その日【Ⅰ】
そっと、後ろを歩いていたカスミはハンドガンをホルスターから抜いた。
「そう、味方のふりして後ろから」
誰にも聞こえない小さな声で呟いて、息を止める。銃口を向け、強化魔法を詠唱し、トリガーを引く。魔法の気配を感じた時には、音速を超えた銃弾が飛んでくる。気配を感じても、誰も対処できずに撃たれた。最も当てやすい胴体に当てるだけでよかった、当ててしまえば、込められた爆破魔法が上半身を吹き飛ばす。
「はっ……簡単じゃん」
まともに接近戦なんかしたら、勝てるけど重傷必至の一団をいとも容易く片付けることができた。一人で十数人も排除、戦果は上々もうこのまま逃げてしまっても文句は言われない。白き乙女からはついさっき除隊されたことだし、と。
「カスミちゃん」
声に振り返ればスズナがいた。服に赤い染みが付いているが、それは彼女が怪我をしたからではなく誰かを手にかけた返り血だ。スズナが汚れ仕事の担当でもあるからすぐにそう思って、魔法の照準波で確信した。
「ふぅん、殺しに来たんだ」
「仲間よね……カスミちゃんは私たちの仲間なのよね」
「確認して、で、言い訳? どうやって? ねぇクレスティア様」
こうやってここに来ているということは、もう何人かヤッていることだろうし危険因子として認識されていることは間違いがない。敵かも知れない戦姫を、かも知れないと疑ったままで放置するよりは排除した方が安心できる。そして、スズナが帰ったところで別の誰かが来るだけのこと。
「あんたがやらなきゃ別の誰かが私を殺すだけ。敵の集団に紛れて敵を殺して、でもそれが味方のための行動だって証明なんて出来ないんだよ。自分が助かる為に土壇場でやったとか、いくらでも言い様はあるし決まったんならどうしようもできないんだしさ」
「でもねカスミちゃん」
「さよなら、スズナ。もう会うことはないだろうけどね」
白き乙女という枠組みで見ればこんな事はいくらでも無視できる。だが〝敵〟と〝味方〟の、利害の一致で動いている大集団という枠組みで見るといくら個人が強かろうが数の暴力に押されてしまう。従わざるを得ない。
「待ってカスミちゃん」
呼び止める声に振り替えることなく転移魔法を詠唱し、消えた。
魔法にノイズが混じる。ジャミングだろう、そこらの一般魔法士なら魔法に障害が発生するがカスミの魔法強度ならまだ平気だ。指定した座標に狂うことなく飛び出して、いきなり飛んできた男二人をひょいとしゃがんで回避。
桜の木に叩き付けられ頭から落ちた二人はイチゴとレイジで。
「……おいレイジ、なんで四番がここにいやがる」
「……暇なんだと。もう一桁台の世界なんか誰も奪いに来ないから」
「……なんで残ってんだよ。あんな古い世界とっくにリソースに還元されて消えてるはずだろ」
「……街の区画で五つ分くらいだけ残ってんだよ。あと何年かで完全に消滅するはずだ」
そんな二人を覗き込むようにフィーアが立つ。
「なんかやることある? アカモートから逃げたクローンとかその辺うろついてたクローンの制御奪ったからいろいろやれるよ?」
「とりあえず照準補助、後スコールの支援」
「オッケー」
フィーアが魔法を渡して、爆音を轟かせて空の彼方へと飛び立った。
「で、あんたら二人何やってんの?」
「……見ての通り投げ飛ばされた訳だが」
「……横に同じ」
起き上がる二人を見て呆れていた。
こんな状況でもまだふざける余裕があるのか、それとも状況に気づけていないのか。
「とりあえず」
胸元から懐中時計を取り出して何かを書き込むと空に放り投げた。遥か遠くへと消えていったそれはレイジの専用補助具。込められているのは禁忌魔法。術式は非公開で誰も使い手がおらず、理論は出ているが完成したとしても使用が禁止される危険な魔法。
「これで後は完全にスコールに任せられる」
「レイジ、お前引退って言ってたけど自分の未来は知ってんだよな」
「もちろん。そして、知っている通りに進んでいるからこそ失敗だとも言えるんだがな」
「だったら未来見せろよ、少しくらい変えられるかもしんないぜ」
「お前には見せたくねえな。動きが読めないし」
「……そうかよ」
「それからカスミ」
「なに」
表情からして分かるが、それでもレイジは確認のために。
「さっきの銃声、やったな」
「うん。全員確実に」
「よし……それじゃ」
不意にカスミを抱き寄せ額を合わせる。
「未来、見せてやる」
「ちょっいきなり!?」
何が見えるのかは分からないが、何もしなければそうなるし確定しているからまず変えられない。
意識が眠りに沈み込むような感覚を経て見えたのは、無防備に眠る自分の姿とその隣にレイズが一緒に寝ている光景。すさまじい嫌悪と拒絶感に見えた未来が霧散するが、すぐ次が見える。酔った勢いでレイズを受け入れ――
「だからっ! そんな未来は嫌だってんの!」
レイジを突き飛ばして悪夢から逃げる。
「なんで……なんであんなダメ男との未来しかないの」
「何が見えたか知らんがそうなる可能性が高いって訳で」
「確定でしょ!? レイジの見せる未来ってさ」
「まあそれは」
不意にカスミがハンドガンを構えた。抜いて、トリガーを引くまでは一瞬。
「おいバカやめろっ!」
イチゴがそう叫んだ時には、三発のミスリル弾がレイジの胸に命中していた。アーマーを貫通して、肺や心臓をズタズタに。
「ごめんレイジ。幸せなまま死にたいからさ、あんな未来、嫌だから」
マガジン一本、きっちり撃ち込んでリロード。
「ありがと、さよなら」
銃口を口に入れ、
「やめなさいカスミちゃん!」
追いついてきたスズナの声など気にもせず、自らの頭を撃ち抜いた。