かの目の前あたりに落ちた。驚いたのか、それとも、勘違いしてくれた、飛び起きたそいつが走って、身を投げる。アキトだ。

「ちょっと話を――」

 クイックドロー。避ける時間なんてなかった。見えたときには脳天を撃ち抜かれ、リスポーン地点へと飛ばされた。

「いってぇ」

 再び仕掛けた。今度は重武装の団体を襲っている最中だった……襲われている最中か? マシンガナーの制圧射撃に釘付けにされ、サイドからライフルマンに狙われて今まさに珍しい自体になりそうなところだった。そう、だった。スズメバチの大群が飛んでくるような音、かなりの速度で突っ込んできたそれは小型ドローン。胴体に爆弾を抱えた特攻機仕様、突っ込まれた側は吹き飛ばされて即死判定、当然イチゴもだ。

「チクショウ!」

 二十分ほどしてまた見つけた。女の子十人ほどのスクワッド……かと思いきや男が一人混じっている。装備で確かなことは分からないが、格好だけで判断すればそうだ。完璧に包囲されて、射線上に味方を置かない配置で遠慮無く、すべての方向からタイミングを計算したバースト射撃の嵐。リロードの時にも誰かが撃って、切れ間のない銃弾にさすがのアキトも手詰まりのようだ。撃つために狙えば、その方向から威嚇射撃を受けて引っ込む。一人で築いたらしい土嚢を積み上げた陣地に、包囲網が近づく。

 ついにやられたしまうのか、砂漠の狩人よ。だがそんなことはなかった、男がいきなり撤退の合図を出したが、間に合わない。爆発が起きた、砂が巻き上がって足元が沈む。

「おっ? これもしや」

 この辺りって、地下が空洞だったような……。今更思い出しても意味が無い、誘い込まれた。崩れていく砂の海、流砂の道に呑み込まれる。何故アキトの場所だけ崩れない、いや、そう計算した爆弾の設置だ。砂に押し潰されて圧死。

 その後も何度も巻き添えで死んで、持ち物のほとんどを失ってギブアップ。いつのように掲示板を見れば格安で並ぶドロップ品の数々。そしてそれをいつものように買い落として高値で再掲載するバカ共。

「なんだかなー……」

 最後にもう一回やってみるか、と。リスポーン地点の前で張り込むこと五分。

 アキトが現れた。

 あたりがシーンと静まりかえる。そして、掲示板やチャットに凄まじい量の書き込むが行われた。

『速報・砂漠の狩人敗れる』

『猛者現る、砂漠の狩人を狩りやがった』

『最強は誰だ狩人を倒した者は』

 まとめると、そういうものとかだ。

「珍しいな」

「…………。」

 無言で通り過ぎて行った。悔しいとかそういう顔じゃない、どうやって勝とうか、それを考えている顔だ。十秒ほど遅れて、少年が一人転移してくる。

「見つけた」

 その言葉に誘われるように、アキトが振り返る。

「なかなか強いじゃん、組まない?」

「嫌だ」

「じゃあさ、戦おうよ。今度の大会、バトルロワイヤルで」

「嫌だね」

「逃げるの、臆病者」

「何とでも言えよ。あんたはまぐれで勝ったわけじゃない、勝ったんならあんたは何言ってもいいさ」

 ログアウトして、ゲームサーバーから姿を消した。少年は遊び相手がいなくなった残念そうな顔をして、ウィンドウを開きながら近場に座る。そこにしかベンチがないから、仕方が無いのかも知れないが、ちょうどいい。

「アキトを倒したのか」

「アキト? 砂漠の狩人はそういう名前……ん? もしかしてあれ霧崎アキト?」

「そうだが」

「あっ……これスコールに怒られる」

 少年がウィンドウを閉じて、ログアウトプロセスを呼び出す。

「お前、名前は」

「フランシス」

「今度ちょっと話を……って」

 名前だけ言ってすぐに消えてしまった。あんな少年がアキトを、砂漠の狩人を倒した、どうやって? 勝ち方を聞いてしまえば後はこちらのもの、無敵の攻略不能な敵ではなく、突き崩すことができる強敵になる。

「はぁっ……大会、か」

 フレシェットスクワッド、バトルトリリオン、ニュービーズインパクト、色々とある。さっきのバトルロワイヤルは、バトルトリリオンという名前で開催予定、参加費がいるタイプで、勝てば賞金が出る。ちょっと参加してみようか、とか思って条件を見ていけば参加できる大会はどんどん消えていく。一定以上の戦闘をこなしていないとダメ、チームじゃないとダメ、初心者じゃないとダメ。条件でフィルタをかけてしまうと、その中で勝てそうなのは個人開催の小規模なものばかりしか残らないし、面白そうでもない。とか言って公式大会に出場すればプロ相手の銃撃戦……にもならない。先に見つけられたら、その時点で終わりと思った方がいい。

 ゲームサーバーからログアウトして、ムロイのパーソナルスペースにムーヴ。不思議の国、そんな印象の空間だ。大きな顔の形をした扉を開くと、ねじ曲がった通路だったりお花畑だったりゾンビが出てきそうな惨劇空間だったり……侵入者対策らしいが、正規の認証キーがない時点でランダムワープの連続、どう進んでも入口に返される無限回廊なのだ。

「ムロイー」

『奥、CIC』

 アドレスが送られてきて、ムーヴ。CIC、名前の通りの場所だった。照明のない暗い部屋、ムロイを囲むように展開される空中投影のウィンドウと仮想キーボード。そのほとんどは今は何も表示されていなかったが、三つほどはアキトを映していた。

「アキトのことなんだが」

「うん、なに」

「どーやったらまともに話が出来る」

「いま、金欠」

「だから?」

「お金ちらつかせたらよってくる」

「……その前にだ、どうやったら話が出来るかだ。俺が何しても完全に無視だぞ」

「警戒してるからだと思う。私がなんとかしてみる、それとこれ」

 アキトのメールボックスの中身が全部表示された。プライバシーもなにもあったもんじゃない。ほとんどはゲームの関係だ、RMTの交渉や大会へのお誘い、いろんなゲームに手を出しているようだが、ほぼRMT可能なゲームばかり。しかしメール相手は業者みたいな連中だけじゃない。一般のプレイヤーとも、何気ない会話のようなものがある。

「つまりなにかとっかかりがあればいいわけだな」

「そう、だから私がきちんと紹介してみる。それでダメならダメ」

「やるだけやってみてくれ、俺じゃどうにも出来ないし。頼む」

「報酬はー」

「何がいい」

 そんなに高いものは要求されないだろうと思って聞いてみる。

「メモリ一テラかグラフィックカードの一番新しいの」

「……ちょっと待て」

 後ろ向いて、検索をかけてみると色々と出てきたが最も安い物でも給料数ヶ月分が吹き飛ぶ。たかだか仕事のためにそこまでつぎ込めるか? 別に良いじゃないか、そこまでしなくても達成不可能で報告してしまえば……。

「それかCPUでもいいよ」

「どれだ」

「先月出たばっかりの」

「…………。」

 半年分ほど。要求が高くなっていないか?

「悪い、なんか他のもんで」

「じゃあ、レイアの人体実験コースは、どぉ?」

「じ、人体実験? 何するんだ」

「大丈夫だよ、RC-fenrirのテスターになって貰うだけだから」

「それはなんだ」

 試作機か何かか? 聞いたことが無い。

「こういうもの」

 ウィンドウが一枚、目の前に展開する。戦闘用電子体のプログラムだ。

 仮想はすべてがAIの観測によってプログラムで構成されている。しかし、それならばプログラムを書き換えてしまえばなんでもできるのではないか、という考えが浮かんでくるだろう。現に狙撃のアシストで、本来なら狙えない距離から標的を撃ち抜くこともできる。だがそれは銃というものを扱えるから。扱えないなら扱えるようにしてしまえというのは無理だ。現実を模倣して創造された仮想世界だが、あくまで観測によって再現されているだけであり、虚構はAIが許さない。例えば水、H2Oは熱すれば沸騰して気化、蒸気になる。冷ませば凝固して当たり前の氷になる。そこに人の手によるプログラムは一切組み込まれていない。複雑な現実の法則を観測し続けたAIが新たに創りだした仮想の法則としての、現実の再現。すべての元素リソースは仮想空間を律する法則に従って、物質オブジェクトを創りだして現実と同じように振る舞う仕組みとしてそこに存在する。もう改変しようにも、複雑なAIの知識の羅列を読み解くことは難しく、読み解いて法則を書き換えるパッチをAIに当てても、人が追加した法則は異物であるかのように排除された。あるべき整合性を無視したもの――つまり魔法のような不自然な現象しょりを、AIとAIが組み上げた法則が存在することを許さなかったのだ。

 それでも”ストレージ”という見えない個人倉庫のようなものからモノを出し入れしたり、その場で服装を変える程度の便利な機能はある。

 そして、人の身体を組み替えるためのものも。

「擬装体への移行プロセスを起動」

 ムロイが勝手にイチゴの権限を奪い取り、実行する。頭で念じるだけでもプロセスは起動されるが、それでもはっきりと言えば、間違いなく認識されて確実にプロセスは実行される。

『メインシステム・フォーマット』

 視界に数えきれないほどのウィンドウが表示され、次々に身体を構成するプログラムが、そのプロセスが書き換わっていく。無数のプログレスバーが恐ろしい速度で伸びては消えていく。

『コンストラクタ・フォーマット』

 実体インスタンスの定義されたメソッドが一度白紙化される。量子化された0と1(ビット)が次々に書き込まれて、身体が――プログラムの構造体が、クラス階層が、樹形図が瞬く間に再構築されてゆく。拡散していくような、恐怖心すら感じずに世界に溶けてしまうような感覚に陥る。

『ナーヴコネクション・クリア』

 身体全体が、皮膚が、肉が、血が、骨がどんどん変化してゆく。ずれた感覚が同期されていく。

『シェルシフトプロセシング・フィニッシュ』

 体感時間にしては長かったが、それは一瞬のことだ。一瞬で身体全体がモーフィングしていくような奇妙な感覚を味わい、気付けば五メートルほどの、鋼鉄の巨人に成り変わっている。鋼鉄の体に聞きなれた心音、感じなれた鼓動の代わりに、パルス信号が駆け巡る。

 ムロイが浮遊カメラを展開して、それにイチゴの視野を接続。自分自身を見下ろす形で認識する。細身のボディ、ブースターとスラスターに脚には駆動輪。ロボットアニメには出てきそうにない見た目だ。効率を無視して人型にしたクセに、真面目に戦闘を意識した結果、子供の支持よりも中学生高校生あたりから上の支持を得そうな見た目だ。

「なんだこれは……」

「それがシェル。人を直接置き換えるタイプ。他には乗り込むタイプのヴェセルと、それの追加兵装パックのエンブレイスがある」

「ちなみに聞くが、これは仮想の工事用じゃなくて戦闘用だよな」

「それは自己進化ロジック搭載の汎用型シェル。インストールした人に合わせて姿が変わるし、他のと比べて最適化も自己学習して行くから、そのままだと最弱。私の知る限り、シェルの中じゃ評価は一番低いところにある」

「こいつのテスターをやれと?」

 で、こんなもの動かすのには莫大な金がかかる。プログラムの製作者への使用料、AIの余剰処理の使用料、空間占有や戦闘時の武器弾薬、修復費用その他諸々。

「そう」

 ムロイを見下ろしていると、視界にいくつかウィンドウが表示された。製作者は室井桐恵とレイア・キサラギ、処理担当のAIはRC-fenrirシリーズ専属でヴァルゴ。実質的な使用に関わる費用はないということだ。

「まだ、このシリーズは少ししか出してない。これからどうやって育っていくのか、知りたいから、お願い」

「分かった。代わりに、アキトのこともきっちりやってくれよ」


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