終わりの始まり【Ⅷ】
MMCの補給部隊を強襲して装備を漁っていたレイジは、近づいてくる足音を警戒し死体に紛れる。少しすると白いアーマーに身を包んだ一団が見えた。白き乙女の陸戦隊だがこんな場所に居るのはおかしい。
「いったい誰がやった」
「予定じゃ私たちがやるはずだったよね」
死体を蹴って確認し始めた。バレるのは時間の問題、なんてことはない。死んだふりは得意だし撃たれても声を出さず動かないでいる事は出来る。
「全員死んでんのか」
「なんというか、同士討ちでもやったような感じだ」
「この感じ……もしかして」
知った声に、こいつらが離反者たちだと気付く。〝敵側〟に潜り込んだ味方が混じっている部隊。うかつにやりあって全滅させると後に響く。
「次へ行こう。中央で始まっているらしい」
ぞろぞろと移動していく連中を見送ってから動こうかと思っていれば、一人戻ってきた。
「レイジ隊長、これからの予定は」
「バレてたか」
「いくら格好変えて死体のふりしても分かりますよ」
「はぁ……」
起き上がって血生臭い装備を脱ぎ捨て、死体の山に隠した自分の装備を引っ張り出す。
「とりあえずは九界の連中が邪魔しに来るから、なんとかしてそいつらに取り入って向こう側に行け。後は紅龍隊のクレナイを知っているな」
「はい。ローラントの」
「そこは今はもう敵だ。それで向こう側に行ったらクレナイと合流、追加の指示があるまでは紅龍隊について行け」
「了解しました。レイジ隊長はどうするんですか」
「あらかた邪魔になりそうな部隊を潰してから、そうだな、中心部に行くか。まあしばらく会うことはないから何とかやれ」
「はい。お気を付けて」
「リナも、死ぬなよ」
「分かってます」
走り去っていく背中を見送ることはせず、装備を剥ぎ取っていく。
「後ろ! 撃て!」
不意にイチゴの叫び声が聞こえ、振り向いて動く人の形を認識すると同時にそれが誰なのかすら確かめもせずにフルオート射撃。足元に狙いをつけ反動に任せて胸元までに三十発を撃ち込んで指を離した。
「なんだ、クルスか」
「あーよかったよかった」
倒れたクルスを押さえつけてイチゴが処理ウィンドウを展開、ウェポンターミナルや物資を全部奪い取って首を折る。死が確定した瞬間にログアウト処理がかかり姿が消える。
「相変わらずこいつだけはフラットラインにならねえな」
「おかげで結構奪えるがな。半分寄越せ」
「空のターミナルが八基だけど、いるか?」
「投げつけるからいる」
いくつかの装備を交換して二人して呑気に歩く。ここは戦場だがまだ本気でヤバイピリピリした雰囲気がない。
「お前、いつもなら真っ先に逃げてるがいいのか」
「今回はちょっとなー……レイジはどうすんだよ」
「そろそろ過去に干渉するのも無理が来るから引退だな」
「少し未来教えろよ。今回の256の世界はどうなる」
「数年以内に終了するとだけ言っておく。リアルワールドの連中がウイルス持ち込んでかなり不味いことになるかも知れないしならないかも知れない。これくらいだな」
「お前は、引退ってどうするつもりだよ後は」
「まぁ分岐した可能性の一つだし、吸収されて消滅ってとこだろうな」
「んじゃこれでさよならか」
「そーだな」
「…………、」
「…………。」
そうして、歩いていると雪がひらひらと落ちてきた。満開の桜並木の中を歩きながら、花びらと雪が風に流される。
「桜吹雪に冴えない二人とかさー……どうよこれ、絵にならない状況」
「イチゴ、そりゃ前にも聞いた」
アサルトライフルとここらの傭兵とは違う装備をしたイチゴ、刀を腰にハンドガンと手榴弾で軽い武装のレイジ。
「一月だったかなぁー……」
「確かそれくらいだったな」
遠くから銃声が聞こえ、セイフティーを解除。
「なんつーか、いろいろあったけどお前は」
「こっちもいろいろあった。ただまあ、今までは変えられなかったが今回は少し変わった」
「未来を変えることはできないって言ってなかったか」
「言ったな。結果は変わらない、過程が変わる。いくら過去に戻れても、結果は変えられない」
「なんかいろんな理論? だったか。未来が決まって過去ができて、バラバラな時間の追体験を意識がーとかあったよな」
「あったな。未来が決まってからってことなら、いくら過去で何をしたとしても未来は変えられないってことだが……少しずつ変わってるんだよ」
「だったら俺が知ってるそれは間違いってことだな」
「そうなるな。ま、ほかの連中もなんやかんややってるしどうなるかは不明ってことで」
「そういやあいつらは目的があって動いてるよな」
「そうだな。世界の制御権限奪ってしまえば好き放題できるし」
「レイジはなにかあんのかよ」
「あるけど、知ってるやつらには〝敵〟として見られてるしそれでも味方でいるやつらがいるし」
「利害の一致で動くはずだから、敵でも味方に付いた方が利益がある目的だよな」
「教えないけどな」
「だろーないつもそんなだし」
と、不意に二人の目の前に影が落ちてゴツンッ。嫌な音、顔面には靴底が直撃。
「いったぁ! 誰だ!」
「こっ……レイか?」
「残念フィーアちゃんでした」
明るい声でそんなことを言われ、二人して拳を突き出して同時に投げ飛ばされた。
「……おいレイジ、なんで四番がここにいやがる」
「……暇なんだと。もう一桁台の世界なんか誰も奪いに来ないから」
「……なんで残ってんだよ。あんな古い世界とっくにリソースに還元されて消えてるはずだろ」
「……街の区画で五つ分くらいだけ残ってんだよ。あと何年かで完全に消滅するはずだ」
桜の木に叩き付けられ頭から落ちた二人を覗き込むようにフィーアが立つ。
「なんかやることある? アカモートから逃げたクローンとかその辺うろついてたクローンの制御奪ったからいろいろやれるよ?」
「とりあえず照準補助、後スコールの支援」
「オッケー」
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「ん?」
空にキラリと光る何かを見つけ、何だろうかと思っていると。
「こっちに来てないですか」
「来て……回避っ!」
空気を爆発させて吹き飛ぶと吸い寄せられるかのようにスコールに飛んできて、脳天直撃。
「大丈夫ですか?」
「…………何が飛んできた」
おでこを押さえながら立ち上がると、ポタッと血が落ちる。威力の低い精密誘導で助かった……ヘルメット貫通したけど。
「何かのパッケージのような、いえ、時計ですね」
「あぁイリーガルのか」
受け取って開くと、針がⅡを指していた。誰かの再生処理に使ったのだろうか。疑問に思いつつ、閉じようとすれば蓋に何か刻まれていた。意味不明な文字列……イリーガルの使う暗号パターンの中では簡単なもの。一度文字コードにして0と1のビットで、ダブルワード単位で特定の演算をして文字に戻すと読める。
「アイズショウメツシカケサッサトシュウフクセヨ……何やってんだあいつら」
「その時計は、強力な魔法が込められているようですが」
「魔力流すなよ。専用補助具で他人が使うと分解されて吸収されるから」
「そういうセキュリティは聞いたことがありませんが」
「公開してないからな」
割れたヘルメットを脱ぎ捨て傷口を触るとズキッと痛む。どういう投げ方したらこんなピンポイントで……まるでレイアの精密誘導のような。
レイアの。
「……封印解けたか、まさか」
あってもらっては困る可能性。しかしないとは言えない。あんな色情狂は出てこなくていい。
「あの、人か来ますよ」
「こんなとこで出くわすなら傭兵――」
顔を向けると透き通るような青い髪とゴテゴテにカスタマイズされたアンチマテリアルライフル。
「――じゃない!」
一目散に逃げ出して、反対側からもレイアが姿を見せた。
「はいストーップ」
真っ黒な壁がせり上がって、すんでの所で急ブレーキ。触ったら素粒子レベルまで分解される。
「フィーアから助けに行けって言われてきたけど、やることは?」
「…………。」
前後を挟まれて上に逃げようかと顔を向けると上空でルティチェが青い光の尾を引く集団に追いかけ回されていた。レイアクローンでもその一人一人は最低でも戦術級。しかも分解魔法を放ってくるからそこらの連中では相手にならない。
「じゃぁ……あのデカブツの排除と桜都を囲むブルグント軍とセントラ軍の排除と、あっちで〝敵〟の排除」
「了解。これより第二世代クローンの私たちはセントラ軍所属の未確認兵器の排除、桜都を包囲するブルグント、及びセントラの排除、桜都に展開する〝敵勢力〟の排除を開始」
飛び立って散っていく最強兵器に、なんで最初から出さなかったんだろうかと今になって思う。戦力がなんだかんだより、無条件にねじ伏せる彼女らを嗾けたら本当に、一方的に片が付く。
「スコールからルティチェ、各方面に通達……確実に安全と思える場所に隠れて十枚以上の障壁を展開して隠れろ」
『もうそのまま流してるけど。なにあの子たち』
「地獄が始まると思え、敵にとっての」