その日【Ⅱ】
「直上に不明機」
後部座席のオフィサーが告げる。
「ついに来たか、RFF」
リジルリーダーが見上げた空には、見慣れない機体。
再編された白き乙女の戦闘機部隊に混じって桜都の北側を飛んでいた。管制機には残り一機となったスカイリークの二番機、共有されるレーダー情報には百を超える機影が映り全体で見れば千機以上。一つの戦場にこれほどの航空機が投入されることなどまずありえない。すでに管制できる機数の上限を超え処理が追い付いていない状況でさらなる敵機の襲来。
「たった二機か、甘く見られたものだ」
臨時で管制機になっている航空支配機からもすぐにデータリンクで情報が来る。
『リデルからリジルリーダー。新手はこちらでひきつける』
「任せたぞひよっこ」
『誰がひよ――』
ボンッと爆発が起こりリデル機が煙を吹きながら落ちていく。
「何が起きた」
「ミサイル! 回避!」
アラートは鳴っていないが急旋回。一瞬遅れて空間を歪みが突き抜け、炸裂。
「はっ……ははっ……なんだ今のは、ステルスミサイルだと?」
「ほんの一瞬アラートが出た。近接信管だろうが、これは厳しい」
「直撃しなかっただけマシと思え」
体制を立て直して周囲を確認すると至る所で被弾して動きが鈍った味方が喰われていた。それ以外は、コックピットに直撃して墜ちていく機体しか見えない。
「八割がAI制御に自動切換え、パイロットが死んだ。二割は継戦不能」
「ミサイル自体には威力がないか」
「それでも当たれば死ぬぞ」
一機が編隊の中心を突き抜けてスカイリークが飛ぶ空域へと消えていく。向こうの防御にはアカモートの部隊が展開しているが、不安はある。
だが、追いかけたところであの速度を見れば到底追いつけるものではない。
ならば、逃げることもできない。
「リーダー馬鹿なことは」
「しっかり掴まっとけ!」
アフターバーナーを吹かし急激な旋回。味方を狙う敵機を正面に捉え距離を詰める。
「あぁくそっ、やるんすか!?」
「やるぞミサイルは任せた」
レーダー照射、いつも通り、ロックオンして発射。そのつもりでいた。
「なんだ、ECMか」
「どうした」
「ロックできない」
「なら機銃でやる」
また一機、味方が爆散した。AI制御モードでの機体は人間が乗っていない分凄まじい動きをするが、それでなお敵機は軽くあしらって反撃してくる。
「捉えた」
距離を詰め真後ろに。トリガーを引いて秒間百発の弾丸の嵐を――
「消えた」
「レーダーロスト、どこに行った」
探して、気づいた時にはヘッドオン。距離はあったが、はっきりと敵機のパイロットと目があった。チカッと発砲炎が煌めき一発の弾丸がリジルリーダーの機体へ、そのキャノピを正確に貫いて爆発。痛みを感じる間もなく砕け散った。
リジルリーダーの機体を躱し、リデル機に狙いを付けたそいつは見えないミサイルを放ち、上昇した。
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リジルは車椅子に乗せられて滑走路脇の格納庫にいた。
基地が襲われ避難する中でちょうど空いていたのがこの場所だった。ここまで車椅子を押してきた看護兵はすぐ近くで息絶えていた。周りを見回せば、他にも避難してきた非戦闘員が血だまりに沈んでいて、襲ったであろう兵士たちもまた血だまりに倒れていた。
「何やってんだかなぁ」
そんなことを口にするアリスは、使えなくなったアサルトライフルを足元に落として唯一の生存者であるリジルへと足を進める。ギリギリで間に合った、あと数秒でも遅れていれば間に合わなかった。
あれから、未だに植物状態。生きているとも死んでいるとも言えない眠りの中に沈み込んだままのリジル。薄らと目を開いたまま動かない。
「さーてと、初めてやるけど起きないあんたが悪いから、そういう訳で」
アリスはナノマシンを操ってリジルの脳へと直接干渉しようとした。
そのときだった。
かすかな声が聞こえた。
リジルの唇が震えている。
「……起きた?」
疑問に思った途端、いままでだらりと下がったままだったリジルの指がピクリと動いて、その瞬間、右腕が跳ね上がる。
「うわっ……えっ、なに? もしもーし」
ゆっくりと降りる右腕は、体の前で何かをつかむ。
その位置、その形、まるで操縦桿を握っているようだ。
いつの間にか目が見開かれていて、左手がゆっくりとスロットルレバーの位置へと、足がラダーペダルを踏む。
操縦桿を握る指が動いた。武装選択。機銃か。
「リジル……あんた」
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逃げ回るリデル機を追い回していたRFF機は何度目かのアタックでいい位置についた。確実にやれると確信して、その瞬間に信じられない光景を目の当たりにした。
いきなり百八十度回転して機銃を撃ってきた。躱しきれず数発被弾し離れる。一度距離を取って、そう考えたのもつかの間、ロックオンアラート。地球の戦闘機などでは相手にならないと甘く見ていて、実際機体性能や欺瞞能力の面でも計算上はそうだった。なにの、なぜ?
ミラーで後ろを見ればピタリとつけてきて離れない、いきなり気配が変わった。
アクティブデコイを起動しFCSの攪乱を狙うが依然としてロックされているという警報は鳴り続け、回避機動を取りながらアクティブ系のシステムをオフ、光学迷彩を起動。完全に見えなくなったその状態でエンジン出力を落とし落下していく。地球側の戦闘機では探知などできるはずがない、その常識でいた。
通り過ぎたところで後ろから撃つつもりでいて、なおも正確に追尾してくる。理解できなかった。物理的に見えず、レーダーにも映らない。これより上位の探知設備には位置が知られてしまうが、そんなものを空に持ち込むほどの技術力があるはずがない。
さらに数発、エンジンのすぐ近くに被弾。
欺瞞システムは効果がないと判断して逃げに徹する。エンジン出力を最大に。機体が震え煙を吐く。
機体性能の差はどうしようもないはずだ、事前の情報では最高速度や格闘戦の能力では完全に上回っている、最悪は宇宙へと逃げてしまえば相手は手出しできない、大気中でも速度で振り切ることは十分に可能だった。
ものの数秒で距離が開いていく。
『月の技術力ってその程度?』
不意に声が聞こえた。通信機からではなく、目の前から。
驚いていると青い何かに追い越され、正面で魔法陣とそこから翅が広がる。中心には巨大な剣を抱えた青い髪の女の子がいた。
『魔法使いか』
『正解、そしてさようなら』
一瞬で距離を詰められ、機体が真っ二つに切断され塵になっていく。自滅用のシステムはどうも万全らしい、機体のあちこちに妙なものが組み込まれている。これでは解析する前に主要な部分は壊れてしまう。
『ポイントN、02からフィーア。補給要請』
『補給了解』
『レイアクローン02からリデル機のパイロットへ。聞こえたら応答を』
「あぁ……しっかり聞こえる。こちら、リジル。通信はすべて聞こえていた」
『これより補給を行う、進路維持』
「了解」
どうやって空中で? そんなことは聞かない。リデル機の前についたレイアクローンが障壁を広げ、背中に広がる魔法陣の周囲へとミサイルや機関砲の砲弾、燃料タンクが転送されてくる。
「リデル、警戒維持、アクセスを許可」
「許可っていうか……システムもうとられてる」
ウェポンベイや各種補給口が勝手に開いて強制的に補給作業が開始される。損傷した個所は黒い塵に包まれたかと思えば一瞬にして復元され、万全の状態へと早変わりだ。
「ありがたいんだけどヤだなぁ勝手にやられるの」
「リデル、新手だ」
「どこ」
コックピットにリジルは居ない。だがどこへ意識を向けているのかはハッキリと分かる。空の彼方、大気圏内だがほぼ宇宙空間よりの場所。
『ゲートアウト反応多数確認、02からフィーア。戦闘支援要請』
『却下。フィーアから全域の友軍へ通達、直ちに桜都の領域外へ退避せよ』
「何が始まる」
「分からない」
直後、空に破壊の嵐が降り注いだ。