その日【Ⅲ】
「あの、敵にとっての地獄と言ってませんでしたか」
「言った。言ったが……想定内だがかなり不味いな」
予定が大狂いだ。
いきなり空で轟音が鳴り、敵味方すべての航空戦力が落ちた。戦闘機はエンジンが止まり墜落し、魔法士たちは自らを浮かばせていた飛行魔法を失い地上、あるいは海に叩き付けられて即死だった。飛行艦隊が落ちたその衝撃で津波が起きないか心配だが、それよりもさらに嫌なことが頭の中で組み上げられる。自分ならこうする、そしてこの状況ならそれをしてしまった方がすぐに制圧できる。その想定内の最悪が起こる可能性が高い。
「想定内ならば対策は」
「ない」
きっぱりと言い放った。
「なぜです」
「あのなぁいくら対抗策考えたところで無限に対策できるわけじゃない。コスト無視とかの前に用意できる限度を超える」
さあどうしようかと考えているとふわりとフィーアが降りてきた。
「なにあのジャマ―。転移魔法であんなもん放り込むとかふざけてる」
「戦略級魔法士潰すためのジャマ―数百発受けて平気な方がふざけてると思うが」
「まぁそこはフィーアちゃんですから、対策万全な訳ですよ」
「まあいい、退避命令は出したし霧崎が爆破したら桜都は消し飛ぶ。逃げるぞ」
「あっ」
「なんだ」
「リデルとリジル、ロスト」
「元からその予定だ。気にするな」
「じゃこの女は」
「予定じゃとっくに死んでるはずだがなんでか生きてるだけだ。とにかく、もうこの場は放棄する、後のことは知らん」
近場の白き乙女の基地を目指し歩き始める。
予定は敵戦力の誘導、そして霧崎アキトの魔法でまとめて焼き払って後はどうにでもなれ。そうするためにあれやこれやとしたはいいが……。
「ちょっと、なんか飛んでくるよ」
「セントラだろ。考えられるのは海上のヴェセル隊から超長距離砲でマジックジャマーを空中展開、核の高高度起爆、無人機をマーカー代わりに精密砲撃あたり」
「うーんなんか全部っぽい」
「……ほら来た嫌なパターンの詰め合わせコンボ」
空に手を向けて神力結界を展開。その数秒後にチカッと空で光り、そして爆発。一瞬にしてあたりの電子機器が破壊された。爆風が地上に届いた後には続々と水平線の彼方から砲弾が飛来し、弾け、パラシュートを広げてジャミングが開始される。その上空には転送されてきた無人機が現れ、PMCの拠点上空へと飛んでいく。
「あーぁ」
「どうすんのこれ」
「だから放棄するって言ってるだろ。高速上陸艇をかっぱらって――」
警戒を怠っていた。こんな状況下で魔法なんて使えないからと、通常戦力に対する警戒だけでいたのがいけなかった。
指先に激痛。
神力障壁と魔力障壁を貫通されたと判断し、指先を見れば虚空に溶けて消え始めている。何を受けたのかすぐに理解し、しかし対抗魔法をくみ上げる時間的余裕はなかった。
「ほら、隙があった」
気づけば、鉄筋を持ったキサラが懐に飛び込んでいて、振り上げられた鉄筋に力技で片腕を斬り飛ばされた。心臓の鼓動に合わせて血がボタボタと零れ落ち、斬り飛ばされた腕は落ちてくることなく完全に消滅して消えた。
「どうします、師匠」
「追い払え! 殺そうと思うな、護衛が強い」
「了解です」
傷口を抑えながら崩れ落ちるスコールの前にキサラが立ち、鉄筋を振るって飛んできた不可視の魔法を砕く。
「そこ、居るのは分かっています」
飛び掛かり、見えない敵との交戦が始まる。取り巻き連中は仕掛けてくることがないが、魔法を放ってきたそいつはスコールの天敵だ。そいつだけ抑えていてもらえれば、さっさと回復して逃げる時間ができる。
「い、いまのは」
「セラ……昔、雇われで護衛やってたんだが、特殊な魔法でな」
当たり前に喋ることが出来ても、やはりショック症状が出る。腕を斬り飛ばされることに対して、ではなく体に直接干渉する魔法を受けたことによるものだ。血圧が下がったからか、思うように動けず視界が安定しない。
「すぐに治療を……ダメ、魔法が」
「このジャミングで魔法なんか使えるかよ」
身体的な異常は出ても思考は当たり前にできる。震える手で緊急用の術札を励起、瞬くうちに腕が再生される。
「フィーア……ん、どこ行った」
「居ませんね、いつの間に」
「まあいい。キサラ! ほどほどに引き付けとけ! つー訳でさっさと逃げるに限る」
後のことなんか知ったことかと、近場の白き乙女の基地へと走った。十分もしないうちに基地が見えてきたがかなり不味い。沖合に揚陸艦が見え、続々と上陸艇が向かってくる。砲撃戦すら始まっていないのは、そんな兵器を基地に置いていないから。魔法士が主力となる部隊の基地ということもあって通常兵器は最低限しか配備されていない。
「桜都の上陸艇は何してやがる、くそっ」
全部沖合に出るなんてことはないだろう。あの上陸艇をAI操縦で特攻するようにしておけば敵艦なんて近づいてこない。対艦砲よりも恐ろしい兵器だ。
「桜都のと言うと……大型艦の装甲を貫くと噂のあれのことですか」
「そうだな。よくセントラに上陸戦仕掛けるときはまずあれで機雷を片付けて近づきやすいように防波堤を砕く。砲撃するより確実だ」
砲弾なんか弾着前に撃ち落されるのが分かっている。
「さーてと……基地の守備隊を蹴散らして補助具奪って逃げますかねぇ」
「本当にこの場を放棄するのですか」
「当たり前だ。無理すりゃ制圧できるがそこまでしても旨味がない。そういう訳で、これでさよならだリオン」
スコールは一人基地へ向かって走っていく。
「ちょっと待ってください、私は魔法が――」
「自分でなんとかしろ」
だから何だ、そんなのはこの状況ではみんな同じだと聞く耳を持たず置いていく。
「一緒にいるのが一番安全だと判断しますのでついて行きます」
「勝手にしろ」
基地に入り込めばやけに静かで、警戒しながら進んでも結局誰もいなかった。一部の部屋はシールドされていてEMPの影響は受けていないらしく、非常電源で稼働していた。だが、他がオフラインになっているから基地マップや人員、物資くらいしか情報は得られない。端末を操作しつつ、プリンターを拝借してインクを入れ替えて術札を作りながら保管庫の場所を探る。
「武器庫は……ここか」
保管されている武器を一覧表示するが、ほとんど持ち出しになっている。何か残っていないかと検索すれば誰も使いたがらない魔砲と低威力の魔装銃が少し。武器庫から勝手に持ち出してセキュリティを破壊、使いやすい魔法をインストールして試し打ち。トリガーを引くとロケット弾と同威力の魔法弾が撃ちだされ壁を砕いた。
「よしよし」
「この魔装銃は使えるのでしょうか」
「ライフルタイプか、ストックのカバー外したら制御基板がある。セキュリティチップショートさせて書き換えろ」
「……やり方を、教えてください」
技術部の人たちくらいしかやり方は知らないし、製造元によってやり方は違うしそもそもその対策もされている。
「こいつは」
カバーを外して工具と小さな予備パーツを出して、そのさらに奥から基盤を引っ張り出す。型番はRCから始まっている。レイアの設計したものだ。
「レイアのか。簡単だな……フルチャージで百二十連、セレクターはフルとセミしかない」
足音が聞こえ、壁に空いた穴へ向けてフルオート射撃。ちょうど姿を見せたのは青い迷彩、白き乙女の戦闘員たちだったが敵か味方か分からなかったから容赦なく排除した。倒れ動かなくなってもまだ死んでいない、銃で撃たれたとしてもすぐに死なない、慣れてないやつらがショック症状で動けなくなっているだけだ。近づいて頭と心臓へ一発ずつ。
「さぁて通常戦といこうか」
魔装銃を投げ渡し、魔砲を構え外に出て即座に状況を把握、見える範囲の動くすべてに片っ端から撃つ。それがセントラ軍の攻撃に応戦している連中であろうが、だ。
「無茶苦茶な」
「生き残りたいなら、動くものすべてはまず敵だ。余裕ができてから判別しろ、じゃないと死ぬぞ」
上陸艇に着弾し、海に投げ出されたセントラ兵へ続けて魔法弾を撃ち込む。海面に接触すると同時に凍結し、あるいは水中で炸裂し泡を散らして浮力を奪い沈ませる。
『フィーアからスコールへ。クロードのロストを確認。沖合の艦隊、蹂躙しよ』
「シンプレックスか……どこに」
探せばすぐだった。管制塔の天辺で派手にピカピカ光っていた。
『霧崎、起爆準備開始。起爆まで三百秒』
「早いんだよくそっ」
「どういう状況ですか」
「あと数分で桜都全域火の海だとさ」
真上に一発打ち上げ位置を知らせる。曳航ラインを垂らしながら飛んできて、それを掴んで空へと。
「で、あっちの艦隊は蒼月が抑えてたはずだろ」
「だーから何回も支援行けって通信入ってたから分かるでしょーピンチピンチ」
「まったく……はぁ」
下を見れば置いて行かれたリオンが騒いでいるが、どうでもいいと思考から排除する。
「飛ばすよー」
「はいはいっと」
しっかりと固定されていることを再確認して衝撃に備える。瞬間的な加速であっという間に音速を超えさらに速度は増していく。振り返れば桜都は遥か彼方に、進行方向にはセントラの大艦隊が見えた。煙が上がっているが大したダメージはないようで桜都へと接近している。航跡と速度を見るについさっき動き始めたのだろう。
「振り分けは」
「近いとっからてきとーにやっちゃって、遠いとっからやるから」
切り離され落ちながら術札を励起、かなりきつめのマジックジャマーの影響下でも問題なく飛行魔法を詠唱し攻撃を始める。海面すれすれで空気を圧縮、艦隊の前衛を務めるシールド艦の船底を狙い放つ。
『通信傍受、暗号パターン解析かんりょー、リレーしよっか』
「うるさいからやめろ」
『んじゃながすね』
「やめろって言ってるだろ」
『FCS起動、対艦攻撃開始ー』
「……舐めすぎると後で痛い目みるぞ」
飛んでくるマイクロミサイルの嵐を躱しつつ、シールド艦の真上を飛ぶ。敵の通信が聞こえた。
『レーダーが……ECMか?』
対空砲とレーダーが妙な方を向いているのを見ながら艦橋へ魔砲を向ける。かなり慌てているようだが知ったことか。
「近づかれるとダメなんだよなぁシールド艦は」
側面に備える障壁は丈夫でも、その隙間から、特に上から狙われると弱い。貫徹魔法弾をセット、発射と同時に火炎弾に切り替え続けて撃つ。
結果は見届けずに飛び去る。次に見えた護衛艦へと狙いをつけ加速。
「フィーア、照準波の出力上げすぎじゃないのか」
『いーじゃん? 攻撃しながら相手の通信とレーダー潰せるんだから』
「いや……それもあるが……」
フィーアが狙っている艦のあちこちから火花が散っているのは……やりすぎだろう。甲板の連中、今頃叫びながら転がり回っているか焼け死んでいるか……。もはや攻撃の前に目標を捉えるためのレーダー照射で制圧してしまっている。
あんな攻撃受けたくないなと思っていれば、艦隊の後ろの方で巨大な竜巻が発生していた。大型艦ですら巻き込まれ沈み始めている。
『敵魔法士、高速で接近して来ます』
『重量級シールド艦を一瞬で……戦姫クラスか』
『魔力パターン確認、嵐姫です!』
混乱してくれるなら結構、護衛艦に接近して喫水線に穴をあけて空気弾を船底に撃ち込んで離脱。やろうと思えば遠距離からでも沈められるが、いろいろ面倒だ。大抵はジャマ―で防がれるか撃ち落される。
「反対側、あれ誰だ」
『ん? あれ? あれ、レイズだよ。なんか魔力の感じが違うけど』
「……あのくそバカ遅えんだよ」